第二十六話 ヒルダ、ご祝儀を渡す
「――っしゃああ!」
少女が拳を突き上げて立ち上がった。
インキュバスは座っていた椅子が音を立てて倒れそうになるのを、サッと手で支えた。
少女に座るように促すと、立ち上がって周りに頭を下げた。
「公衆の面前で騒いじゃダメですよ」
「いいじゃん、めでたいんだからさあ!」
「ヒルダさんも申し訳ございません」
「……いいえ、レベルアップおめでとうございます」
お祝いを申し上げながらチラリと様子を伺う。
クラウディオは口元で指を立てて、頭一つ二つ小さいハジメに説教している。
一日ぶりに会ったが、また二人の関係はバランスを変えていた。
――いよいよ親子みたいだな。
ふとハジメがその指を掴んでグッと掴んだ。
そのまま手首を捻ると、大男の頭がドン、とカウンターに差し出された。
「あーだーだーっ!?」
そして痛みに暴れるクラウディオの、少し尖った耳を摘み上げて大声で叫んだ。
「レベルアップおめでとーっ!」
「うううっ!……あ、ありがとうございますぅ」
「……喜べる時に喜ばないとすぐに死んじゃうよ」
「……」
「約束だよ、もう死なないって。二人で頑張ろうね」
「――はい!」
親子みたい、と思ったがやはりそうでもない。
姉弟、友人でもある。
力強い返事を聞いたハジメは歯を見せて笑ったが、徐々に眉を下げて、伺うようにクラウディオを見上げた。
「でも、騒いでごめんなさい……許してくれる?」
「もちろんです」
クラウディオが自分を捻り伏せた凶悪な手をそっと握る。
優しく被せるように手をさすると、ハジメの不安そうな顔がドンドン解けていった。
――こいつら、結局どういう関係なの?
昨晩友人のサキュバスと食事をした。
聖人様のことを毛嫌いしていたからどうなるか心配だったが、ハジメさんのことは大いに気に入ったようだ。
レベル問題の心当たりを教えてあげたらしい。
――あなたが次に会う時には、二人は恋人同士になっているかもしれませんわね。
ラウラの見立ては外れていると思う。
レベル問題は一応解決したみたいだが、恋人になったようには見えない。
ただ二人の間には、信頼があり、親愛があり、依存があり、義務がある。
――いいなあ。
私は恋人は欲しいが、本当に恋人が欲しいわけじゃない。
サラリと笑い合う二人の笑顔。
気がつくと、自分の手を少し握りしめていた。
……まあいい、仕事だ仕事!
大きく咳払いをしてカウンターを2回叩く。
「お静かに、お願いします」
ふざけないでよ、公共の場だぞ見せつけやがって。
私の目を見たハジメさんは、顔を青くして立ち上がり、直角に頭を下げた。
「お二人で迷宮探索を続ける、ということで良いでしょうか?」
カウンターの向こうで縮こまりながら、ハジメが頷く。
「ハジメさんではありません。今日はクラウディオさんに聞いています」
目を逸らさないようにじっと視線を送ると、ずっと自信なさげに揺れていた瞳がこちらを見つめ返してきた。
「ハジメさんを必ず異界に返すと約束しました。
粉骨砕身!でわたくし、頑張ります!」
「なるほど、聖人様らしく、神様に誓ったのですか?」
煽るような物言いを気にした様子もなく、クラウディオは目を伏せて胸に手を当てた。
「主はわたくしの保証のためにいらっしゃるのではありません。
わたくしはハジメさんと約束をし、わたくし自身の人生と約束をしたのです」
レザージャケットの隙間から覗くロザリオが、少し輝いたような気がした。
エッチなことをしてもクラウディオは聖人の称号を失わなかった。
ラウラが聞けば、喜ぶのだろうか、悲しむのだろうか。
「……大変結構です」
私にとっては喜ばしいことだ。
優秀な近接アタッカーと阻害もできる聖職者、バランスの取れた良いバディになるだろう。
「ギルドとして、お二人を全力でサポートさせていただきます」
いっぱい稼いで、いっぱい潜って、いつか異界に帰るのです。
失意に塗れてラビリオスでうずくまる異界人はもう見たくない。
わたしが極薄のゴムをプレゼントすると、ハジメは首を傾げて、クラウディオは顔を真っ赤にして怒った。
聖人様はまだ童貞らしい。
彼らは昨日の晩なにをやったのだろう?
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