↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/38

第二十四話 主従、マグロになって泳ぐ



 グルンと180度回って、モゾモゾして背中をクラウディオさんの胸にくっつけると、お互いの汗が混じってしっとりとくっついた。

 シーツも体に張り付いてくる。

 気持ち悪くて少し体を捩ると、太ももの裏あたりになにかが当たった。

 大きな体がビクリと跳ねて、慌てたように腰を引いた。

 どうしたんだろう?


「どっか痛かったの?」

「……いいえ、大丈夫ですよ」

「じゃあいいか」


 後ろ頭をクラウディオさんのアゴに擦り付けると、また髪を撫で出した。

 生暖かい吐息が頭にあたっている。

 シホちゃんが言ってた感じと違うなあ。

 どこまでいっても胸のときめきの様なものは感じない。

 だけどぜんぜんイヤな気分じゃない。

 これってなんなんだろう。


「クラウディオさん、一人で、その……したことある? エッチなこと」

「んんっ……ございません」

「あっ、そうなの? わたしもないんだよ、おんなじだね」


 42歳がしてないなら18歳でやってなくても恥ずかしくない。

 ふいーっ、なんか安心したよ。

 太いため息が頭を温める。

 クラウディオさんがわたしの髪に口元を沈めている。


「淫魔のルールみたいなものです。

 淫魔が一人でやるのは、社会的義務の放棄だってね」

「えー、なんで?」

「人に悦びを与えるのが淫魔の使命! ムダ撃ちは悪!

 要は、わたくしなりの意地でした」

「意地?」

「童貞のわたくしですけれど――自分はインキュバスだぞってね。わけがわかりませんよね、なにもできてはいないのに」


 低い声がもっと低くなった。

 暗い顔をしているのが手に取るようにわかる。

 

「はーっ、大事なことって、ホント人それぞれだね。わたしにはよくわかんない」


 後ろから自嘲げな声が聞こえる。


「そうですよね、わたくしにもよくわかりません」


 血管の浮き上がった二の腕をポンポン叩く。

 わたしの知ってる二人の淫魔。

 性格は全然違うけど、きっとお互いのことをが羨ましいんだ。

 

「わたしにとってはエッチなラウラさんも、エッチじゃないクラウディオさんも、100点満点の淫魔さんだよ。

 それだけは忘れないでね」

「……ありがとう」


 クラウディオさんはお礼を言う様にわたしの頭を抱きしめた。

 被せられた太い腕にしがみつく。

 短い付き合いだけど、この人との関係は家族が近いかもしれない。

 

 くっついた背中から伝わる体温。

 目を閉じて、髪を撫でてくれる手の感覚に集中する。

 低い声。

 大きな体。

 大きな手。

 優しい心。

 いじっぱり。

 

 ふと、吸い付くような音がした。

 わたしだ。

 気付かないうちに、唇に当たっていた自分の親指の先を吸っていた。

 肩が揺れて、シーツがカサカサと音を立てる。

 ひっそり笑いを堪えていると、後ろで首を傾げる気配がした。

 

 ――わたし、多分クラウディオさんみたいな父ちゃんが欲しかった。


 どうりでエッチな気持ちにならないんだ。

 どうりでこんなに好きなんだ。


「クラウディオさん――バフ、掛けてよ」

「……はい」


 撫でる手がほんの少しだけ強張って、低い声の返事が返ってきた。

 抱える腕に力が入ったのがわかる。

 熱い。

 クラウディオさんも熱い。

 くっついた背中とお腹は、生地を通してお互いの体温を交換し合っている。


 ――あっ。これ。

 

 あの、甘い香りが鼻腔をくすぐっていた。

 体に溜まっていた眠気が、ゆっくり疼きに塗り替えられていく。

 擦り合わせた脚が汗でぬめっている。


「ラウラさんが言ってた。一番簡単なエッチなことは、一人でできるやつだって」


 ――お互い、一人でヨロシクやったらどうですの?

 ――うん、それはそれでイイわね……


 舌なめずりするエッチ師匠の顔がよぎる。

 ラウラさんは一人でするのも大好きらしい。


 ねえ、真面目に我慢してるのってあなただけなんじゃないの?

 立派なインキュバスはあなたの方なんじゃないの?


 ヒカルは一生懸命勉強してるだけで、勉強オタクだってからからかわれてる。

 わたしは立派だって思うよ。


「わたしたちは二人とも若葉マーク、人のことに構っている余裕なんかない」

「確かに、そうですね」

「お互い頑張ろうね」

 

 目を瞑って、ぎゅっとシーツを握る。

 体の奥が、じわっと熱くなる。

 顔が熱い。

 聞こえちゃったかな? 恥ずかしいよ。

 でも、我慢できる。


 あ……うまく息ができない。

 でも、離れたくなかった。


「は、ハジメさん……」

「く、クラウディオさんっ、おうえんしてっ」

「は、はい?」

「……がんばるから、応援して」


 自分でも、なにを頑張るのかよく分からない。

 でも、そう言いたくなった。

 

 頭を抱える腕に力が入る。

 撫でる手が、頬に張り付いた髪を後ろに流して耳にかけた。

 耳に触れそうな距離で、大人の、男性の低い声が響いた。


「がっ、がんばれっ」

「――う、うん! うん!」

「がんばれ、がんばれ、ハジメさんっ」

「あっ、あうっ、うう」

 

 デカ女!

 貧乏人!

 暴力女!

 

 全員ゲロを吐かせたけど、家に帰って泣いていた。

 母ちゃんには言えないよ、母ちゃんにご飯を食べさせてもらったから大きくなって、そのせいで貧乏で、それを馬鹿にされたくないからぶっ飛ばしたんだ。


 ――父ちゃんがほしい。


「がんばれ、がんばれ」


 頭、顔、肩、背中。

 大きな体に包まれていると、ぽっかり空いた穴に、あったかいなにかが流れ込んでくる。

 空いた手で、しがみついた腕に、そっとかみつく。

 力一杯つむった目尻から涙の雫が飛び散った。

 少ししょっぱい。

 ちゅうちゅうと音を立てて吸い付く。


「ハジメって、よ、よんでください」

「――ハジメ」


 音が消えた。

 部屋が一瞬、静寂が降りた。

 

「うんっ!――ほ、ほめて、ほめてぇっ」


 ずっと我慢していたものが体から出ていった。

 歯が太い二の腕に食い込んでいく。

 恥ずかしいよ、恥ずかしいよっ。

 

「――いつも頑張っててえらいね、ハジメ」

「うううっ」


 身を捩る。

 たくましい腕の中、ビチャビチャの汗で顔がすべる。

 目の前が少し滲んだ。

 うまく息が吸えない。


「ハジメ――もう、大丈夫だよ」


 耳に、そっと声が落ちた。


「もう心配いらないからね」

「あっ……ああ……え? なっ、なに? あっ……なんで、すかっ?」

「わたくしが必ず、ハジメをおうちに帰してあげるからね」

「あ――あ――ッ! ――ッ!」


 すき。

 すきだよ。

 

 これが、なんなのかはわからない。

 でも――あったかい。

 これが……気持ちいいってことなの?

 わたしが、わたしたちが今やっているのはエッチなことなのかな。

 ラウラさんの言うことが少しわかった。

 こんなに満たされた気持ちを与えてくれるなら、淫魔って、いい種族なのかもしれない。


 迷宮都市ラビリオスの夜空を、マグロになったわたしとクラウディオさんがスイスイ泳ぐ。

 屋台の光が灯る地上を見下ろして、わたしたちはお互いのウロコを擦り合わせて笑った。


 

読んでいただきありがとうございます。

もしよろしければ、ブクマ・評価いただけると励みになります!


土曜日定期更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。