第一話 ギルド職員ヒルダ、最速記録を更新する
「もう一度確認しますよ?
ここはチキューでも、ニホンでもありません」
「はい!」
「迷宮都市ラビリオスです、あなたはイセカイに転移しました」
「はい!」
「迷宮の一番奥にたどり着いたら、なんでも望みが叶います。故郷に帰りたいと願えば良いのです」
「はーいっ!」
ギルド受付のヒルダは、目の前でハキハキ返事をする異界人の少女を、ジトリとした目で見た。
「ハジメさん、あなたホントにわかってます? 軽く考えてると今から大変ですよ?」
異界人のための説明が終わった。
壁掛け時計に目をやると十分も経っていない。
ギルド勤続十年のヒルダ史上、ブッチギリの最速記録だった。
「わかってるよヒルダさん。グタグタ言ってもどうにもなんないんだ。やることわかってんなら頑張ってやるだけさ!」
セーラー服の少女――ハジメは黒髪ショートカットの頭の後ろに両手を回して、応接室のソファーの背にもたれかかった。
ヒルダは思わず、じめっとした視線を少女に送る。
ちんちくりんな自分とは違う、座っていても分かるスタイルの良さ。
なにか鍛えているのか、女性にしては肩がしっかりとしていて、後ろにやった二の腕は引き締まっている。
スカートから伸びる白い脚は細いが、ふくらはぎにはキチンと筋肉がついていた。
「わかりました。前向きなのは大変結構です」
ニコニコと微笑みながら、心の中で舌打ちをする。
ここにくる異界人は基本的にスタイルがいい。
自分だってチキューに生まれたかった。
視線を落とすと、障害物もなく太ももの上に置かれた自分の両手が見える。
友人たちはスレンダーだと褒めてくれるが、もう少し胸があれば出会いもあるんじゃないかと思う。
糸のように細めた目で、ハジメの胸元を窺う。
目の前の少女はどちらかというと中性的な印象だが、それでも確かにふくらみがある。
贅沢は言わないからあれくらい、欲しかった。
バレないように細く息を吐く。
愚痴は今度友達に聞いてもらおう。
「では迷宮に挑まれる、ということで話を進めさせていただきます」
「うん、よろしくお願いします。早く帰らないと家族が心配なんだ」
ハジメは姿勢を正し、少し眉をひそめて頭を下げた。
気の毒な話だ。
彼女は十八歳の誕生日を迎えたばかり。
チキューで家族三人仲良く暮らしていた。
父はいない。
母と弟と三人暮らし。
就職先も決まって卒業式を間近に控えていたらしい。
「やっと母ちゃんに恩返しできるってのに、こんなところで立ち止まってらんないよ」
「そうですね」
柔らかく微笑むと、少女はハッとして両手を合わせた。
「ご、ごめんなさい! ここをこんなところだなんて。そういう意味じゃないの」
ここラビリオスにはたまに異界人が迷い込んでくる。
当然だが全員パニック状態だ。
駄々をこねたり暴言を吐いてくる人も珍しくない。
この少女だって、内心では嵐が吹き荒れているに違いない。
「わかっていますよ」
「はぁーっ、ありがとう」
ハジメは再びソファーにもたれかかって力を抜いた。
健康的な太ももが無防備に開いている。
――隙の多い子だなぁ。
ヒルダは軽く自分の太ももを叩いた。
「おーい」
呼びかけに気づいたハジメが視線を落とし、顔を真っ赤にして慌てて足を閉じた。
とにかく、自分が辛い状況の中で失言に気づいて、それから謝れる人間はそう多くない。
こういう子には、できれば幸せになって欲しい。
ヒルダがテキパキとギルドのサポート体制の説明を始めると、ハジメは姿勢を正し、真剣な顔でメモを取り始めた。
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