第96話 これこそ初期装備
目を覚ますといつかのように目の前に透き通る青灰色の瞳があった。左腕の上にオルカの頭が乗っている。伸ばした左手の先はサリアの頬かこれ? ん? おまえ、見えないけど俺の親指吸ってないか? 親指をぐいっとまげて頬を内側から軽くつねると舌を出したサリアが釣れた。そのまま肘を曲げながらこっちに引き寄せる。うーむ。嬉しそうだ。良い子のオルカの真上でそういうことするんじゃないよまったく。オルカがきょとんとしている。気にするなとばかり右手で頭を撫でるとにっこりと微笑んだ。頭の上のサリアとの対比が酷い。まぁ、どっちも嫌いではないが。……起きよ。
ゆっくり身を起こして振り返ってビクっとなった。え? 俺が最後に起きた人って感じなんですか?
「おはようございます」
みんなが口々に「おはよう」と言ってくれた。まぁ、いいか。そうだ、朝メシ食ったらライズ家族を呼ぼうとしていることを伝える。それと『彩雲の衣』を呼んでいることも伝えた。サリアは「またか」って言ってるけど顔がちっとも嫌そうじゃない。いや、カレンさんのために呼んだんであって、とか言わないよ? 危ない危ない。
朝風呂でサッパリしたら朝食を食べて『彩雲の衣』のキプロスと朝のミーティングなど。合間には歩哨に立つ警備員に飲み物を差し入れつつ弓や見張りのコツなんかの世間話と大変有意義な時間を過ごす。
「ロック様、ライズ様がいらっしゃいました」
ミリィさんが客人の前ということで畏まって俺を呼び出す。御礼を言って室内に戻る。今回はテラスが服屋になっているので室内で出迎える。ライズを先頭にカレン、ルシアと続いて入ってくるが、きょろきょろ呆然としている。服はガウンに丹前のままだ。俺がそれでと伝えているからだ。
「ろ、ロック、ここはなんだ」
ライズが怯えている。
「カレンさん、おはようございます。ライズとルシアもおはよう。いらっしゃい。ここは昨日からかな? 俺の家になったんだ。そんなことより、みんな見違えたね! カレンさんもルシアもとってもキレイだよ」
オルカがぴょんと隣に来て「オハヨウ」をする。とルシアのそばにいってクンクンと匂いを嗅いでいる。女性陣の二人は本当に見違えた。やっぱり風呂は偉大だ。
「それとうしろにいる三人の女性たちも俺の家族だからよろしくね」
シェリル、キュロス、サリアが淑女の礼をするとライズとルシアはビビッて「よろしく」しか言えなくなっていた。ここまで美しいともう奴隷紋がどうこうじゃないんだよな。でもちゃんとはっきり言う。
「みんなに言っておきたいんだけど、今、三人には奴隷紋があるけど近々無くなる予定だからね。それと、今も彼女たちは俺の家族だから。よろしくね」
みんなわけもわからずガクガクと頷いていた。さて、本題だ。
「今朝、ここに呼んだのはこれのためなんだ」
そう言ってテラスに案内する。そこで女性陣は女性に任せる。これはサービスだ。肌着ぐらいはプレゼントするさ。チラっと見たらルシアが真っ赤になってた。恥ずかしいのか興奮しているのかはわからなかった。ライズには適当にくれてやった。
「ライズ、これ、まだ使えるかな」
そういって前にマイクからパクった胸当てを見せる。
「どれどれ。うーん、モノ自体はそんなに悪くなさそうだな。ボルツのところに持って行って見てもらうよ」
「それが良さそうだな。修理するにしても下取りにするにしても任せるからあげるよ。俺いらないし」
ついでにベルトとかもいくつか並べる。この前の襲撃の時にいろいろ拾ってきていたのを思い出したんだった。
「あー、こういうのけっこうあるんだったわ。今度ボルツに回収に来てもらおう。ここに取りに来るなら文句言わないだろ」
「そうだな。それが良さそうだな」
「ライズのパーティーで必要なものがあったら使いまわしてくれ。修理は使わない装備を売ってそこから捻出できるだろう。適当に時間見つけてボルツのところに頼んでおいてくれ。ここに来たら回収できるように手配しておくから」
いろいろもらいすぎだと困惑し始めるライズ。ということで痛んでいるマイクの胸当て含めて今すぐ装備できそうなやつ以外は一旦、俺が預かることにした。
「まぁ、『銀狼の牙』には屋台とかでも世話になりそうだからな。俺は冒険者ギルドには入りずらいし、お前たちが引き受けてくれるならその方が楽なんだよ」
「だったらいいんだけど、それでも屋台で世話になって大金もらってるのうちの母ちゃんだしな」
あまりに素直な言いように近くで話を聞いている服屋のキプロスも微笑んでいる。この人は冒険者大好きだから話に混ざりたくてしょうがないんだよな。
「キプロスさん、頼んでいたもので良さそうなのありましたか」
「なかなか斬新なお話でまだ私がイメージを掴めていないかもしれませんが、とりあえずこんな感じはどうでしょうか」
そう言ってシンプルなワンピースを出してきた。うん、汚れが目立たなさそうな上に清潔な感じがいいね。
「これに今回はこのエプロンになります」
「ああ、いいですね。濃紺に白のエプロンが映えますね。腰を絞るのはさすがです。清楚な感じだけじゃなく、グッと掴むものがあっていいですね」
「ほっほっほ。おわかりいただけて大変うれしいです」
サリアが来た。
「ロック、あなた今度は何を企んでいるの」
ななななにおぅっ?!
「いや、これはぜんぜんそんなんじゃないでしょう。屋台用の仮衣装ですよ」
これにはライズが反応した。
「屋台用?! こんなキレイな服が? ロック、気は確かか」
ライズの素っ頓狂な声に下着を選び終えた女性陣がこっちに来る。ルシアが真っ赤な顔で話しかけて来る。
「ろろろ、ロック、おれおれ、俺のためにあ、ありがとう。こ、これにしたよ」
ん? なにが? と振り向いてギョっとした。ルシアが真っ赤なレースの下着セットを俺に見せびらかしている。俺はサリアをサッと振り向く! 同じスピードでそっぽを向くサリア。やっぱりお前か!
「えーと、ルシア、それとカレンさんもひょっとして?」
「あ、わ、わたしはもう若くないから、ね」
そう言って黒い……サリア!
「あの、ウチのがなにか余計なことを言ったようで申し訳ありません。いつもの軽い冗談なんですよ。ね! サリア! そうだよね!」
「え? あ、あぁ、もちろんよ、嫌ですわ、ちょっと場を和ませようとしてはしゃぎ過ぎましたわね。おほほ」
オルカがヒモみたいな薄桃色のモノを俺の目の前に広げるとサリアがそれをひったくった。あぁ、それ、君のなのね。ライズがあわあわしている。そうだ、お前、昨日あの後どうだったんだ? 君もずいぶんとこざっぱりとしているじゃないか? あとで詳しく教えろよ。
カレンさんとルシアの近くに言ってこっそりと話す。
「それ、本当に軽い冗談なので、普通のやつ選んでください。あそこの女性店員に相談してください。ああ、でも本当に欲しいならそれももらってください」
ふたりともボンってなってた。そのあともこっそり見てたらサリアが「まぁまぁまぁ減るもんじゃないし」みたいに押し付けてた。二人ともちょっと喜んでたようにも見えたが気のせいだろう。だって、オルカだってそんなの身に着けてないぞ。あれ? そうだよな? たしか昨夜は、ああ、風呂上りなにも付けてなかったわ。
で、カレンさんにはワンピースとエプロンを着てもらった。うん、いいね。幼過ぎない、落ち着いたデザインだ。既製品で屋台での売り子という要望にじゅうぶん応えているだろう。
「キプロスさん! 見てください! カレンさんを!」
昨日は何回風呂に入ったんだろうな? あとで聞いてみよう。完全にスラムの人ではなくなっている。きっと中での生活ではこうだったんだろう。服屋の女性店員に薄く化粧も施されている。ちょっとスラムにはオーバースペックかもしれん。やり過ぎたか?
「おお、おお! まさにイメージ通り! これは、イイっ!」
キプロスが興奮気味だ。どっちかっていうと趣味全開なだけだな。俺はキプロスさんをグイっと引っ張って部屋の隅に誘う。
「キプロスさん、これは極秘です。この商売、将来的には『中』まで行くつもりです」
キプロスがブルっと震えたあとに生唾を飲んだ。
「その時にはこれの上を行きます。販売品の価格が跳ね上がるからです。その節はまたご相談に乗ってください。いいですか? グランデールを変えますから。貴方の趣味で」
キプロスがわなわなとしている。そして俺になんども「ありがとうありがとう」と言った。ちなみにまだ何も始まってもいない。
カレンさんの足元はくるぶしまでのショートブーツにした。サンダルよりも踵がある靴の方が立ち仕事には楽そうだからだ。通気性と革の柔らさにこだわった。カレンさんには申し訳ないが俺とキプロスのモデルとして大いに楽しませてじゃなくて役立っていただいた。途中でルシアが冒険者止めて売り子になりたがるんじゃないかって思った。
ふたりでカレンさんを目の前に講評に入る。
「キプロスさん、わかりますか? これは街の娘たちの憧れになるんです。一大ムーブメントですよ? 貴方が選んだ服を着た美しい女性が売り子をすることによって『私もああなりたい』と思うのです。どうですか? この全女性の憧れを自らの手で作り出す喜びは。私はこれはすべての服屋の理想の仕事ではないかと思うのですよ」
キプロスは泣いていた。スラムの未亡人が自分の選んだ服を着ている姿を見て、そこに輝く栄光の未来を見て涙を流さずにはおれなかったのだ。そしてその栄光の架け橋は間違いなく遠くない未来に叶うと確信できるほどの完成度でもって目の前にあるのだ! カレンさんは真っ赤だった。ルシアの俺を見る視線が痛かった。サリアたちはのほほんとお茶を楽しんでいた。たぶんもう何かをあきらめたのかもしれない。
「あー、カレンさん、自覚が無さそうですね。ルシア、カレンさんを見てどう思う?」
「え、お、おう。母さんが母さんじゃない。すごく、きれいだ」
「だよね。サリアさん、あっちの寝室の鏡でカレンさんに自分の姿を見せてあげてもらえますか」
さすがに俺たちの主寝室には入れられないので、使っていない方の寝室にお願いした。ルシアも一緒について行ったが、しばらくして戻ってきてカレンさんは呆然としていた。
「それが当面の屋台の売り子の衣装になります。キプロスさん、エプロン含めて予備を一着お願いします」
いつからそこにいたのかユセフも話の輪に入っていた。キプロスが俺にどこで何をやっているか聞いてきたので、商業ギルド前で串肉屋の屋台をやっていると教えておいた。このあとキプロスは、せっかくここに来たので他の部屋に営業だそうだ。
俺はユセフをダイニングに誘って、昨日チンピラから巻き上げた紙の包をふたつばかり渡した。ユセフの目つきが今までに見たことないほどに鋭くなる。無言で俺に説明を求めている。
「昨日、ゲットーのチンピラが屋台に来たので挨拶してやったんです。そいつらが持っていたものです。これ、紙だけでも相当な価値がありますよね? あんな屋台の売り上げを回収するようなチンピラまでが持っていたとなると相当出回っているのかもしれません。このまま放置するとスラム一帯に蔓延するのは時間の問題です。しかるべき対処を強く推奨します」
ユセフは無言で、自らの主に対するのと同じ最上位の礼で応えた。これ以上お互い声に出して話し合うべきことはこの場では無い。
ミリィさんが俺を呼んでいる。どうしたんだ? ユセフさんとリビングに顔を出す。
「あ、ロック様、お客様がいらっしゃっています。お預かりした武器の件でお伺いしたいことがあるとのことです」
ユセフと顔を見合わせる。
「今から出かけるところですので、下でお会いします。ユセフさん、中庭を少し話の場でお借りしてもよろしいでしょうか」
「もちろんでございます。みなさんにも冷たいものでも飲んでお待ちいただきましょう」
ということで、服に関しては、三人に動きやすくて丈夫な普段着を一着お土産に付けたところで炭が届いていて、さらにお仲間が来ていると告げられたので先に庭に案内しておいてもらう。炭は裏に積んで置いてもらうことにした。部屋を出るのに三人娘に挨拶だ。
「それでは、行ってきます。早めに戻ります。遅くなるようでしたら食事と風呂は待たずに済ませておいてください。では、キュロスさんも、もうしばらくは安静に」
キュロスにはもう大丈夫だと笑顔で見送られた。ライズは三人娘を振り返り、振り返り部屋を出た。オルカは相変わらず「イッテキマス」を繰り返してみんなを笑顔にさせていた。
下に降りてバルに炭を、キリエに看板を、アーノルドに肉を持ってもらう。バルには鹵獲品の槍も渡す。他にもベルトとかなんだかんだと渡して、これで全員分の装備がそろった。『銀狼の牙』の初期装備完成だ。




