第十三話 駆け出し冒険者ハジメ、一人で帰還する
冒険者名簿をめくる手が止まる。
ヒルダはカウンターで一人、ため息をついた。
ハジメ=アサヒナ 槍士 レベル8
ギルド職員から迷宮攻略の適切なアドバイスを請いたい場合、レベルだけでも伝えておくと、挑戦するのに適切な階層案内等々、その冒険者の状況に見合った様々な情報を教えてもらえる。
ヒルダに心を許したハジメは、警戒を解いた親戚の子どもみたいに一気に懐いて、レベルどころかスキル、ステータス、その全てを開示した。
職員なら誰でも閲覧が可能なこの名簿。
そのまま記載するのは、さすがに気が引けた。
ヒルダは彼女から半ば押し付けられた情報を、名前、レベル、職業にとどめて、その他の大事な情報は、ため息をつきながら心の内に仕舞い込んだ。
とはいえ。
ハジメの極端な振る舞い様に思わず苦笑いをしてしまったものの、子供の様ななつき方と、妙な気風の良さが気持ち良くもあったりして、先日は柄にもなく訓練場で稽古をつけてあげてしまった。
『◎冒険者第一!』は自分の信条でもあったけれど、公私混同をするつもりはなかったというのに。
あの異界人は不思議な魅力のある子だった。
主従二人が迷宮攻略に乗り出して、もう二週間経つ。
ハジメのレベルはすぐに一次職の上限である15まで上がった。
そこから『戦士』から派生した二次職である『槍士』に転職、本格的に槍使いとしてスタートした。
訓練場での動きを見るに、カラテとやらの修行をしていたおかげか体の使い方のカンが良く、レベル以上の成長が見てとれた。
転職してレベルは1に戻ってしまったが、強くなるためのコストを払っただけであって、槍使いとして体を鍛え直してどんどん力をつけていっている。
一方、使い魔クラウディオのレベルは、相変わらず1のままだった。
2階、3階、4階と順調に攻略は進んでいるものの、二人の顔色はどんどん優れなくなっていった。
ヒルダは指で顎の辺りを触りながら、眉をしかめた。
淫魔は戦闘ではお荷物、そう聞いてはいたが、まさかそもそもレベルが上がらないなんて考えもしなかった。
迷宮攻略は才能、スキル、装備、その全てが高水準であることを求められるが、その土台となるのがレベルアップによるステータスの強化。
迷宮ではレベルが全て。
先ほど見送ったヤマダさんのところのハムちゃん。
あの子が本気で体当たりをしたならば、ラビリオス住民の九割は壁にめり込んで死ぬ、
迷宮はレベルさえ上げれば全生物に平等なのだ。
だからこそ、自分のようなちんちくりんでもソロで結構なところまで行けた。
ラビリオスで生まれ育ったヒルダにとって、迷宮はある種の神だった。
正面扉が開く音がする。
顔を上げると、悩みの種のお二方がこちらに向かってくるのがわかった。
肩を落としてトボトボ歩く少女の背中から、大柄な中年男性が右から左から顔を出してなにか声を掛けている。
……うん、よくない。
ヒルダは努めて明るく、ハキハキと挨拶をした。
「おはようございます!」
クールで通っている同僚の大声が珍しいのか、周りの職員がチラリと目線を向けてくる。
よそ見する暇があるなら黙って仕事をして欲しいものだ。
「おはようございますっ!」
意図に気づいたクラウディオが、どこかホッとしたように挨拶を返す。
ハジメは暗い顔のままこちらを見てくる。
「……聞いてよヒルダさん!」
そう言いながら椅子に座ると、カウンターに両手を叩きつけた。
口を開こうとしてるが、彼女にしては礼儀がなっていない。
「おはようございます」
もう一度繰り返すと、少女はハッとしてひとまず頭を下げた。
「……おはようございます」
挨拶すら忘れるとは、見た目以上にずいぶんお疲れのようだ。
「とにかく聞いてよ。
この人、『一人で潜ったら?』なんて言うんだよ。
ひどいよねえ! こっちは女の子だ!」
ヒルダは目を糸のようにして微笑んだ。
お荷物の使い魔を街に置いたまま迷宮に潜る冒険者か。
……別に珍しくない。
彼らの意図は概ね、大事な使い魔に酷い目にあってほしくない、その優しさ一点に尽きる。
スライムにすら劣るレベル1のよわよわインキュバスを、いつまでも危険な迷宮に連れ込む方が、酷いといえば酷い。
ヒルダは、ハジメの目を見ながらゆっくり頷く。
「それは……聖人様が、薄情ですね」
「だっ――だよねえ!?」
「ええっ!?」
使い魔の大男から驚愕の視線を感じるが、敢えて受け取らずにおく。
ギルドの方針は冒険者第一。
この子はとっても元気いっぱいだけど、そもそもイセカイに迷い込んできて心細いのだ。
大変だろうけれど、上手く独り立ちできるまでなんとかフォローしてあげて欲しい。
調子づいたハジメは鼻息を荒くして、相棒の肩をバンバン叩いた。
「ええっ、じゃないよぉ。今日は5階のボスを倒すよ。キリもいいしレベルも上がるって!」
「それでレベルが上がらなかったら、私に言ってください。有識者と渡りがつけられるかもしれません」
インキュバスにも無茶はさせられない。
レベルをなんとかするにしろ、諦めるにしろ、ほったらかしにするつもりはなかった。
「えっ!?」
驚いたクラウディオが間の抜けた声を上げる。
「クラウディオさん、渡りをつけるってなに?」
「ま、まあ、アドバイスをくれそうな人を紹介してくれるってことです」
「うわー! いいのヒルダさん!」
「勿論です、冒険者のために人事を尽くすのは、ギルド職員の務めです」
飛び跳ねる主人の傍で、クラウディオはしきりに首を捻っている。
現存する使い魔のインキュバスはクラウディオただ一人だけだ。
有識者に思い当たる節がないのは当然だろう。
「だってさ、クラウディオさん。これからも一緒に潜れるよ」
ハジメは振り返って、クラウディオの指の間に、自分の指を差し込んで優しく握った。
自分が久しくやっていない、恋人繋ぎみたいなやつだ。
レベル問題でしょんぼりしているとはいえ、二人はどんどん仲良くなっている。
恋人同士には全く見えないが、親子にも見えるし、姉弟にも見えるし、主人と使い魔にも見える。
でも――全部違う。
お互い足りないところが噛み合ったかのように、結びつきが強固になっているのがわかる。
「一緒に頑張ろうね、ねえねえねえ!」
「は、はい。頑張りましょう!」
クラウディオの雰囲気も、本来の穏やかさが戻っていた。
自分の言葉を少しは当てにしてくれた、ということだろう。
迷宮探索届を処理してあげると、二人は魔法陣の向こうに消えて行った。
肩をすくめて口元を歪ませる。
片方は諦めが悪いし、片方は諦めが良すぎる。
紹介をして解決するかどうかはわからないが、あの二人はちょっと休むべきだ。
お互いの考えを擦り合わせるいいきっかけになればいい。
いつも通り職務をこなしていると、いつのまにか日が落ちかけていた。
探索届と帰還届の照合を行う。
実質のクロージング作業だった。
だが何度も繰り返しても一組帰還していない。
あの気のいい二人だ。
夜の帷が窓の外に降りている。
本日五杯目のコーヒーを飲み干した時、帰還用の魔法陣が光を放った。
急いで駆け寄るヒルダの頬が緩む。
――心配かけないでよ。
部屋から白い光が引いていく。
帰還者が立っていた。
その日迷宮から帰ってきたのは、泣いているハジメ一人だけだった。
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