↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/38

第三十話 しょんぼり少女、おやつをせがむ


 

 洞窟に、鈍く重い金属音が響き渡った。

 緑色の鱗に覆われた手がだらりとぶら下がって、かぎ爪の生えた四本指の足元に湾曲剣(シミター)が転がっている。


「えいっ!」


 クラウディオさんが気の抜けた掛け声を上げると、白目を剥いたリザードマンの頸椎が砕ける音がして、やがて動かなくなった。

 クラウディオさんは裸締め(チョークスリーパー)を解いてそっと岩肌に寝かせてあげると、膝をついて祈りを捧げた。


「お見事!」

「二人の勝利です」

「……どうだろ?」

 

 ゲートキーパーの硬い鱗に弾かれて、わたしの槍はほとんど有効打を与えられなかった。

 構えも溜めも突きも引きも、問題なかったと思う。

 単純にSTRが足りていない。

 硬い鱗に突きを繰り返した反動でピリピリと痺れ、握力がほとんど失われている。

 握りしめているはずの槍が、手からこぼれていきそうだった。

 

「今のレベルだと……この辺が限界かな」


 目の前でリザードマンの亡骸が魔素になって粒子に変わっていく。

 迷宮で死んだら迷宮のご飯になる。

 なんとか8階層を攻略できたけど、これ以上進んだら、わたしは迷宮に食べられてしまうかもしれない。


「そうですか? いい戦いでしたよ」

「そうかなあ」


 クラウディオさんは座り込んでメモを取っていた。

 あぐらをかく相棒の背中にへばりついて覗き込む。


 探索31日目

 ・レッドホークを5匹

 ・ワイルドスネーク12匹

 ・ラージスライム7匹

 ・リザードマン有効打3ヶ所

 ・警戒行動 ◎

 ・被有効打なし

 ・野営準備お手伝い ◎

 ・料理 ◎

 ・片付け ◎

 ・まわりへのあいさつ ◎

 ・やさしさ ◎

 ・げんき △


 クラウディオさんのハジメ観察記録だ。

 ここからレベル問題のヒントを探しているらしい。

 

「これって後半関係あるの?」


 肩の上にアゴを乗せて、横顔を指でつつく。

 

「なに言ってるんですか、淫魔みたいな変なレベルの上がり方をする種族だっているんです。なにでレベルが上がってもおかしくないですよ」

「異界のヒューマンは、お手伝いでレベルが上がるって?」


 頬をつねり上げようとした指がヌメッと滑る。

 クラウディオさんは粘液で斬撃をいなしながら、無傷でゲートキーパーを締め殺した。

 

「わかりませんけど、手伝ってくれて嬉しかったです」


 クラウディオさんはお礼を言ってニコニコ笑った。

 

「……じゃあこれは? 有効打なんてあった?」

「鱗のない腹部に2ヶ所、口内に1ヶ所、ちゃんと狙いを切り替えて戦ってましたね。ルーン槍だとゴリ押しでやってるところ、冷静で素晴らしかったです」

 

 うっすら開いたまぶたから優しげな瞳がこちらに向けられている。

 尖った唇が引っ込んでいく。


「わたし――役に立ってるかな?」


 ボソボソ呟くと、メモのページが昨日、一昨日と捲られていく。

 何枚めくっても、そこには目が痛くなるほどの二重丸が並んでいた。


「一つずつ説明できますけど?」

「……いいよっ」


 両手いっぱい背中にしがみつく。

 首筋に顔を埋めると、近所の古本屋に入ったときみたいな匂いがした。

 シホちゃんは父親の匂いみたいであんまり好きじゃないらしい。


「弱気になってもいいですよ」

「でも、早く帰らないと」

「はい。お約束した通り、前例のないスピードで迷宮を攻略します」

「でも……レベル、上がらないよ?」

「なんとかするから大丈夫!」


 クラウディオさんはわたしを背負ったまま立ち上がって、おぶりなおした。

 歩くたびに体が揺れる。

 閉じたまぶたの裏に夕焼けのオレンジが浮かんだ。

 ヒカルをおぶって帰った河川敷の道を、ちっちゃなわたしはいつも一人で歩いていた。

 

「どっちがいいですか?」


 うっすら目を開けると、帰還用の魔法陣と、9階層へ降りていく階段があった。


「どちらでもいいですよ」


 イセカイの街に帰るのか、それともあの六畳間を目指すのか。

 

 クラウディオさんとわたし。

 差が開いていくほどクラウディオさんは優しくなり、わたしは子供になっていく。


 ――母ちゃん、ヒカル、会いたいよ。


 ラビリオスに来た日に、わたしはベッドで泣いたんだ。

 でも、最近思うんだよ。

 自分でも嫌なんだけど、思っちゃうんだ。

 

 家に帰っても――クラウディオさんはいない。

 ……父ちゃんはいない。


 枯れ草の匂いを嗅いで、答えを出さないまま、顔をうずめた。

 あの部屋に帰っても、この匂いはしないんだ。


「……おやつがいい」


 おやつの時間だけは、わたしは対等なんだ。

 親子でもない、主人と使い魔でもない、異界人でもない。

 ただのクラウディオとハジメ。

 ……いいじゃんね。

 わたしはこんなイセカイに飛ばされてカワイソウなんだから、クラウディオさんと楽しくやったって。

 

 行きたくない。

 戻りたくない。

 ここが、一番いい。

 ……今のわたしを師範が見たら、ゲロ確定だね。

 服を整えているとなんだか体がだるくなっていた。

 でも、それはそれで悪い気分じゃなかった。

 クラウディオさんに寄りかかるみたいに歩いて魔法陣を踏んだ。

 レベルは上がっていなかった。


 

読んでいただきありがとうございます。

もしよろしければ、ブクマ・評価いただけると励みになります!


土曜日定期更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。