第99話 大物乱入
昼にはまだ早いが炭起こしが出来たようなので肉を焼き始める。今日は昨日の宣伝効果もありそうなので多めに作ってみようとなった。カレンさんが強気だ。まぁ、売れなかったら昼メシとして自分たちで食べてしまえばいいしね。
昨日、険悪な雰囲気になった屋台の連中も今日はこちらを気にしつつも放置することに決めたらしい。暇な冒険者たちは遠目でこっちを見ながら好き勝手噂話でもしてそうだ。行商人たちもまだ突撃してくる者はいないが、何かきっかけがあれば一気に飛びつかれそうな気がする。
そろそろ第一波の肉が焼けそうだなぁと思っていたら屋台を過ぎたところで馬車が停まった。馬車道の向こう側、商業ギルド側ではなくこちら側だ。御者が階段を設置し終わる前に箱馬車の中からドアが開けられた。出て来たのは『彩雲の衣』のキプロスだ。キプロスの後から身辺警護が出てきて本末転倒。キプロスは俺のことは見ていない。両手をあごの下に組んで目をハートにして見ているのはカレンさんだ。このおっさん、大丈夫か。このまま愛人にでもしてしまうのではと思ったが、どうやら見ているのは服の方だ。自分の趣味が具現化された象徴として見ている。やっぱり彼はホンモノだった。
「ロック様、ロック様、おお、なんということでしょう! 素晴らしい光景ではありませんか! 私のチョイスしたユニフォームを着て、おお、おお」
業者がキプロスの箱馬車を見てひそひそと話している。箱馬車の横に書いてある文字だろう。『彩雲の衣』を知っているんだな。
「キプロスさん、ウチの串肉は美味しいですよ。おひとついかがですか」
「ああ、そうですね! ぜひ買わせていただきます!」
「ああ、いえいえ、私にご馳走させてください」
「ロック様、ロック様、いけません、いつもたくさん買っていただき、いえ! それだけではありません! あなたは私の先生なのです! ぜひ買わせてください! というかですね、そこまでやって初めて私の中で何かが完成すると思うのです!」
あー、そうね。なんかそういうプレイもあるかもしれないし無いかもしれないね。俺は彼の欲望を叶えてあげることにした。
キプロスは屋台の前を歩いて通り過ぎ、ないで看板を見る。きっとそういうプレイだ。看板を見ながら「ほうほう」とか言っている。
「お嬢さん、とても良い匂いですね。大変、おいしそうだ。私にひとつお願いしてもいいですかな」
カレンさんは商売人だ。客のニーズを汲み取って応えることは朝飯前なのだ。
「いらっしゃいませ~。はい、おひとつ小銅貨三枚になります」
「ほっほっほ」
と言いながらコインを三枚ザルカゴに入れるキプロス。
「……お客様。銅貨ではなく、小銅貨三枚になります」
「おやおやおやぁ。大丈夫です! 私が入れたのは確かに小銅貨三枚ですので!」
カレンさんがチラっとこっちを見た。俺は素早く軽く頷いた。
「そうでしたか、それは大変失礼を。ただ今ご用意いたしますね」
カレンは笑顔のまま串肉を用意してキプロスに渡す。笑顔で礼まで言って受け取るキプロス。そして意気揚々とこちらに戻って来る。俺は隣にいるアーノルドに今焼いている串肉を全部包むように指示を出す。キプロスが戻って来る。俺のところまで来ると「失礼します」と断ってから肉にカブりつく。壁の中の箱馬車を所有する有名人物がスラムの屋台の串肉を食うという光景に広場の視線が集まる。
「なんと、これは!」
ひと口食べて俺の顔を見て固まるキプロス。
「いかがですか? 屋台にしてはなかなかイケると思うのですが」
「いやいやいや、ご謙遜を! こんな美味しいものがこんなに気軽にいただけていいわけがない。これが店の前、家の前、馬車の通り道にあるなら毎食買いますよ!」
「ははは。キプロスさんにそんなに褒めていただけると自信が付きます。ありがとうございます」
キプロスは肉に夢中だ。どうやら本心で言っているらしい。うまい、うまいと言っている。きっと今朝のために朝メシもろくに食わずに準備してくれたのだろう。アーノルドが焼き上がった串肉を包んで持って来た。重い。
「キプロスさん、これをお土産にどうぞお持ち帰りください。よければみなさんで召し上がってください」
スっと奴隷従業員がキプロスの後ろに立つ。
「これはまた。返ってお気を使わせてしまったようで。ありがたくお預かりします」
従業員に手渡すと恭しく礼をした。従業員教育もレベル高いんだよね、ここ。全部で十本あったからちょうど銅貨三枚だしこれでいい。カレンさんは追加の作成に大忙しだけど。キプロスはあっという間に一本平らげると、店の前で迷惑なのでこれにてと言って去って行った。しばらくすると肉も焼けてきて、昨日の騒ぎを知っている行商人が何人か来て順調に売れ始め、そろそろ昼時かと言う時に商業ギルドの方で動きがあった。行商人の騒めきがさざ波のように広がっている。
やがてその騒めきの理由がわかった。ひと際デカイ筋肉が、地響きでも立ててるんじゃないかという歩き方で商業ギルドの正面玄関に現れた。そしてそのまま真っすぐ階段を降りてこっちに来る。おっさん、立場はどうした立場は。お前が自ら買いに来る理由はないだろう。
「うまそうな匂いだな。俺の執務室まで漂ってきたぞ!」
そんなわけあるかー。漂っていったのは噂話だろう。カレンさんがちょっと引きつった笑顔でお相手する。
「いらっしゃいませ。串肉をご所望ですか」
ギルド長のオーサーが頬の白い大傷を歪ませながら、美人の店員に向かって、たぶんそれは笑顔のつもりなのだろうという顔で声を掛ける。
「うむ。これは美しいお嬢さん。大変美味そうでけっこうだな。一本譲ってくれるか」
そう言ってきっちり小銅貨三枚を支払う。サリアさんが一本選んでオーサーに渡す。オーサーはしげしげと眺め、くんくん、と匂いを嗅ぐ。もう、巨大な肉食獣にしか見えないぞ。そしてそのまま屋台の前で肉にかじりついた。遠巻きに見ていた行商人だけではない、屋台の連中、冒険者までぎょっとした。この街を牛耳ろうかという経済番長の商業ギルド長が屋台の串肉に直接口を付けたのだ。俺は皆がこのでっかいおっさんを見ている向こうから、身なりの良い紳士が慌てて駆け寄ってくるのが見えていた。その後ろからはやはり何人もの文官らしい人、警備の担当者が駆け寄って来る。うわぁ、めんどくせー。
「うまぁい! お嬢さん! これは大変美味いですな!」
そんな周りのことなどまったく意に介さず串肉を貪るオーサー。
「ギ、ギルド長、困ります!」
そう言ってサイラスさんも来ちゃった。たぶんこの人も来ちゃダメ。きっと、窓の下をのっしのっしと歩くオーサーを見たかなんかして飛び出して来ちゃったんだろうな。だってさ、今ってゲットーファミリーとかデミトリーの奴らがどこから狙ってるかわからないような状況だからね。
「おお! サイラス! お前も食ってみろ! これな」
そこからサイラスに顔を寄せてなにやらひそひそしている。
「はいいっ?! そんな馬鹿な!」
サイラスさんが屋台を凝視している。そしてスーっと顔を上げて穏やかな顔と声でカレンさんに話し掛ける。
「お嬢さん、申し訳ありませんが私にもひとつお願いできますか」
「は、はい。もちろんでございます。一串、小銅貨三枚になります」
サイラスさんは一間の後、ズバっと振り向いて後ろの文官を呼び寄せると小銅貨三枚を受け取っていた。財布を忘れたのね。お金を受け取ったカレンさんが串肉をサイラスさんに渡す。カレンさんは串肉を渡した次の瞬間には次の串肉の仕込みを始めていた。サイラスさんが串肉を上品に頬張る。外だけど。屋台の前だけど。そして立ち食いだけど。そして姓のある大物貴族二名が屋台の前で串肉を頬張っていた。前代未聞である。
「こ、これは。これが小銅貨三枚だと?!」
口調が若返っている。この人、若い時けっこうやんちゃだったんじゃね? お忍びで街に繰り出したりしてね? いや、きっとやっている。オーサーと共に。
「だろぉ? これはいかんよなぁ。こんなものを毎日ここで売るつもりだぞ、この店主」
オーサーがサイラスさんの肩に手を回しながらそんなことを言っていた。二人の目線はカレンさんじゃなくて俺に向けられた。いや、俺、悪くないでしょ別に。おじさん二人でもぐもぐしながらこっち見んな。そしてオーサーがお代わりを買っている。すげえな。中年のくせに。
「うーん、やっぱり焼き立てはいいなぁ。美味い! 今すぐ一杯やりてぇなぁ」
そんなこと言いながら商業ギルドを振り返っている。そういえばあの中にエールあったな。あれはどこから出してきたんだ? 商談打ち上げ用とかで置いてあるのかな? その時、馬車道をかっぽかっぽと荷馬車が近付いて来た。




