第十二話 ベテラン職員ヒルダ、首を傾げる
明日からも是非よろしくお願いします!
と、クラウディオと並びしっかり頭を下げたところで、ヒルダからステータス鑑定を勧められた。
戦闘を重ねていると「今レベルが上がったかも」と手応えを感じる瞬間が何度かあった。
グラデーションのように曖昧な馴染み方ではなく、明確に自分の筋力やらなにやらが一段上に上がったという、ハッキリした感覚だった。
ハジメが目の前の水晶に手をかざすと、カウンターの向こうのヒルダも、隣のクラウディオも、水晶から視線を切るように目線を下げた。
ステータスは極力人に見せるものじゃないらしい。
自ら進んでステータスを見せつけたクラウディオは、ヒルダに言わせれば「どうかしてますね」とのことだった。
水晶に文字が浮かび上がる。
ハジメは隣に座っているクラウディオの腕を掴んだ。
「一緒に見てくんない?」
「ダメですよ、色々見えちゃうんですから」
外国人チックな彫りの深めのおじさんは、公園で遊ぶ娘のスカートを直すような言い草で、苦笑いを浮かべた。
「ええ? いいよ別に」
自分は人に見られて困るような生き方はしていないはず。
ましてや相棒に見せる分には、逆に自分のことを知って欲しいくらいだった。
そもそも相手のを見たのなら、こっちも見せないといけないだろう。
とはいえこの人に変に頑固なところがあるのは、卵から出てきた時によーく分かっていた。
ハジメは相棒のガッチリした肩に体重をかけて腰を浮かし、耳元に口を近づけて、甘えるようにお願いをした。
「……ぐだぐだ言ったら前蹴りだよ」
相棒はなにかを言おうとしたが、顔を青くして、お腹をさすりながら頷いた。
――以心伝心ってやつだね!
ヒカルも姉の試合を見てからというもの、右足を上げるだけで、進んで家事のお手伝いをやってくれるようになった。
――――――
ハジメ=アサヒナ 18歳
種族ヒューマン♀
身長172cm
体重62kg
B85 / W62 / H88
戦士レベル5
STR 18(+9)
VIT 13
AGI 14(+7)
INT 5
MND 5
FAI 5
LUK 15
魔法
インベントリ操作
技能
初級槍術、チキュー空手黒帯、日商簿記2級
称号
『異界人』 異界出身。インベントリが使用可能。
『五十鈴の氏子』 異界の神の加護がある。LUCにプラス補正。
――――――
スリーサイズっぽいのが出たが、自分には下着を買う時の胸のサイズ以外はよくわからない。
丈さえ合ってれば、着たいものはなんでも着られる人生だった。
それより169cmを公言しているので、172cmを見られる方が恥ずかしい。
チラリとクラウディオを伺ったが、真摯な彼は特になにを言うでもなく、ステータスの数字を褒めてくれた。
「力、持久力、素早さがバランス良く高いですね。
地道に頑張れば、必ず一流のアタッカーになれますよ」
「へへへ、空手やってるしトーゼンだね」
それよりも、槍のルーンの力が自分のステータスとやらの数字を大きく引き上げていた。
穂先の文字が光った時のあの感じ、ラージスライム相手でも苦にならなかった。
この槍さえあれば、誰でも魔物に勝てるんじゃないだろうか。
……ん? そうじゃん勝てるじゃん。
「クラウディオさんも武器持ってルーン入れたら戦えるんじゃない!?」
――わたしってば賢いじゃんか。INTもっとあっていいでしょ!
立ち上がって二人を見たが、思ったほど色よい反応はなかった。
「使い魔は武器や防具が装備できません」
「そもそもわたくしのルーンの補正も割合計算です。元が弱いと強化も弱いです」
……あっそうですか。
なんでもかんでもは都合よくいかないなあ。
「まあ、とにかくありがとね。槍のおかげでいい初陣になったよ。
クラウディオさんも見といたら?」
気を利かせたヒルダが、ズズっと水晶を置いたクッションをスライドさせる。
クラウディオは目の前に流れてきた水晶を恐々と見つめている。
「大丈夫だよ。直接モンスターは倒してないけどいっぱいサポートしてくれたじゃん。ちょっとは上がってるって」
「は、はいっ」
鑑定器に手をかざすクラウディオ。
その期待に輝いていた瞳は、文字を追って左から右に流れながら、どんどん暗くなっていった。
「レベル1のままです。ステータスも変わりありません。
あ、あの、やっぱり――!」
「……ハハッ! なーにその顔」
ハジメはおじさんの深刻めいた顔色が、まるで洋画劇場のワンシーンみたいに見えて、どうにも我慢できずに吹き出して、ケラケラと笑った。
「『やっぱり――!』じゃないよクラウディオさん。
明日だよ明日!」
「えっ?」
「明日があるよ。明後日だってある。
わたしは今日、クラウディオさんのおかげで探索できたんだ。
傷一つなくボスだって倒せた。
ゆっくりやろうよ。まだまだ先は長いんだからさ」
相棒の筋肉が詰まった背中を平手で軽く張りあげる。
そのまま手を当てて、レザージャケットの上からゴシゴシ撫でていると、シホちゃんが飼っている黒ラブの背中の手触りを思い出してほっこりしてきた。
クラウディオの辛気臭い顔は、晴れの日に棒でパンパンされた掛け布団のように、どんどん柔らかく変わっていった。
「はいっ」
「よしっ。じゃあねヒルダさん、また明日」
二人は仲良く頭を下げてギルドの玄関に向かっていった。
――お肉食べようクラウディオさんっ!
――野菜も食べるんですよ。
ヒルダは騒がしく去っていく二人を見送った。
二人ともいい人だ。
こういう人には報われてほしい。
……でも。
顎に手を当てて椅子の背板に体重を預けた。
丸一日迷宮潜ってレベルが上がらない?
ゲートキーパーまで倒したのに?
そんなの聞いたことがない。
力になってあげたいが、インキュバスの知り合いはいない。
そもそも大体返品されているので、ギルドに育成例が蓄積していない。
ため息を吐きかけて、目の前に向かってくる冒険者に気づいた。
ヒルダは椅子を引いて姿勢を正して、業務に戻っていった。
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