第92話 お覚悟頂戴
まだ燃えている炭を炭壺に入れて屋台を掃除して閉店完了。まだ何人か周りでこっちを見ている者がいるけど、目的はなさそうだ。俺たちを取り囲もうとした屋台や市の連中は自分の場所に帰ったが、結局はゲットーファミリーの報復を恐れているだけだ。よく考えれば、それをやったのは自分たちと関わりのない、よくわからない新参者だ。冒険者達が騒いでいた『死神』っていうのがイマイチわからないし、 草原狼の騒動のロックと今の俺がどうしても結びつかない連中はいるだろう。どこにいたのかわからないが、今頃ジェイのやつも酒場で質問攻めにされながら答える代わりに酒を奢らせているのだろう。うまいこと混乱の場を穏便に済ませた上にタダ酒にあやかる。お前、町長か何かやれよ。
カレンがライズとルシアを連れて屋台の返却に行っている間『銀狼の牙』の連中と円卓で身体強化の鍛錬や武器の使い方などの会話を楽しんだ。ゲットーの報復はまだ来ない。怪我人いるし、お楽しみは明日以降かな。
「アーノルド、酒の手配の話よろしくな。あと、みんなも一応ゲットーの奴らが現れないか注意してくれ。変だと思ったら逃げろよ。『夕暮れの泉亭』まで来れば俺の名前を出せば中に入れてもらえるはずだから、いざとなったら頼れ」
ゲットーも昨日の今日で組織は大打撃を受けている。西地区では南で騒動があったって話も出回っているだろうし、夜中に怪しい人の動きがあったことも筒抜けなはずだ。ただ、壁の中、しかも他地区の話だから細かいことはわからないし、知ったところでどうにもならない。
カレンさんたちが商業ギルドから戻って来た。ライズがちょっと呆れた顔をしている。
「いや、まいったよ。商業ギルドへ屋台を返しに行っただけなのにすれ違う連中がどいつもこいつも質問して来やがる。串肉のこと、ロックのこと、オルカのこと、母さんのことまでだ」
カレンさんはニコニコとしてライズを見ている。
「ライズ、あれだけ周りの注目を集めて人が関心を持ってるんだよ。そんなことは望んだって出来やしないんだからね、それをどう使いこなすかを考えなさい。あんた、今ものすごくもったいないよ」
そう言われてライズの表情が引き締まった。カレンさんは商売というものをわかってるんだな。旦那が優秀な商売人だったのかと思ったが、カレンさんも相当だ。
「カレンさん、ライズたちもちょっと提案があるんだけどいいかな。今夜は念の為に家に帰らない方がいいと思うんだ。いや、あくまで念の為。今、ゲットーファミリーは新たな問題に手を出せる余裕は無い。だから今日のことは当事者のあのチンピラの周りの人間ぐらいしか出張ってくることは無いんだけど、面が割れて一番狙われやすいのはライズだからな。そこで、宿泊費は俺が持つから一晩だけ宿に泊まらないか。宿は俺が泊まっているところで家族三人で泊まれるように話をするよ。まぁ明日の夜にはある程度事態も動いた後だと思うから今夜だけね」
そこまで一気に言うとルシアが目を輝かせてカレンを見ていた。ライズは困惑していたが意を決して母親に向いた。
「母さん、たぶんロックの言う通りだ。一晩厄介になろう。断る理由も無いよ」
冒険者パーティーのリーダーとしての意見だとわかる話し方だった。子供の「ちょっと旅行に行きたい」という話ではなかった。ルシアを除いて。
「わかったわ。ロックさんとライズの言う通りにするわ。それではロックさん、お願いね」
「よし、そうと決まれば早速動こう。明日も朝飯の時間は外すから昼前に余裕を持って来てくれればいい。バルは明日はウィルとキリエと合流してから来た方がいいな。そのままここには来ずに三人で『黄昏の泉亭』に来て、入り口の用心棒か警備員に俺と待ち合わせてるからと言って呼び出してくれ」
そこからは一度みんなで『黄昏の泉亭』に行った。みんなにちょっと待ってもらって明朝、裏口にバルのところの炭の配達の許可をもらったので、バルにその旨を伝えて解散した。ライズたちは玄関前で一度待機だ。部屋を確保しなきゃならん。オルカが入口で「タダイマ」と笑顔で話し掛けると用心棒が大喜びだ。そして今夜もまた俺が客を連れて来て何か始めたと楽しそうだ。用心棒がライズとルシアになにやら話しかけている。余計なことをおもしろおかしく伝えてないだろうな? まぁ、オルカも付き添わせているし大丈夫だろう。
フロントでいつものシゴデキ女性コンシェルジュのアレリアさんに相談。冒険者パーティー用の五人部屋を貸してくれたので解決! 館内の大風呂は入ったことがないので話を聞くと、ちゃんと男と女用で別れてた。一階の半分の面積が大浴場になっている。すげえ。こりゃ今夜はライズと大浴場だな。くっ、男同士裸の付き合いか。今夜だけはしょうがないか。
晩飯はさすがにレストランバーは難しいので部屋出しでお願いする。一度部屋を確認したが、冒険者五人パーティー用だけあって広いし清潔だ。ダイニングテーブルもあるし、これはすごい設備だ。なんと部屋に個室トイレまで付いている。俺とオルカだけだったら二人部屋でもぜんぜんいけそうだな。今夜はまず、風呂だ。風呂上りにメシ食って、ゆっくりしてもらおう。風呂は一度金を払えば何度でも入れるそうだ。まだ入る前だがカレンさんとルシアには伝えておく。けどまったくイメージが湧いていないっぽい。この国では風呂といえばサウナだからね。
部屋を出る前にガウンを調べる。館内はガウンとサンダルで移動可能だが、俺の提案で今日から丹前が採用されている。防寒が目的ではないので薄い生地だ。この方がコストも安い。ガウンの上からさっと羽織れるので女性に喜ばれるだろうし、風紀的にもよろしいのではと提案したものだ。ユセフさんは完全にはイメージできなかったみたいだが、何かを嗅ぎ取ったのか試しにやってみようとなった。一度、『彩雲の衣』のキプロスと話してイメージを伝え、サイズと色違いというアイディアを出した。あくまでテストなので最初は数を抑えている。案としては色のバリエーションを増やしたり、デザイン画を取り入れるのもありで、将来的には貴族の部屋着としての採用までいけるんじゃないかと悪い顔の三人で夢物語を展開した。その時には『夕暮れの泉亭』が発祥の地として聖地化されるのだ!
あとで迎えに来るからそれまで部屋でゆっくりしててと伝えて三階へ。出会う女中さんに「タダイマ」攻撃を炸裂させていくオルカ。もうこの館内でオルカを知らない人はいないだろうな。俺もだけど。
部屋に入ると三人娘とミリィさんが出迎えてくれる。ヤバい。家だ。こんな俺にも帰れる場所があるんだ。こんなうれしいことはない!
オルカと一緒に「タダイマ」をした。
「みなさん、本日は帰宅早々に残念なお知らせがあります」
俺は忸怩たる思いを吐露せねばならない。あまりにも俺の真剣な表情に何事かと固唾をのむ三人。
「今夜は招待した冒険者家族のために共同大浴場で風呂の案内をしなければならなくなったのです。すいません! 男と一緒に風呂に! 入ってきます!」
腰から九十度折り曲げる謝罪に入る俺。誠意を見せなければ決して許されない愚行とはこのことなのだ。
「あっそ。いってらっしゃい」
とはサリア様のお言葉。以上!




