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第十四話 よわよわインキュバス、5階層で死ぬ



 ヒルダはハジメの肩を抱きながら別室に入った。

 普段の陽気さが消え、憔悴しきった足取りだった。

 ソファーに腰掛ける前に、固まった手から立派な鉄製の槍を預かり、壁に立て掛ける。

 

 思わず、ほう、と息を吐いた。

 槍の穂先から柄の石突に至るまでビッシリと金色のルーンが刻まれている。

 指でなぞる。

 ひとつ、また一つ。

 

 生命力強化、攻撃力強化、素早さ強化、矢避けの加護。


「これを彫った人は、よほど持ち主に死んでほしくなかったんでしょうね」


 あのインキュバスは武器破壊の恐怖と闘いながら、10個以上のルーンを槍に刻み込んだ。

 王都のギルドに勤めていた時も、こんなに立派な、そして心のこもった槍を見たことはない。

 あのインキュバスは、出来ること全てをこの槍に注いでいる。

 

 ハジメの目から再び雫がこぼれ落ちた。

 

「この槍すごいんだよ。突いたら火が出るし、払ったら風の刃も出る。

 一日中動き回っても疲れないし、狼より早く動けるんだ。

 だからわたし、無茶して5階のボスに突っ込んじゃった。

 クラウディオさん、ついてくるだけで精一杯だったのに」

 

 ハジメの横に腰掛けて、抱きしめて頭を撫でた。

 抱き寄せた頭から、悲しみで真っ赤っかの体温が伝わってくる。

 夜の応接室に少女の泣き声が響き渡った。

 

 クラウディオは、死んだ。

 5階のボスはスケルトンメイジだ。

 槍は少し相性が悪い。

 それに加えて近接距離に持ち込む前に、必ず一度は魔法攻撃を受ける。

 『(トルネード)』か『焦土(バーン)』かは分からないがレベル1ならかすっただけで死ぬ。

 

「どんなに優れた冒険者でも、必ず一度は、そのツケを払う瞬間が来ます。

 しばらく休みなさい。どのみち丸一日は復活できないんですから」


 主人が生きている限り、使い魔は死んでも復活する。

 これを利用して肉壁を命じる主人もいる。

 この業界で使い魔の命は軽く扱われがちだ。

 だがハジメのような人間もたくさんいる。

 

「二人で美味しいものでも食べて気分転換はいかがですか?お肉の美味しいお店知ってますよ!」

 

 わざとおどけてみたが、ハジメは俯いたままだった。


「私くやしいよ」


 エナメル質が擦れる音がする。

 ハジメは歯を食いしばってしゃくりあげていた。

 

「わたしたちは二人で頑張ってるのに、なんで神様はクラウディオさんに経験値くれないの?

 あの人のなにが気に入らないの?」


 槍には日に日にルーンが増えていった。

 その度にハジメの快進撃は勢いを増した。

 2週間で5階層のゲートキーパー討伐はラビリオスギルドでは最速記録だ。

 だが苛立ちも同じように、日に日に膨らんでいった。

 

 ――わたしじゃない!

 ――槍を、この人の槍を、見ろ! 見ろ! 見ろよっ!


 自分のレベルだけが上がっていくことに耐えられなかった。

 ヒルダは抱き寄せる力を強めた。

 この子は自分一人だけで幸せになれない優しさを持っている。

 

「バカみたいだよね。

 あの時肝心のわたしがクラウディオさんを見てなかった」

 

 ボスを倒して振り向くと、パートナーが丸焦げで横たわっていた。

 急いで駆け寄ったハジメにクラウディオは満面の笑みで微笑んでいた。

 

 ――5階制覇おめでとうございます

 ――使い魔は死なないのでお気になさらず!

 真っ黒な体は灰になって迷宮に溶けていった。

 彼が居た場所には手付かずの回復薬が3本残されていた。

 

「母ちゃんも熱を出しながらパートに行ってたな。

 赤いんだが青いんだか変な顔色して、ほっそい腕で力こぶ作ってさ。

 そんなのいいからゆっくり休んで欲しかったよ」


 ハジメはヒルダの胸に顔をゴシゴシ擦り付けると、体を離して立ち上がった。

 涙で腫れた目には、強い光が宿っている。

 

「私、昔からやるって決めたことは絶対やってきたよ。

 中学生で黒帯になったし、高校行く時も彼氏も作らないで死ぬほど勉強して特待生になった。

 母ちゃんに恩返しするし、クラウディオさんにだってそうする。

 ヒルダさん、どうにかならないかな?

 わたしがあの人に出来ること、なにかないかな?」

 

 ヒルダはハジメの目を見つめる。

 いろんな冒険者を見てきた。

 人を見る目には自信と実績がある。


「なんだってやる、なんだって」

 

 ハジメもクラウディオもいい人だ。

 

「私の友達にサキュバスがいます」

「サキュバス?」

 

 ハジメは顎に指を当てて天井を見た。

 この子はひたすらバイトとカラテと勉強だけをやってきたらしい。

 異界人がそれなりに持っているファンタジーとかいう学問の知識もない。

 

「インキュバスの女版、そう思ってください」


 サキュバスは男をたぶらかすエロい魔物。

 

「なるほど、インキュバスがいるならサキュバスもいるのか」

 

 ハジメは頬をかきながら頷いた。

 

「サキュバスならクラウディオさんの状態もなにかわかるかもしれません、よかったら紹介しますよ」

「お、お願いします」

 

 紙にメッセージを書いて差し出す。

 これだけ書いておけばわかるか。

 209。

 ヒルダからお願い。

 貸し1。

 

「これは?」

「宿舎の部屋番号です、ノックしてドアの下からこの紙を入れてください」

「は、はあ、どうも」


 ハジメは言われるがまま紙を受け取ると、立て掛けていた槍を手に取ってドアに向かった。


「ヒルダさん、今日はありがとね」

「いえ、ギルド職員として当然のことをしたまでです」

「ううん、こっちからしたら当たり前じゃないよ。

 私も借り1ね」

「……はい?」


 槍をくるりと回して肩に担いだ。


「なにかあったら呼んでね。助けになるよ」


 ウインクしたハジメは、そのまま扉を開けて出ていった。

 ヒルダはその背中を見送ると、ふかふかのソファーにお尻から飛び込んだ。

 スカートが捲れ上がって真っ黒なレースの下着が露わになる。

 イケメン女子と底抜けのお人好し。

 私はどっちでもイケる。

 

「どっちでもいいから私と付き合ってよー!」


 ラビリオスでは、お人好しは長生きできない。

 あの二人はまた痛い目を見るだろう。

 誰かに喰われる前に、いってやろうかな。

 天井を見上げた目端に、壁にかかった『冒険者第一!』の額が目に入った。

 冒険者やってるうちは手を出せない。

 今日もあの店でやけ酒だ。

 ヒルダはため息をついて戸締りを始めた。

読んでいただきありがとうございます。

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土曜日定期更新です。

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