第98話 小道具が好き
みなさんお待たせしましたということで出発だが、中庭で休憩できただけでもスラムっ子には刺激が強かったようだ。歩きながら報告なども聞く。ウィルは試作品ということでスツールを持ってきた。さすが職人、一発で正解に近いものを出してるね。後でカレンさんに感想を聞くのが楽しみだ。お代は完成してからでいいっていうのも職人っぽい。まぁ、テストも検証も足りないけど仕事を受ける気があるという意思表示なんだろう。風呂桶もそろそろ出来るということで、出来上がったものは順次配達をお願いした。
アーノルドは、昨日の帰宅後に姉の許可を取り、今朝の仕入れの配達の時に交渉が出来たらしい。本人的にかなり手応えを感じていて、今日の昼にでも酒を持って訪ねてくるかもしれないとのこと。まぁ、そういうのは話半分に聞いておこうか。
公園に着いたらカレンさんに今日の分のギャラと屋台代で銅貨五枚を先払い。商業ギルドにはライズに付いて行ってもらう。ゲットーファミリーの件が落ち着くまでは冒険者稼業は休みでもいいかな。今となってはここが最前線ではあるけどね!
行商人たちは商業ギルド前でたむろってお互いに情報交換や出物の仕入れ、出荷に余念がない。昨日の騒動を知っているヤツがこっちを見ているな。
ウィルが俺のところに来て昨日キリエも含めて相談していた道具を持って来た。一見するとただの金属のパイプだ。長さは五十センチと七十センチほどのもの。パイプは直径二センチ弱。真ん中と片方の端に木製の輪っかが嵌まっている。
「おお、昨日の今日で作ったにしては良さそうじゃないか。誰かこれ使ってみた?」
ウィルが興奮気味だ。
「これ、おもしろいな! いつもは火起こしなんて面倒なだけだったんだけどな、これだけでずいぶん楽だったよ。これなら風魔法がまだ使えない俺でも簡単だったし」
キリエも同じような感想だ。
「とりあえずうちは金属だけだったんだけどな。この途中に木の持ち手? これが必要な意味がわかったわ。あと、口のところもな」
「あー、これってそういうことか! 熱くなるのか」
やっぱり職人の息子だな。モノづくりの話が出来るのは楽しいな。
「そうなんだよ。ウィルの親父さんがこれ作ったんだろ? 自分で使ったらいろいろやりたいことが出て来ると思うよ。特にこの口を付ける部分は形状の工夫のし甲斐があるだろ。息を外に洩らさない形、唇を当てた時の感触の良さ、とかな。キリエの方もさ、パイプは細すぎても太すぎてもダメだからさ。出来れば徐々に先細りするパイプがいいんだ。木の持ち手とかも固定しやすくなるし。それに頑丈さはいらなくて軽ければ軽いほどいいから。これ、もう少し短くして個人携帯用のも欲しいんだよ。冒険者とか行商人用に。目の前の小さい焚火の時に使うとさ、なんていうのかな。楽しいんだよ」
ウィルが我が意を得たりと大きい声で興奮していた。
「わかる! そうんなんだよ! 火起こしが楽しいんだよ! 俺がやってるの見てた兄貴に横取りされたからな! それはそれで俺も火起こしやらなくて済んでよかったぜ!」
みんなでひとしきり笑って俺は氷の準備だ。バルは看板を置いたあとにカレンさんの火起こしを手伝っている。ふたりには『火吹き棒』を渡してある。ウィルとキリエが使い方を教えて、ついでに使い心地のリサーチだ。
氷を作り終えて、屋台に設置しながらウィルとキリエに話だ。
「ふたりとも、この火吹き棒な、ふたりの親父さんがこれだっていうものが出来たら持って来てくれ。俺から正式に発注掛けるから。昨日渡した試作品用の製作費が足りなくなったらいつでも言ってくれ」
二人の実入りが良くなるわけではないが、実家の仕事だ。家族から頼られてうれしくないわけはない。俺は二人にも中間業者として手数料を渡している。ウィルがふと気になったようで質問してきた。
「発注ってどれぐらいの数のこと言ってるんだ」
「そうだな。最終的には数百本では足りないかもな」
「数百~?!」
二人の声がキレイにハモった。
「ああ、だから親父さんたちには周りにバレないようにしろって言っておくよう頼んだろ」
ウィルが半信半疑の体で聞き返す。
「いや、なんでそんな数になるんだよ」
「いいか、これは風魔法に変わる道具なんだよ。誰でも使える。火起こしは料理の度、湯沸かしの度に毎回必要だ。風魔法だと灰が舞ったりするだろ? みんなそれが当たり前だと思ってる。だけど灰が舞うのは嫌だから繊細な風魔法が使いたい、けどそれは料理しながらは大変だし、全員がそれをできるわけでもない。俺は逆に火吹き棒が存在していないことの方が驚きだぞ。だからこれは絶対に売れるんだ。だけど作りが単純だからすぐに真似される。真似される前に一気に売り切らないと美味しくないんだよ」
二人は今この時に実家の連中が外に広めていないか気になっているみたいだ。昨日の段階で一応、口止めはしておいたが、二人もここまで大事になる製品だとは思っていなかったみたいだ。それはそうだ、こんなものそこらの見習いでも作れるのだから。ふたりが今後の開発、販売に関する密談を始めたのを横目に屋台に向かう。
「カレンさん、バル、火起こしはどうかな」
「ロックさん、これ、便利だわ。魔力使わないし、灰が舞わないように火力が調整できるから料理にぴったりね」
バルはニコニコしている。楽しそうだ。ルシアも肉の切り出しを手伝っている。
「ルシアもお手伝いご苦労様。店員をやってもらうならルシアにもワンピース着てもられば良かったかな。きっと可愛かっただろうね」
ルシアが顔を真っ赤にしている。
「お、俺はいいよ、そんな、か、かわいいとかじゃないし」
「あら、ルシアはわたしの娘なんだからね、かわいいに決まっているわよ」
すげえぜ! まったく激しく同意だぜ! カレンさんの私Tueeeeが炸裂していた。
「ふたりとも風呂に入ってさっぱりとキレイになりましたね。なんとかこれをここでも続けられるようにしたいんですよね」
そう言うと二人とも少し悲し気な顔になった。そうなのだ。これは今回だけの特別なのだ。この地に風呂は存在しないのだ。
「風呂はこの国ではまだまだ難しいです。でも、水さえあればなんとかなることではあります。水で絞った布で身体を擦って汚れを落とすだけども違います。まずはそのあたりから始めていきましょう」
自分たちでも出来ることはあると知って表情が和らぐ二人。ルシアはオルカの美の秘密がわかった。これにはとんでもないコストが掛かっていることも。そこまで考えてあらためて二人の俺とオルカを見る目が変わった。昨日泊まったあそこは何だったのかを少し考えたのだ。『凄い』の一言で済ませてはいけない何かがあそこにはあるのだ。『貴族』という言葉と共に、自分たちの知る『貴族』でもない。そう言ったろ? どこか知らない外国だって。
あの宿は金等級冒険者の知見が詰まっている。『真紅の轍』という冒険者パーティーは複数の貴族出身者を抱えるという特異性もあって諸外国への訪問依頼も多かったに違いない。とにかくウォーカーはこの国にとって貴重な人材のはずなんだ。こんな田舎の一地区の冒険者ギルドのしかも副長官とかもったいなさすぎるだろ。まぁ、本人はそういう政治的な立場をまったく望んではいなさそうだけどな。
ウォーカーのところだけではなく、スラムの商業ギルドでも奴隷を見ない。秘密保持としてこれほど便利な道具もないはずなのに、だ。俺があいつらに深く付き合っている理由でもある。この野蛮な世界においては、あいつらの方こそ正しい転生者じゃないのかと思うほどだ。ん? いや、まさか? 今度探り入れてみるかな。




