第91話 風評被害
装備品を集めてきてくれたアーノルドとバルに礼を言う。
「ありがとう。それさ、俺たちには不要だからお金だけ抜いてくれたら他は全部あげるよ」
そう言って空になったザルカゴを渡す。アーノルドは一瞬驚いた様子だったが、素直に「ありがとう」と礼を言った。こいつら、本当に善意でやってるんだよね。『集めたら何かもらえるかも』っていう視点が抜けてる。さすがに俺との付き合いも長くなってるし、そろそろそういう思いが出て来るだろうが、遅い、遅すぎるよ! そこが良いところでもあるけどね。だから面倒見てるんだけどね。
ベルトのポーチの中身を俺の見えるところで全部出すのも前に教えた取り引きのやり方の応用だ。誤魔化さないよ、というやり方だ。っていうか、あー。やっかいなモノ出てきちゃったかも。
「アーノルド、それは俺が預かるよ」
「そうだね。これはいらないね」
折り畳まれた小さくて薄い紙だ。開けなくても中身はわかる。粉っぽいものが入ってるんだろう。二人の装備それぞれから何包かずつ出てきた。カバンにしまうフリをして『収納』いつか何かで使うこともあるかもしれない。最年少の俺が預かるのも変な話だが誰も異を唱えない。
ブーツはライズとバルが使えそうだ。中をしっかり洗って乾かしてから使えと言っておいた。武器もバルとウィルにちょうどいい。
そうしているとオルカが俺の横にスっと立った。顔を上げると屋台や市の連中の何人かが近付いて来るところだった。彼らが俺の前に並ぶころには俺の左横にオルカ、右にバルとライズ、オルカの後ろにアーノルドが立っている。屋台のカレンさんの近くにはルシア、ウィル、キリエがいる。俺とオルカ以外は武器に手を掛けていた。
うーん、これではまるで俺がちびっこギャングの親玉にしか見えないよなぁ。俺は目の前に並ぶ市民の皆さんを眺めている。口元は薄っすら笑っていたかもしれん。俺から話はないんだから誰か早く進めてくれないかなぁ。今回はライズも口を出そうとはしない。こっちから向こうに対して用が無いからだ。
するとやっと向こうの代表っぽいのが口を開いた。
「なぁ、あんたら、どうするつもりなんだ」
うーむ。なにがだ? 串肉を焼いてるどれかの屋台の奴だった気がするがよく覚えていない。体格は良いが、足を悪くしているようだから、元冒険者かもしれない。
「言っている意味がわからん。何が言いたいんだ」
「さっき、ゲットーファミリーの使いをやっちまったろ。あいつら、すぐにでも報復に来るぞ。俺たちを巻き込む気か」
「巻き込む? お前は何を言ってるんだ? お前、俺の味方になりたいって言ったのか?」
「いや、なんでそうなるんだ。迷惑だって言ってるだけだろう」
「何が迷惑なんだ? お前のことなんか知らん。お前も喧嘩売りに来たんなら買うけどそういうことか?」
もうすでに周りではおもしろいことがないかとダベっていたヒマは冒険者どもがエール片手に集まり始めていた。後ろの方では駆け出すやつもいるから、また酒場にでも行って吹聴して周っているのだろう。
「いや、そうじゃない、喧嘩を売りに来たわけじゃねぇ、俺らの商売の邪魔だと言いたいだけだ」
言いたいことはわかるが話にならん。そして屋台の方には商業ギルドに来ていた商人たちが情報を得ようと近付いて来て俺たちの会話を聞いていた。
「お前、俺がここで何やってるように見えてるんだ? 俺はな、商売をしてるんだ。さっきの馬鹿どもがその邪魔をしに来たんだろうが。だからそいつらを追い払った。お前らが奴らに頭下げて尻尾を振ってるのと逆のことをしただけだ。お前らがあいつらにビビって言いなりになってるのに、そのあいつらを追い払った俺に出て行けとか命令してる意味がわからん。お前ら邪魔だなぁ。アイツらの代わりを俺がやればいいってことなのかこれ?」
ちょっとナメて掛かられてるよね。見た目で損をするってやつかなぁ。そうこうしている間もギャラリーがどんどん増えている。
「なんだと。お前、さっきあいつらから集めた金があるよな。あれをどうするつもりだ。あれは俺たちが稼いだ金だ」
ただの一般市民を相手にするということで大人しくしていたのだが、その言葉でオルカがブチ切れそうになっているのがわかった。俺からオルカは見えていないが、空気が変わった。そして、この言葉にはライズたちも苛立っているのがわかった。
「ほう。俺はゲットーファミリーの奴らから金を巻き上げたと思っていたんだが? お前ら、あいつらの身内ってことか? だったら話は早いんだが」
「ゲットーファミリーに巻き上げられた俺たちの金だ!」
「ますます意味がわからん。お前ら、毎日毎日奴らに言われるがまま金を払い続けてたんだよなぁ。なんでだ? 答えろ」
屋台、市の連中のほぼ全員が集まって来ている。俺の目の前に商売をしている連中、左の生垣の方に冒険者、右から後ろが商売人だ。いったい今この場に何人集まってんだ。
「そ、それは。このあたり一帯はゲットーファミリーの縄張りだ。逆らえる奴がいるわけないだろ!」
「ここにいるだろうが」
誰も何も言わなかった。言えなかった。俺たちを囲む最前列の連中は一部始終を見ていたからだ。すぐそこに立って殺気を放ちつつある銀色の狼がさっき、なにかやったのを見たからだ。今もなにかヤバそうな雰囲気はあるが、それでも見た目の印象の方が強くて恐怖を覆い隠してしまう。『こんなかわいい娘たちになにが出来るっていうのか』と。おそらくそんなところだろう。俺としては見た目でナメてくれるなら歓迎しかない。ナメてくれている間に勝負が終わるだろうから。
すると突然、左側に集まる冒険者たちの中から声が上がった。
「ロック! お前、今度はなにしでかしたんだ!」
冒険者の中からひとりの男が慌てたように出て来た。
「ジェイ、お前こそなにやってんだ。危ないから出て来るなって昨日言ったろ」
「いやいやいや、これはそれとはぜんぜん違うだろ!?」
冒険者たちがざわつきだした。後ろの方にいる奴には座っている俺が見えない連中がたくさんいる。そいつらにジェイの声で「ロックがいる」と伝わったせいだ。俺の名前だけが周囲にざわざわと広がり始める。屋台の市民連中は何が起きているのかよくわかっていない。後ろの行商人の中ではひそひそと「ロック」の名前が出てきている。すげぇな商売人。先日の 草原狼の騒動と合わせて情報を仕入れ済みか。ジェイが冒険者の方に向かってデカい声を張り上げる。
「おい! お前ら! ここに座ってるのが『死神ロック』だ! わかったら離れろ! 散れ! いいか! 絶対に『死神ロック』とその仲間に手を出すな! 銅階位二等級のジェイからの最初で最後の警告だ! 手を出すな! ロック、お前が何を始めたかは知らんが、まぁ気を付けてやれよ。じゃあな」
それだけ言うと踵を返して去っていく、その途中で屋台の連中にも声を掛ける。しかしジェイよ、その『死神ロック』とかいうのはなんだ?
「おい、お前ら。ロックがお前らに何かしたのか? してないよな? あいつはそういうヤツだ。だからお前らにも教えてやる。アイツを敵に回すようなことは、絶対に! するな! いいな? 俺は警告したからな!」
ジェイが俺の方を指さしながら熱く語っていたが。なにか腑に落ちない。これでは俺がまるで触れただけで爆発する爆弾のような扱いではないか。
ライズが呆れたように俺の方を向く。
「ロック、今日はどうするんだ? もう商売にもならんぞこれ」
「ん~、別にどうもしないよ。どうせ今日はもう店じまいのつもりだったじゃないか。カレンさんは肉焼けたのかな」
屋台を振り返るとカレンさんはこっちの騒動のことは完全に無視してルシアに手伝わせてフルで肉を焼いていた。そろそろ焼き上がりそうだ。すると左で冒険者たちが騒ぎ出した。
「おい、ライズ! お前、今何て言った! そのキレイな娘っ子がロックって言ったのか!」
「馬っ鹿野郎! なんてこと言うんだ! ここに座ってるのがあの時のロックだよ! ロックは男だ! 娘なんて言ったらぶっ殺されるぞ!」
お、お前までなんちゅーことを言うんだ。悪気が無いにしてもいろいろ酷いぞ? 急に全部馬鹿らしくなって、早くみんなの顔を見に帰りたくなってきた。そう思って席を立ったら取り囲んでた連中が全員一歩下がった。とりあえず俺に文句言ってたやつの顔を見る。
「これは俺があのチンピラどもから取り上げた正当な戦果だ。違うっていうならいつでも来い。相手をしてやる。そうじゃないなら引っ込んでろ」
それだけ言ってカレンさんの元へ歩く。追って来る者はいなかった。
「カレンさん、どんな感じですか」
「はい。そろそろ焼けますよ」
「じゃあ、切り分けてみんなで食べちゃいましょう。ルシア、お手伝いしてくれてたんだね。ありがとう」
「う、うん。いいんだこれぐらい」
カレンさんもルシアが女の子らしいお手伝いをしてくれて一緒に過ごせて楽しそうだ。ルシアは照れ隠しなのか焦りながら串肉から串を抜いて肉を切り分ける準備をしている。すると何人かの行商人が声を掛けてきた。
「な、なぁ、これは売り物なんだよな。一本俺に売ってくれないか」
「ああ、こっちにも一本頼む!」
「俺もだ!」
全員が屋台越しに俺の方を向いて言ってきたが、すかさず間にカレンさんが入る。
「お客さま、一本小銅貨三枚になりますがよろしいですか」
それに気が付いたアーノルドがザルカゴを持ってすっ飛んで行った。ルシアは串を引き抜くのを止めて成り行きを見守っている。ザルが置かれたらカレンが発注してきた客の順番で金を受け取って串肉を渡していた。出来の良さそうなものから渡している感じだ。串肉が三本売れて合計小銅貨九枚。これが今日の屋台の売り上げだ。
串肉を持って行って自分の馬車まで戻って食い始めるとそっちがちょっとした騒ぎになっていた。たぶんボア肉で香辛料と塩味のミックスというのがわかったのだろう。しばらくすると商人が何人か駆け寄って来たのだが、あいにくともう肉は切り分けて子供たちの腹の中にすごい勢いで納まろうとしていた。
カレンは今日はもう店じまいだからまた明日来てね、と、悪魔の未亡人パワーを発揮して行商人たちから「明日ぜったいに」と約束させられていた。やべぇ、なんの店でも成功するイメージしか湧いて来なくなってきた。
一串、銅貨一枚にしてもイケるんじゃね?




