第95話 Confession~告白~ Pat II
まずは現在進行形で対処が必要なキュロスから話を聞く。今にもここをデミトリーの勢力が襲ってくる可能性を否定できない。今では常時、テラスの先端で弓兵二名が歩哨に就いている。宿の外周も常に二人一組の守備兵が巡廻警護している。
「あたしはね、元々冒険者なんだ。これでもね、一応銀等級のパーティーにいたんだよ。三年前に受けた護衛依頼がね、ゲットーファミリーの偽装商人だったんだ。夜中に隊商の商人に呼び出されたら襲われそうになったんで返り討ちにしたんだよね。こう、顔をバッサリと。それはよかったんだけどさ、そのあと訴えられてね。まぁわかるよね。こっちの言い分なんか通りゃしない。で、賠償金背負わされてあたしが斬り付けたヤツの性奴隷になりかけた時に女将さんに救いだされたんだ。賠償金の立替もあったから私の正式な身請け金は金貨四千枚。そこを戦闘奴隷契約を付けることで二千枚。でもね、身請け金ってのは娼婦が受け取る分も乗ってるんだ。だから娼婦側がそのお金をいらないって言うなら半分で済む。だからあたしの借金は金貨千枚とゲットーとの戦闘奴隷契約だね」
枕を背もたれに座っている俺の右腰あたりに顔を埋めるように横になるキュロスが静かに話し終える。自然と降ろした右手にキュロスの黄色い髪が絡みつく。サリアが俺の横顔をじっと見つめている。シェリルはキュロスを包むように抱きしめている。
この誠実な美しい戦士がいったい何をしたというのか。こんなことが許されていいのか。そうだ。この世界に許しは必要無いのだ。無慈悲。自分のことを棚に上げるつもりもない。今の俺にはその全てを暴力で覆すことができるのだ。ふざけるな。俺はな、この世界では右の頬を打たれる前にぶっ殺すことにしてんだわ。
暗い、盲い、冥い、陰い、瞑い、闇い心がどこまでも落ちていく感覚。
それを右手と左手の柔らかい髪の感触が、身体の温もりがこの場所に引き留めてくれる。俺を人でいさせてくれる。俺の獣の代わりをさせている狼に申し訳なく思う。この女豹にも同じことをさせてしまうのかもしれない。一緒にいることで一緒に人でいられるのかもしれない。少なくとも俺はそうだ。俺ひとりではもう俺は人ではなくなっていた。そうだ。俺を救ってくれたこの女たちを落としてはいけない。墜とさないためには俺が堕ちてはいけない。深呼吸はせずにキュロスに話し掛ける。
「キュロス、話してくれてありがとう。ジーナにはたった金貨千枚払えばいいんだね。あとは戦闘奴隷契約か。契約対象は誰なのかわかる?」
「ゲットーのボスのバイラルと長男のザイツェフと次男のユルゲンの三人ね」
「なるほど、だったらあと二人だな」
三人娘がいっせいに俺の顔を見た。キュロスを笑顔で見下ろす。
「こんなこともあろうかと早めに手を打っておいて良かったよ」
少しおどけてそう言うと、横でサリアが「くっくっく」と嗤い始めた。見なくても口元を隠して頬を上気させているのがわかるような嗤い方だ。キュロスは全て話し終えて、あとは任せたとばかり目を閉じてシェリルに身を任せている。
「キュロスさん、ここまでよくがんばりましたね。もう大丈夫ですよ」
腰に回されたキュロスの腕の重みが心地よい。
「ふふふ。じゃあ次は本命の前にわたしの方をちゃちゃっと済ませてしまいましょう」
自虐的に言うが本性の構ってちゃんがコンニチワしてないかい?
「わたしのは簡単なことよ。二年前にヘマをやって借金作っちゃってね。ジーナに売り込んでわたしを買ってもらったのよ。わたし、アッチの方はちょっと自信あったしねぇ」
かわいく妖しく舌なめずりしながら十五歳の少女がなんか言っている。二年前ってあなた何歳だい。おそろしい。
「身請け金は金貨千枚よ。まぁこうなったら? しょうがないからアンタもわたしの分の金貨はもらわないであげるから金貨五百枚でいいわよ」
期待には応えなければならない。妖しくぬらりと光る薄桃色の瞳を見つめる。
「それはいいことを聞きましたね。今なら可愛いサリアをたった金貨五百枚払うだけで毎晩、気の済むまで好きなようにめちゃくちゃにしてもいいんですね。それは安いなぁ。急いで買ってあげなきゃダメですね。きっともうすぐだから毎日身体を隅々まで磨いて待っているんだよ? わかった? 返事は?」
「う、うん」
「サリア。返事は、はい、だよ」
「ン、はいっ」
うん、さすがノリがいいね。おかげで場が和んだよ。ありがとうサリア。シェリルに向き直ると枕に埋めるように顔を背けられた。
キュロスは視線がキョドってるけど俺が髪を撫でているせいか頭を動かせずにいる。オルカは静かに寝息をたてて熟睡中だ。すっかりこの面子で一緒に寝ることに順応したようだ。良かった良かった。
俺はキュロスの頭を胸に抱えるように抱き込みながら枕に顔を埋めるシェリルに近付く。シェリルの頭をなでて顔を起こす。
「お待たせしました。最後になって申し訳ありません。シェリルさんのお話をお聞かせください」
ここまで二人が話したらシェリルも黙っているわけにはいかない。それでもだいぶ遠慮がちに話し始める。自分が男爵家の長女であったこと、許嫁がいたこと、愛し合っていたこと。
ジーナに支払うべき身請け金は大金貨百枚。つまり、金貨一万枚だ。自分の分はいらないとして半分で金貨五千枚だ。これはすごい。これ、ジーナが払ったんだよな? いったい、いくら建て替えたんだ? どうなってやがる。でもそのおかげでデミトリーのゴミ野郎の手に彼女が渡らずに済んだんだ。一度ちゃんとご挨拶に行かねば。
問題はシェリルの借金の返済だ。現在、シェリルは毎月金貨五枚を払う返済義務がある。五年前、婚約者だったローダンが自分の死後は私財をシェリルのものにという誓約を立てていた。シェリル自身はそのことを彼の死後に知ることになったのだが、結果それが功を奏した。その遺産から毎月の返済金を支払うことでシェリルは未だ誰のお相手もしたことが無い。彼女は奴隷紋がある性奴隷だが、中身は清純な男爵令嬢のままなのだ。それを外部に知られたらどうなるか? きっとシェリルを買おうという馬鹿が出てくる。だからウォーカーがたまにシェリルを指名してこの宿に呼ぶのだ。もちろん、彼は手を出していない。だが、その遺産も間もなく尽きようとしている。まぁ、毎月の金貨五枚ぐらいはどうってことないな。
「シェリルさん、すべてを話してくれてありがとう。あとはなにも心配しないですべて俺に任せて欲しい。いままでひとりでよくがんばりました。えらかったね」
キュロスがシェリルを抱きしめている。美しい光景だ。
男爵家令嬢が政争に負けて家族を失ってひとり奴隷娼婦に身を墜とす。その絶望がわかるか。たぶん、俺にもそれはわからない。それでもこの女は俺に自由に生きろと言い、獣人で孤児のオルカのために涙したのだ。貴女のために涙する代わりに俺は俺の出来ることをしよう。前世世界の馬鹿神よ。四人の女を救うために俺をこの世に遣わしたのかい? だったらお前は良い仕事をしたと褒めてやろう。
「前にも言いましたが、私は皆さんを解放したいだけです。私のものにするために開放するのではありません」
俺はオルカの銀色の髪をなでながら独り言のようにつぶやく。本心だ。未だ全てを明かせない俺には誰かを愛する資格はない。全てを明かさない俺には愛される資格もないだろう。自分勝手で申し訳ないが、せめて善行と言えそうなことを俺にやらせてくれ。そうでもしないと俺は碌でもないことしかやりそうにないんだ。
「ふふ。まだ何も成し遂げていないのに酷く偉そうでしたね。まぁ、少しは期待していてください。やる時はやりますから」




