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第十七話 サキュバス、淫魔聖人の槍を見せつけられる




 席についてお互いに自己紹介を軽く済ませた。

 サキュバスはラウラさんと言った。

 一年ほど前に転移してきた異界人の使い魔をしているとのこと。

 自然に目線が下がる。

 太ももの上で組んだ両手、自分の親指がもう片方の親指をさすっている。

 

「……いちねん」


 クラウディオのこと、そして一年もここに居るということ。

 勝手に思い描いていた都合のいい最短ルート。

 その輝きが一気に曇った気がした。

 

「一年かあ、何階くらいまで降りたんですか?」

「えっ、迷宮入った事ないわよ?」

 

 首を傾げると、鏡写しのようにラウラも同じ動きをした。

 

「召喚されて以来一度も迷宮に潜ってませんわ。わたしも主人もね」

「えっ! なんで? 帰れないじゃんか」

「ふふ。人の幸せは人それぞれですわ」

「そっ……それはそうだけどさ」


 そう言われると、こっちはなんにも言えない。

 あの踏み場のないような小さなアパートでの生活。


 ――朝比奈さん、かわいそう。


 わたしたちの100点満点の幸せを、本当はもっといい未来があったかのように見てくる人。

 そういう人にはなりたくないんだ。

 

「主人の異界人はこっちで所帯を持ってますのよ?

 ここに住んでいるのは私だけ。さっきはたまたま一緒におりました」

「迷宮も潜らないで二人でなにしてるの?」

「朝から今までヨロシクやっておりましたわ」

「ヨロシク?」

「さっき見たでしょ?」

 

 立ち上がったラウラが私の耳元に手を当ててつぶやいた。

 たっぷり送られた吐息が、耳にかかった黒髪を揺らす。


「……セックスですわ」

「なな、なに言ってんだよ!」


 ラウラをグイッと押しのける。

 顔が一気に熱くなった。

 息を荒げるこちらを見て、照りのある赤い唇を悪戯げに引き上げている。

 浮気が人それぞれの幸せに含まれるかは、自分にはよくわからない。

 でも個人的には大嫌いだね!


 睨みつけたところで向こうはニコニコ顔。

 マリちゃんと同じ、暖簾に腕押しだ。

 

「……もういいよ、私の相談事なんだけど、パートナーのインキュバスのことなんだ」

「インキュバス? ハジメちゃんインキュバスが使い魔なの? ええ?」

 

 怪訝な顔で前のめりに観察するラウラ。

 ショートカットの頭のてっぺんから足の先までジロジロ舐め回すように見る。

 最後に、鼻筋の通った顔をこっちに向けてクンクンした。

 

「サキュバスには分かる! ハジメちゃん処女よね?」

「関係ないだろ、そんなことは!」

「関係あるでしょ、こんな可愛い女の子に手を出さないなんて。

 ソイツ、インキュバスとして恥ずかしくないのかしら。ちんちんついてんの?」

「ち、ちんち……いや、どうでもいいよ!

 クラウディオさんは恥ずかしくなんかない! あの人は、毎日ずっと頑張ってる!」

 

 立ち上がって睨みつけると、ラウラはぴたりと動きを止めた。

 口元に指を当てて眉をひそめている。


「……クラウディオ?」

 

 部屋に沈黙が落ちる。

 細い指が口から上に移動していき、こんこんと眉間を叩いた。


「嘘……冗談でしょ? クラウディオ?」

「なんだよもう。ウソは言わないって言ってるじゃん」


 ラウラは口の前で手を合わせ、睨みつけるようにこちらを見た。

 

「……もしかしてハジメちゃんの使い魔って――『淫魔聖人』クラウディオなの?」

「『淫魔聖人』! そうそれだよ。神様と世界が認めた聖人様だよ!」

 

「……なるほどね」

 

 ラウラは細い眉がひそめて足を組み直した。

 何か言いたいことがあるんだろう。

 

 ――うーん。


 焦って、柄にもないことを言った気がする。

 自分で言ったものの口が気持ち悪かった。

 軽く喉を払う。

 

「ごめんラウラさん、誰が認めよう関係ないんだ。私の大事な友達を馬鹿にしないで」

 

 ラウラは片眉をあげて顎を撫でた。

 

「うん。それなら分かるわ。友達を馬鹿にしてごめんなさいね」

「へへっ、いーよ」

「それで相談事ってなにかしら」


 やーっと本題だ。

 ヒルダさんがくれたチャンス、しっかりモノにしないと!

 

「クラウディオさんのレベルのことでアドバイスを聞きたいの。

 もう5階層まで一緒に冒険したけどレベルが全然上がらなくて。

 でもでも、クラウディオさん凄く頑張ってるんだよ。

 頭もいいし指示も的確だし、あと薬も作れるし、それから……なんだったっけ、あっ! それから、テント張るのも上手いしさっ」


 そこまで言いきって、喉の渇きに気づく。

 ベラベラ喋りすぎか。

 紅茶を一息に煽ってカップを置くと、ラウラは頬に手を当ててニコニコと笑っていた。

 

「ハジメちゃんかわいいわね。私がインキュバスならその日にグチャグチャにしてあげたいわ」

 

 舌なめずりするラウラ。

 ハジメはニヤリと笑った。


「グチャグチャだって? やれるもんならやってみなよ。わたし結構強いんだから」


 ベッドに腰掛けたまま股関節を回して正拳突きっ。

 どうよこの音は!

 

「……ウッソでしょアナタ」

「ウソは嫌いだね! ……あれ、ケンカじゃないの?」


 ラウラは目をパチクリさせて、改めてこちらを見据えた。

 腰から生えた羽根が、脈打つように開いたり閉じたりしている。

 ぷるんとした唇を真っ赤な舌がゆっくりなぞった。

 少し甘い匂いがした。

 コイツなんか様子が変じゃない?

 

「なんか出てるよー!」

「あら失礼」


 ラウラの追い払うような手の動きから、鎮静(クールダウン)の粒子が降りかかる。

 どうしたんだろう?

 ……まあいいや。


「とにかくクラウディオさんはちゃんと役に立ってるの。

 これよ、これ見てよ!」


 インベントリから宝物の槍を取り出す。

 友達の一番のセールスポイントだ。

 神様はこれで経験値もくれないんだから、もうイヤになっちゃうよ。

 

「凄いでしょ!」

 

 取り出したダンジョン産の鉄の槍を、床に石突を立てて見せつける。

 穂先だけではない。

 柄にまで精緻なルーンが刻まれている。

 強く握ると、槍にビッシリ刻まれた金の文字が踊るように浮き上がった。


 ――やっぱり綺麗だなあ。


 反応を伺おうと目線をやると、ラウラは口をぽかんと開けていた。

 

「……驚いたわね。迷宮産の武器はキャパシティが大きいとは聞いていたけど、ここまで刻めるものなの?」


 椅子から立ち上って、槍に浮き上がるルーンをじっと睨みつけた。


「えーとねえ、同じルーンを二つ入れるのが難しいらしいよ」

「……うーわっ、ホントに二重刻印やってる……それも一個じゃない……」

「乙種持ってたらみんな出来るって言ってたけど」

「……へぇ」


 よくわかんないけどカマせたみたいだ。

 クラウディオさんは生命力強化、素早さ強化を二重に刻んだと言っていた。

 わたしに死んでほしくないんだってね、へへ。


「まあ、これくらい頑張ってるわけですよ、うちのクラウディオさんはね」

「そうね、凄いわね『淫魔聖人』様は」

「でしょでしょ!」

 

 素直に称賛を送るラウラ、思わず喜色満面で槍を抱きしめた。

 だが、自分の顔が暗くなっていくのがわかる。

 本題はここからなんだ。


 


読んでいただきありがとうございます。

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土曜日定期更新です。

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