第97話 知らない世界
部屋を出て一階へ。ライズたちは物珍しそうにキョロキョロして落ち着かない。気持ちはわかる。ルシアは自分のカッコもだが、母のカレンの服と化粧に見とれて転んでしまわないか心配だ。
俺はひとりフロントに寄ってからすぐに行くと言って、ユセフに皆を中庭へと案内を頼む。フロントにはアエリアさんがいた。
「アレリアさん、おはようございます」
アレリアさんはプロの笑顔で昨日のことなどおくびにも出さず俺を見る。
「あら、ロック様。おはようございます。どうかされましたか」
「昨日は友人のライズとその家族の件で大変お世話になりました。三人とも見違えました。アレリアさんには感謝してもしきれません。それで、こちらせめてものお礼になります」
そういって握り拳を出すとアレリアさんがちょっと不思議そうな顔をして両手を差し出してくる。俺はそっとその手を両手で包んで大銅貨を握らせる。さすがのアレリアさんも口を半開きにして驚いている。俺は手を握ったままアレリアさんに話しかける。
「これはアレリアさんへのお礼です。いつも大変お世話になって助かっています。ありがとうございます」
アレリアさんはにこりと微笑む。
「それとこれは昨日、お付き合いいただいた皆様の分です。アレリアさんの方でみなさんと分けておいていただけますか」
そう言ってさらにもう一枚、大銅貨を渡す。風呂場での洗髪、身体の洗浄に付いてもらった正規料金は、昨夜ミリィさんを通して宿には支払い済みだ。アレリアさんの顔に更に笑みが広がる。
「もう、そんなに気を使わなくていいのよ。なにかあったらいつでもわたしに声を掛けてね」
軽くウィンクまでしてくれるアレリアさん。「もちろんです。その時はおねがいしますね」と笑顔で返してその場を辞す。内心は冷や汗が止まらない。そうか。俺って青田買いの対象者なんだな。今や成功を確信されるこの街のエリート扱いに近い熱視線を受けているのか。奇行を繰り返す変人を見る好奇の視線かと思っていたが、どうやらそこに別のものが混じり始めている気がする。気を付けよう。
中庭に出るとライズたちは見事に剪定された庭木と芝の美しさにびっくりしていた。席に案内されているアーノルドたちが助けを求めるようにこっちを見ている。そしてやはり風呂に入った三人、特に女性を見て驚いているのだ。そっちは放っておいて大丈夫そうだ。
ユセフにオルカと共に少し離れたテーブルに案内してもらう。テーブルには武器工房の方が座っている。見間違えようがない。茶色っぽい赤髪に手足の短い特徴的な体形、ドワーフだ。見た目の年齢は四十代だが実年齢はわからない。俺たちが近付いていくと表情に若干の困惑が見えてきた。ユセフがドワーフに俺を紹介する。
「お待たせいたしました。私は当館『夕暮れの泉亭』の支配人のユセフです。そして、こちらが昨日お預けした短剣の使用者のロック様です。お連れ様はロック様のパーティーパートナーのオルカ様です」
それを受けてドワーフの親方が自己紹介をする。
「ワシは壁の中で『鉄槌と金床』という武器工房をやっとるガイアというもんだ」
握手をしながら聞いていたが、すごい、そのまんまの名前の店だ。きっと名前はなんでもよかったんだな。この人に興味が出て来た。
「ロックです。よろしくお願いします」
そこまで言うとユセフがみんなに着席を促す。ユセフは座らずにお茶の準備に席を外した。すぐに戻るだろう。
「ガイアさんの作った剣だったんですね。こちらの両刃の短剣と一緒に譲っていただいたんです」
そう言って腰から剣を抜く。ガイアが手を出したのでそのまま渡す。ガイアは剣を抜いて丁寧に検査するように光に翳す。
「ふむ。こっちは問題ないようだな」
そう言って剣を俺に返した。そして次に布に包まれた棒状のものをテーブルに置いた。布を取ると鞘に収まった片刃の短剣が出てきた。それを俺に無言で渡す。渡されたら抜くしかないよな。席に座ったままスラっと抜いて構えてみる。うん、いい感じだ。
「良いと思います。素晴らしい。あの、素晴らしい剣を無茶な使い方をして壊してしまって申し訳ありませんでした。私は武器の良し悪しもわからないし、剣術も独学なのでちゃんと使ってあげられないようで申し訳ないです」
ドワーフのおっさんは途中から驚いたような顔になった。
「なぁ、ちょっと話を聞かせてもらってええか。お前さん、今、歳はなんぼじゃ」
オルカに両刃の短剣を渡しながら答える。
「俺は十歳です。オルカは十二です」
そこへユセフが飲み物を載せた盆を持って来て俺とオルカの前にはグラスを、ガイアの前にはジョッキを置いた。自身は俺とガイアの間で半歩引いた位置に立つ。俺とオルカは「いただきます」と言って冷たくて甘い果実水を楽しむ。特にオルカが美味そうに飲む。ユセフの顔が綻ぶ瞬間だ。ガイアも同じだった。
「ロックと言ったな。そいつを歪ませたのはお前さんの方か?」
怒っているわけじゃなさそうだな。
「そうです。俺です」
「そうか。ワシも長いこと槌を振るっとるんじゃがな、よくわからんかったんじゃ。それでどうにも気になってな。つい出張って来てしもた。その剣な、なにやったらそうなったんじゃ」
口でうまく説明する自信が無いので席を立って剣を抜いて実演した。
「で、その相手の人がとんでもない手練れとパワーだったんですよね。だからこう、下から片刃の長剣を受けて根本から斬ったんですよ」
「はぁっ? 斬ったぁ? なにを? 刃をかっ?! お前、それ本当か?!」
「あぁ、はい。この剣なら出来そうだったので。で、こう刃を当てたんですよ。真っすぐ」
「あぁ、あぁ、わかる! たぶんそうするしかそんなことできやせんわ! お前さん、わかるよな? こいつが言ったことの意味が。あと、こいつが嘘を吐いていないのもな?!」
途中からはユセフに言っているものだ。ユセフはとても複雑な表情だ。
「ええ、はい。ロック様は決して嘘はおっしゃいませんので全てそのまま真実です」
立ち上がってデカイ声を出していたガイアがドスンとイスに座ってエールを一気飲みした。
「そうか、そういうことか。なんでそんな歪み方したのかわかったわ。わは、わは、どわっはっはっはっはっは!」
ガイアはしばらく豪快に笑って涙を拭いながら俺を見た。
「おい、ロックとかいうかわいいお嬢ちゃんよ、今度ワシの工房に来い! お嬢ちゃんにおもしろいもんくれてやる!」
「すいません、ぜひお伺いしたのですが俺はスラムの孤児なので壁の中には入れないのでガイアさんのお店には行けないんですよ。それと俺、これでも男なんですよね。なんかいろいろすいません」
「……は?」
ガイアが俺を指差してパクパクしながらユセフを見ている。ユセフはちょっと困ったように額の汗を拭いながらガイアに話しかける。
「はい、ガイア殿のおっしゃりたいことはわかりますが、先ほども申した通り、ロック様は決して嘘は言いません。ロック様は十歳という年齢のこともあり冒険者登録もされていないのでスラムの孤児というご身分で間違いありません。それと、性別は間違いなく男性です。よろしいですか? 女性ではありません。男性です」
何回言うねん。
「……あー。そうすっとだな。お前さんに会うにはどうすりゃええんだ」
「俺の家はここの三階にあるので今日のようにここに来てもらえれば会えるかもしれません」
「……っすー。なんて?」
三度、ガイアがユセフを見る。
「えー、私の方からご説明を。ロック様は当館の主より当館への永続的な逗留を認められております」
「いや、え? ここの、三階って言うたぞ。それはワシでも知っとるぞ」
「はい、三階です」
おっさん同士がしばし見つめ合ってた。やがて納得したのかガイアが俺に向き直る。
「そうか。そうだな。ワシの剣を変な使い方して歪ませるんだからな。それぐらいのモンじゃなきゃ困るわな。いや、ワシの剣をお前さんが使こうてくれてるんじゃな。うん。あいわかった。お前さんがワシの剣に飽きるまではワシが剣を持ってきちゃる。欲しいモンがあったらなんでも声かけぇ。あと、お前たち、その胸当てどうしたか聞いてもええか」
「これはこの前、防具屋さんが死蔵品でちょうどいいからと言ってくれました」
「あーそう。くれた、ね。うん。まぁそうな。そういうもんも運命みたいなもんやな。ええんちゃうか? それも手入れが必要になったらワシに言え。話しつけてやるわいな」
「あー、なんかこだわりの強い職人さんが造ったものだって聞いてます。その時はよろしくお願いします」
「うん、そうじゃな。時間取らせてすまなんだな」
「いえいえ、手入れありがとございました。調整代はおいくらですか」
「あ? 金か? そんなもんいらん。その代わりまたそれ、いつでもおかしくなったらワシに届くようにせい。できるか?」
最後はユセフに対してだ。
「はい。武器商人の方といつでも連絡が取れます」
「ほうか、ほなそれでええわ」
なんかわからんけど気に入ってもらえたのかな? みんなを待たせてるからそろそろ行くか。
「そでは我々はこれで。失礼します。ありがとうございました。ユセフさんもありがとございました。果実水おいしかったです」
オルカが「さようなら」をしたので褒めながらみんなのところへ急ぐ。
「おまたせー。そろそろ行きましょう」




