第94話 二重起動
ユセフさん自ら冷たい飲み物を入れてくれた。ありがたくいただく。支配人室は応接セットと執務机があって落ち着く雰囲気だ。奥に扉があるので私室があるのかもしれない。理想的な職場だなぁ。
「大事なお話なのにこんなカッコで押しかけて申し訳ありません」
応接セットの対面に座ったユセフが温厚な顔で応える。
「いえいえ、お忙しい中、時間を取っていただいてありがとうございます」
忙しいの意味がアレで申し訳ない。いやいや、大変恐縮です。
「それで、シェリルさんに関する事だそうですが」
自ら入れた飲み物で喉を潤すと少し悲し気な表情で語りだした。
「シェリル様の出自に関するお話になります。シェリル様は元々、ここグランデールに籍を置いていたワイマール男爵家のご長女様です。そして、当時のスラム冒険者ギルド長官だったウォーカー様の弟君、ジラール家六男、ローダン様の許嫁でした」
ユセフが語った内容はこうだ。現冒険者ギルド長官のデミトリーを長とするカルチェンコ男爵家に対抗するため、武家のジラール男爵家と商家のワイマール男爵家は、絆を深めるために歳の近い両家の六男と長女の婚姻を望んだ。そして、幸いなことに当事者の両人ともが自らそれを望むほどの睦まじい仲だった。しかし、五年前の政争で次男のキースと共に六男のローダンも戦死、シェリルの実家のワイマール家はデミトリー・カルチェンコの画策によりお取り潰しとなった。シェリルは奴隷娼婦として身を墜とすこととなったが、高級娼館『一夜の夢』の女将であるジーナがありえない金額で横から引っ攫うようにシェリルを競り落とした。今もことあるごとにウォーカーが気を使っているが、なかなか思うようにはいかないのだと。
シェリルもウォーカーも気を使ってなのかその話はしてこなかった。現行誰も長官職に就任していなくておかしいと思ったが、そういうことか。デミトリーとウォーカーの政治力の拮抗でスラムギルドの運営が宙吊りになっているのか。パーシーもがんばっているみたいだが、如何せん冒険者としての実績の無い立場で運営も難しいのだろう。それが魔獣、森の放置に繋がっていて非常に危険な状態だ。ウォーカーのスラムの拠点がここにあることはパワーバランス的にはかなり重要だな。デミトリーがここを潰そうとするのは必至じゃないか。
おい、デミトリーよ。俺はお前個人にはそんなに興味もなかったんだがなぁ。お前を殺す大義名分ってやつが今、俺の中に出来てしまったぞ。この世界で好き勝手するにしても俺は破壊神でもないから遠慮する気持ちが少しはあるんだけどな。どう好き勝手していいのか自分を持て余していたんだ。とりあえずわかりやすい目的が生まれて俺はうれしいよ。
ユセフの話を聞き終えて俺は嗤っていたのかもしれない。ユセフが俺を見る目が剣呑だ。ひょっとしたら『余計なことを言った』と思っているかもしれないなぁ。安心しろ、ユセフ。お前はじゅぶん俺の役に立っているぞ。今後もその調子で頼む。
目の前の氷入りの果実水を煽ってお代わりをお願いする。ユセフはいつもの柔和な表情でお代わりを作って目の前に置いてくれた。さて、シェリルの話は以上だな。
「てことでユセフさん、今日もちょっと知り合いを呼んでお世話になっているんですけど」
俺は明日の仕込みの話をしてから三階の自室に戻った。
部屋に入るとミリィさんがオルカはまだ帰っていなくて、三人はお風呂に入っていると教えてくれた。俺もまだ風呂で頭を洗っただけだったので入りますと告げて脱衣所へ向かった。脱衣所の扉に手を掛けようとしたら向こうから扉が開けられてキュロスが出てきた。
「あれ、ロック。どうしたの。思ったより早かったのね」
「いや、ちょっといろいろありそうだったのでやっぱりこっちで入ろうかと」
キュロスが「ふーん」と言って中に入れてくれた。
「キュロスさんはもう上がるんですか」
「あたしは今日、もう入ってたからね。軽くね」
風呂上りにひとりきりで心配だったから、誰か上がってくるまで付き合いますと言ったら笑いながら大丈夫だからお風呂に行きなさいと送り出された。リビングではミリィさんが俺に向かって軽く手を振っていたのでお任せした。風呂場に行くとサリアから「あんたなにしてんの」と言われてしまったが、軽く話をしたらなんとなくわかってくれたっぽくて「よく帰ってきた」と満足気にニヤリとしながら褒めて遣わされたのでヨシとしよう。お陰でいつもより少し丁寧に洗われた気がする。
今頃ライズは女性二名からどういう扱いをされているのか心配にはまったくならなかった。どう考えてもお前はうらやましい立場だろ。せいぜい生殺されていろ。
風呂を上がって全員のブローが終わったころにフラフラとオルカが帰って来た。晩飯の準備の間にテラスに出て冷風を当てたりしながらブローする。俺は、頭は温風、身体は冷風という風魔法の二重起動に成功したが、サリアに感心されつつも「それどこでなにに使うの」とあきれられた。夏の風呂上りをお楽しみにって言ったら一応納得してもらえた。
「オルカ、ふたりはどうだった」
「んー、ルシアがびっくりしてた。カレンはよろこんでた、よ?」
「そうかー。気に入ってもらえたらいいな」
「それは大丈夫~」
髪の乾いたオルカは身体の冷風が気に入ったのか、俺をリクライニングチェア代わりにもたれかかってガウンの隙間の冷風を楽しんでいた。まぁ、もうガウンがはだけちゃってバタバタしてるだけで着てるんだか掛けてるんだかわからなくなってるけどね。サリアが晩御飯の準備が出来たと呼びに来て、また変な魔法の使い方をしてるとあきれていた。
「いや、サリアさん、今オルカにこれやってて思ったんですけどね、たぶん夏になったら毎日サリアさんもこれを求めて俺の前に跪いて懇願するようになると思いますよ。なぁ、オルカ」
「うーん、すごいきもちいー」
「えーと、そ、そうなの? そんなに? ふーん、じゃあ、まぁ、夏になったら、ね」
相変わらずのチョロさ。風が浴びたいのか懇願したいだけなのかわからんけど。とりあえず予約は承った。
早めに帰ってきてよかった。なんだかんだいい時間だ。腹も減った。オルカは食ったらたぶん、もう寝てしまう気がする。
そしてその通りになった。ダイニングが片付いたらミリィさんには少し早いけどお暇してもらった。さて、オルカは長風呂で疲れてもう起きていられない様子だし、寝室で話を聞こうかな。オルカをおんぶしてみんなで寝室に移動。
ベッドサイドのテーブルに水差しを置いて部屋を薄暗くしてリラックスして話を聞くことにした。オルカは隣で寝ている。昨晩からの寝不足と緊張もあったのだろう。寝る時の並び順はオルカが左隣に固定されたらしい。こういうことは俺には発言権は無いので何も言わない! 今日は右にキュロスがいて、その向こうにシェリル、オルカの隣にサリアだ。やっぱり癒し担当はシェリルだなぁ。キュロスの横に寝てもらうと安心感が違う。なんだろうね? この不思議な感覚は。
さあ、大事な話を聞かせてもらおうか。俺の見た目は頼りないことこの上ないだろうが、一応中身は立派な大人のつもりだ。
どんと来いや!




