表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/21

第十三話 駆け出し冒険者ハジメ、一人で帰還する


 

 冒険者名簿をめくる手が止まる。

 ヒルダはカウンターで一人、ため息をついた。


 ハジメ=アサヒナ 槍士 レベル8


 ギルド職員から迷宮攻略の適切なアドバイスを請いたい場合、レベルだけでも伝えておくと、挑戦するのに適切な階層案内等々、その冒険者の状況に見合った様々な情報を教えてもらえる。

 ヒルダに心を許したハジメは、警戒を解いた親戚の子どもみたいに一気に懐いて、レベルどころかスキル、ステータス、その全てを開示した。

 

 職員なら誰でも閲覧が可能なこの名簿。

 そのまま記載するのは、さすがに気が引けた。

 ヒルダは彼女から半ば押し付けられた情報を、名前、レベル、職業にとどめて、その他の大事な情報は、ため息をつきながら心の内に仕舞い込んだ。

 

 とはいえ。

 ハジメの極端な振る舞い様に思わず苦笑いをしてしまったものの、子供の様ななつき方と、妙な気風の良さが気持ち良くもあったりして、先日は柄にもなく訓練場で稽古をつけてあげてしまった。

 『◎冒険者第一!』は自分の信条でもあったけれど、公私混同をするつもりはなかったというのに。

 あの異界人は不思議な魅力のある子だった。

 

 主従二人が迷宮攻略に乗り出して、もう二週間経つ。

 ハジメのレベルはすぐに一次職の上限である15まで上がった。

 そこから『戦士』から派生した二次職である『槍士』に転職、本格的に槍使いとしてスタートした。

 訓練場での動きを見るに、カラテとやらの修行をしていたおかげか体の使い方のカンが良く、レベル以上の成長が見てとれた。

 転職してレベルは1に戻ってしまったが、強くなるためのコストを払っただけであって、槍使いとして体を鍛え直してどんどん力をつけていっている。

 

 一方、使い魔クラウディオのレベルは、相変わらず1のままだった。

 2階、3階、4階と順調に攻略は進んでいるものの、二人の顔色はどんどん優れなくなっていった。

 

 ヒルダは指で顎の辺りを触りながら、眉をしかめた。

 淫魔は戦闘ではお荷物、そう聞いてはいたが、まさかそもそもレベルが上がらないなんて考えもしなかった。

 迷宮攻略は才能、スキル、装備、その全てが高水準であることを求められるが、その土台となるのがレベルアップによるステータスの強化。

 迷宮ではレベルが全て。

 

 先ほど見送ったヤマダさんのところのハムちゃん。

 あの子が本気で体当たりをしたならば、ラビリオス住民の九割は壁にめり込んで死ぬ、

 迷宮はレベルさえ上げれば全生物に平等なのだ。

 だからこそ、自分のようなちんちくりんでもソロで結構なところまで行けた。

 ラビリオスで生まれ育ったヒルダにとって、迷宮はある種の神だった。

 

 正面扉が開く音がする。

 顔を上げると、悩みの種のお二方がこちらに向かってくるのがわかった。

 肩を落としてトボトボ歩く少女の背中から、大柄な中年男性が右から左から顔を出してなにか声を掛けている。

 ……うん、よくない。

 ヒルダは努めて明るく、ハキハキと挨拶をした。

 

「おはようございます!」


 クールで通っている同僚の大声が珍しいのか、周りの職員がチラリと目線を向けてくる。

 よそ見する暇があるなら黙って仕事をして欲しいものだ。


「おはようございますっ!」

 

 意図に気づいたクラウディオが、どこかホッとしたように挨拶を返す。

 ハジメは暗い顔のままこちらを見てくる。

 

「……聞いてよヒルダさん!」

 

 そう言いながら椅子に座ると、カウンターに両手を叩きつけた。

 口を開こうとしてるが、彼女にしては礼儀がなっていない。

 

「おはようございます」


 もう一度繰り返すと、少女はハッとしてひとまず頭を下げた。

 

「……おはようございます」

 

 挨拶すら忘れるとは、見た目以上にずいぶんお疲れのようだ。

 

「とにかく聞いてよ。

 この人、『一人で潜ったら?』なんて言うんだよ。

 ひどいよねえ! こっちは女の子だ!」

 

 ヒルダは目を糸のようにして微笑んだ。

 お荷物の使い魔を街に置いたまま迷宮に潜る冒険者か。

 ……別に珍しくない。

 彼らの意図は概ね、大事な使い魔に酷い目にあってほしくない、その優しさ一点に尽きる。

 スライムにすら劣るレベル1のよわよわインキュバスを、いつまでも危険な迷宮に連れ込む方が、酷いといえば酷い。

 

 ヒルダは、ハジメの目を見ながらゆっくり頷く。

 

「それは……聖人様が、薄情ですね」

「だっ――だよねえ!?」

「ええっ!?」

 

 使い魔の大男から驚愕の視線を感じるが、敢えて受け取らずにおく。

 ギルドの方針は冒険者第一。

 この子はとっても元気いっぱいだけど、そもそもイセカイに迷い込んできて心細いのだ。

 大変だろうけれど、上手く独り立ちできるまでなんとかフォローしてあげて欲しい。

 

 調子づいたハジメは鼻息を荒くして、相棒の肩をバンバン叩いた。

 

「ええっ、じゃないよぉ。今日は5階のボスを倒すよ。キリもいいしレベルも上がるって!」

「それでレベルが上がらなかったら、私に言ってください。有識者と渡りがつけられるかもしれません」


 インキュバスにも無茶はさせられない。

 レベルをなんとかするにしろ、諦めるにしろ、ほったらかしにするつもりはなかった。

 

「えっ!?」

 

 驚いたクラウディオが間の抜けた声を上げる。

 

「クラウディオさん、渡りをつけるってなに?」

「ま、まあ、アドバイスをくれそうな人を紹介してくれるってことです」

「うわー! いいのヒルダさん!」

「勿論です、冒険者のために人事を尽くすのは、ギルド職員の務めです」


 飛び跳ねる主人の傍で、クラウディオはしきりに首を捻っている。

 現存する使い魔のインキュバスはクラウディオただ一人だけだ。

 有識者に思い当たる節がないのは当然だろう。

 

「だってさ、クラウディオさん。これからも一緒に潜れるよ」

 

 ハジメは振り返って、クラウディオの指の間に、自分の指を差し込んで優しく握った。

 自分が久しくやっていない、恋人繋ぎみたいなやつだ。

 

 レベル問題でしょんぼりしているとはいえ、二人はどんどん仲良くなっている。

 恋人同士には全く見えないが、親子にも見えるし、姉弟にも見えるし、主人と使い魔にも見える。

 

 でも――全部違う。

 お互い足りないところが噛み合ったかのように、結びつきが強固になっているのがわかる。

 

「一緒に頑張ろうね、ねえねえねえ!」

「は、はい。頑張りましょう!」

 

 クラウディオの雰囲気も、本来の穏やかさが戻っていた。

 自分の言葉を少しは当てにしてくれた、ということだろう。

 迷宮探索届を処理してあげると、二人は魔法陣の向こうに消えて行った。

 

 肩をすくめて口元を歪ませる。

 片方は諦めが悪いし、片方は諦めが良すぎる。

 紹介をして解決するかどうかはわからないが、あの二人はちょっと休むべきだ。

 お互いの考えを擦り合わせるいいきっかけになればいい。

 

 いつも通り職務をこなしていると、いつのまにか日が落ちかけていた。

 探索届と帰還届の照合を行う。

 実質のクロージング作業だった。

 だが何度も繰り返しても一組帰還していない。

 

 あの気のいい二人だ。

 夜の帷が窓の外に降りている。

 本日五杯目のコーヒーを飲み干した時、帰還用の魔法陣が光を放った。

 急いで駆け寄るヒルダの頬が緩む。


 ――心配かけないでよ。

 

 部屋から白い光が引いていく。

 帰還者が立っていた。

 その日迷宮から帰ってきたのは、泣いているハジメ一人だけだった。


 

読んでいただきありがとうございます。

もしよろしければ、ブクマ・評価いただけると励みになります!


土曜日定期更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ