第二話 貧乏少女ハジメ、神に祈る
「301、301と……」
ハジメはギルドに紹介された異界人用の宿舎にやって来た。
場所はギルドを出てすぐ隣、三階建ての小綺麗な建屋。
正面玄関を入るとすぐに内階段が見えた。
荷物はなにもない。
さっきもらったこのトランプサイズの金属板一つだけ。
ヒョイヒョイ階段を登るとすぐに三階についた。
毎朝神社の五百段の石階段を登ってトレーニングをしている。
この程度で息が切れることはない。
301号室は上がってすぐの部屋だった。
扉に鍵穴はない。
ヒルダに教えてもらった通り金属板を扉にかざすと、板の表面の金色の文字が光って、ドアノブが一人でに回って扉が開いた。
「どうなってんの、これ」
やはりここは違う世界らしい。
部屋に入って扉を閉める。
通路を進むと右手にトイレとシャワー室があり、奥は十畳ほどのワンルームが広がっていた。
壁際の作業机に鍵を置いたハジメは眉間に力を入れて念じた。
「えーと、いんべんとり、いんべんとりっ」
異界人は物を出し入れする魔法を使える。
ギルドでもらった衣類をベッドのシーツの上に並べていく。
ワンピースのような長衣と羽織る用の大きな布、あとは簡易の下着。
初めて見たがおそらくシミーズというやつだろう。
下は隠すためだけの布切れ、飾りのついたような上等なものはない。
そもそも可愛い下着に関心のないのでありがたく頂いた。
そして身の丈ほどの長さの鉄の槍。
赤樫の柄の先に鉄製の穂先がついている。
両手で柄を掴んで中空を突く。
馴染まないなあ。
ため息をついて獲物を壁に立てかけた。
冒険者は皆なんらかの職業に就いて、レベルを上げながら強くなっていく。
本当は空手の黒帯を活かして魔物をぶん殴りたかった。
だが底冷えするような笑顔をしたヒルダに肩を掴まれ、止められた。
武器を扱った経験がないなら槍一択!らしい。
プロが言うことだし、そのまま従うことにした。
ハジメはこの世界で『戦士』になったのだった。
セーラー服を脱いで、もらったばかりの長衣に着替える。
脱いだ服をクローゼットに仕舞って扉を閉めると、思わず息が漏れ出てしまった。
――愛しの我が家より広いじゃん。
親子三人は六畳間と四畳間の二部屋、風呂無しのアパートで暮らしている。
自分が給料をもらえるようになればもっと広い家に引っ越せる。
トイレ別の風呂付き、もっと広いキッチン、弟の部屋。
不動産のチラシを見てアタリもつけていた。
フンっと鼻息を吐いてベッドに腰掛けた。
もう一度インベントリを念じると太ももの上にスイカほどの大きさの卵が現れた。
落とさないようにしっかり抱いて、先ほど取ったメモを開いた。
細かい所は後でいい。
大きくグリグリをつけた二箇所に目を通す。
◎迷宮は一人でしか入れない。
◎使い魔一匹なら一緒に入れる。
――いいの頼むよ!
ギルドからもらったこの卵。
肌身離さず温めると半日くらいで殻が割れて、中から『使い魔』が生まれるらしい。
動物、植物、精霊、魔物、なにが出てくるかは全くわからない。
でも基本的にはハズレなし!
ハジメは卵を抱えたまま足を浮かせて、ベッドの上で横になった。
シーツを手繰り寄せて、卵ごと自分の体にかぶせる。
柔らかい枕に頭を乗せて、大きく開いた一重のまぶたを閉じた。
まだ夕方だ。
窓から光が差し込んで、通路の半ばまでをオレンジ色に染めている。
先ほどギルド前の広場を通ったが、夜に備えて屋台が並び始めてずいぶん賑やかだった。
部屋の防音はしっかりしているようで、街の喧騒は全く聞こえない。
ゆっくり頭が枕に沈み込んでいく。
――羽根枕かな、いつもの枕よりずっと柔らかいや。
シーツもサラサラで気持ちがいい。
去年の北海道修学旅行以来のベッド。
母ちゃんは働いてばかりで旅行なんか行かない。
小学三年生の弟はベビーベッド以外のベッドで寝たことがない。
――母ちゃんとヒカルも、一緒に来たらよかったのに。
ハジメは目を閉じたままフッと笑って口元を震わせた。
「帰りたいな……帰りたいよ」
まぶたの裏に家族の顔が浮かんでくる。
――母ちゃん心配してるだろうな。ヒカル、泣いてないかな。
ぎゅっと瞑った目尻から、涙が流れて頬を伝っていく。
固い枕とガサガサのせんべい布団でいい。
家族三人でワイワイ騒いで眠りたい。
ハジメは初詣の時、近所の神社で毎年千円入れていることを思い出した。
願いを込めて卵を撫でる。
「神様、お願いします。わたしを助けてください」
明日から頑張る。
今日は泣いてもいいことにする。
夕日が沈んで外が暗くなった頃、やっと少女の泣き声が穏やかな寝息に変わっていった。
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