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輪廻がイヤなら異世界転生。底辺職の先行斥候だけど『出納』スキルで好き勝手に生きてやる!  作者: 秋乃せつな
第5章 DAY5

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第89話 おとなのはなし

 焚火台の発注を忘れていたから金物工房の息子のキリエを呼ぼうとして気が付いた。商業ギルドに出入りしている商人の何人かがこっちをチラチラ見ている。さすが目ざといな。小銅貨五枚でもよかったかな。さすがに串肉だけで五枚は厳しいか。西地区のスラム商業ギルドに出入りしている商人はアウトロー気質だ。珍しい魔獣、魔物素材を仕入れて大きく儲けたいという山師的な人物も多い。珍しいものは気になるよね。


 スラムで商売をしている奴らはグランデールの壁の中には入らず、外周のスラムを回って内陸と往復している場合も多々ある。商売人は他地区のスラムを防壁外周の最短距離での移動が暗黙の了解的に認められているそうだ。そういう連中はだいたい、東から来て南、西、北と、グランデールを時計回りに回って素材を仕入れて再び東から内陸へと戻る。西のあとに『フロンティア』へ向かう剛腕な商売人もいる。いったいどういう仕組みで商売しているのか知りたいな。


 そう、この串肉屋はそういう剛腕な商人と知り合う切っ掛け作りとも考えている。もちろん、串肉売りとして成功しないとダメだけどね。今この串肉を食べた感じではいけそうな気がする。ボア肉をこの値段でこの量は壁の中では無理だろう。だって、この価格に肉の原価入ってないから。この価格でこの商品は俺にしか出来ないはずだ。これを食ったら商人は驚くだろうなぁ。俺はカレンさんの隣に行って声を掛ける。


「カレンさん、仕事しながらでいいので聞いてください」


「はい、なんでしょう」


「この商売、(はた)から見るとすごく変です。怪しいです。ボアの塩、香辛料焼肉をこの値段でこの量はありえないからです。安すぎます」


「はい。そうですね。高いと思ってたけど、違いますね。これ、安いんですね」


 当然、状況に慣れてきたカレンさんも気付いていた。


「実際にこれを買い求めに来る人がいるかはわかりませんが、理由を聞かれても知らないで通してください。実際、カレンさんは理由を知らないですけどね」


「ふふふ。そうですね。私は何も知らずにこれを作って売りましょう」


「それでもしつこく聞いてくる奴がいるかもしれません。まずは、名前は出せないけど有名な冒険者が後ろ盾についてると言ってください。それでも引き下がらないようだったら、スラム商業ギルド長のサイラス・カスターニさんの名前を出してください」


 そう言うとカレンさんが驚いた顔でこっちを見た。


「目の前の建物の中にいるから直接聞いて来いって言ってやってください。それで黙らせられるでしょう。カスターニの家名までしっかり言って聞かせるのが効果的ですよ」


「え、いや、でもそれは、不敬になるのではないですか」


 貴族の名前を出すの怖いよね。でも大丈夫だ!


「何かあったらサイラスさん本人に私の名前を言ってください。それで通じます。問題ないです。それでもどうしても相手が引かないならオーサー・オブライエンの名前も出していいです」


 俺がオブライエン男爵家の息子を呼び捨てで名前を出したことで今度こそ本当に驚いた顔をしている。元、壁の中の商人なら現商業ギルド長の名前も知っている。オーサーはウォーカーと同じく、五年前のパーティー解散の折に父親の跡を継いでギルド長になっている。それまでの間、自由人の冒険者をやっていて、なぜそのまま商業ギルド長になれたのかという事情までは俺は知らない。そちらもきっと戦争絡みで事情があったのだろう。


「これは冗談でもなんでもないです。俺のことで揉めたらこの人たちの名前を出してください。冒険者だと副ギルド長のウォーカー・ボナパルトの名前を出してもいいんですけど、ドミトリーの派閥の連中だと逆効果の場合があるので慎重に願います。とりあえずそれを覚えておいてください」


 半信半疑ながら頷くカレンさん。うーん、まだわかってなさそうだなぁ。


「カレンさん、これが売れたら今言ってたことは必ず起きます。それと、顔を上げて見てください。すでに商人たちがこちらを気にしています。デカイ看板に値段が見えています。スラムでこの値段で、自分たちに向けた看板で商売していると思って見ていると思います。今すぐに客が来てもおかしくないですからね?」


 顔を上げて辺りを見回して俺の言っていることがわかってきたらしい。俺たちはこの場所でとにかく目立っているのだ。そのほとんどの理由が俺とオルカだとしても! そもそも商業ギルドに向けて屋台を出している者は皆無なのだから。すでに何人かの屋台や(いち)の奴がウチの屋台の前を通って看板を見て驚いていた。広場の連中には俺たちのことがだいぶ広まっているだろう。小銅貨三枚で商業ギルドに向かって屋台を出している変な奴、と。


 カレンは三本目の仕込みが終わって焼き始めたところだ。二本目が焼けるまでもう少しといったところかな。さっきより薄く切ったので火の通りが良さそうだ。店は任せてもよさそうなのでライズたちの感想を求めて屋台を離れる。ライズはやっぱり母親の近くにいるのが照れるのか少し距離がある。よくないなぁ。


「みんな、串肉の味はどうだった?」


 みんなが待ってましたとばかりに口々に美味かったと口にするからわちゃわちゃしてよくわからん。とにかく興奮していた。


「あれが香辛料の力だ。香辛料は魔法の粉だ。それを求めて戦争が起きるほどの力を持っている」


 誰かがゴクリと唾を呑む。


「わかるよな? これは本当のことだ。それだけメシを美味くするものだし、美味いものは人を惹き付ける。あの屋台ではそれを売っている。肉はボアの肉だ」


「ボアッ?!」


 声を合わせての大合唱。お前ら最高かよ。ナイスリアクション。宣伝効果抜群だな。


「しーっ。声がデカい。これは秘密にしておく。何の肉かと聞かれたら『わからん奴にはわからん。教える気はない』とでも言っておけ」


 アーノルドが反論する。


「いや、いま思いっきり大声で言っちゃったから絶対あいつらに聞かれてると思うけど」


 ふっふっふ。まだまだ甘いな。


「アーノルド、いいんだ。それでも知らないと言えばいい。そういうこともある」


 アーノルドは「わかった」と言いながら考え込み始めた。


「ライズ、ここにいるぐらいなら親を手伝え。自分の仕事をしているならそれを優先でもいいけどな。お前、冒険者だろ。店の裏にいるだけでも用心棒ぐらいにはなるだろ。だけど客を威圧するなよ。店が忙しくなったら金の受け渡しぐらい手伝えよ。お前、親に楽させるために冒険者やってんじゃないのかよ」


 親がいるなら楽をさせてやれ。お前はそれが出来るところで生きているのだから。


「ところで、誰か良質なエールとか果実水が手に入るところを知らないか。できれば屋台で一緒に売りたいんだよ。数が出るならもう一台屋台を並べてもいいんだけどな」


「それなら買えなくもないけど」


 アーノルドだ。どういう意味だ?


「うち、酒場なんだ。店は兄貴か姉貴が継ぐだろうから俺は関わってないんだけど」


 うーむ。お前は酒場の親父ってタイプでもないしなぁ。


「それで? どういうものが手に入るんだ」


 アーノルドが俺だけを誘ってひそひそと話す。酒も果実水も主にグランデール北や北東の郊外で造られているそうだ。最近、仕入先だったそこの跡取り息子が店に来るようになって、アーノルドの姉さんといい感じになっているらしい。だからうまくやれば話がつけられるのではないかと……


「いいぞアーノルド! 最高じゃないか!」


 俺のテンションの高さに複雑な顔のアーノルド。


「姉さんをダシにするようで気が引けるんだろ。まぁ、これはビジネスの話だからな。俺はその酒蔵をイジメようっていうつもりはない。屋台で売るための酒をいくらだったら卸してくれるのか聞きたいだけだ。あくまで仕事だ。そりゃあ、安くしてくれるならうれしいけどな。継続的な取り引きを望んでいるから商売としてお互いに旨味がないならこの話はなくなるだけだ」


「そうか。わかった」


「ただな、金の絡む話しは特に親族間では問題が起きてこれほど困ることはない。まずはこういう話しがあってと姉さんに確認を取れ。その上で、あくまで仕事として酒蔵の息子と話しをさせてくれと頼めばいい。俺が欲しいのはこの串肉に合う、負けないエールと果実水だ」


 アーノルドは「わかった」と頷いた。


「取引がうまくいったら紹介料ぐらい払うからな。それと、そいつ一回ここに来いって言ってやれよ。美味い肉だから、それに見合うエールじゃないとこっちの方から断ることもあるって言ってやれ」


 アーノルドは俺の言った言葉の意味がわかってスラムのガキっぽいくニヤリと楽しそうに笑って「今夜が楽しみだ」だってさ。強気の交渉がんばれ。


「あとな、仕入れることになったら屋台で酒蔵の名前を出して酒を売り出すって言っておいてくれ」


「どういうことだい?」


「そこは何ていう名前の酒蔵なの?」


 『黄金の獅子醸造所(じょうぞうしょ)』という名前の醸造所らしい。ド派手だな。まぁいい。


「だったら『黄金の獅子醸造所(じょうぞうしょ)』のエールと看板に書いて売ってやる。商業ギルド前の屋台でだ」


 アーノルドの目がキラキラと輝きを増す。今すぐにでも醸造所に乗り込んで交渉させろと言いそうだ。


 そして二本目の串肉もめでたくみんなの腹に収まり、四本目を焼き始めた時のことだ。俺がキリエに焚火台の発注のために地面に絵を描きながら説明していると、ライズが来てコソコソ話し始めた。


「ロック、昨日言ってたゲットーのチンピラが店を廻ってるみたいだ」


 ほう? やっと来たか。ちょっと様子を見ようということでこのまま少し離れたところで焚火台の説明の続きをしていると、ついにその時が来た。公園全部を廻って最後に来たのか? カレンさんに何か言っている。看板を見て笑っている。あー、カレンさんが金は無いって言ってるな。そりゃそうだ。売り上げゼロだからな。だが、そろそろ商人がしびれを切らして屋台に来そうだったんだよな。カレンさんも美人だし。あ、看板蹴りやがった。商人たちはどうすることもできず遠巻きに見ているだけだ。俺の隣を見るとオルカが歯を剥き出して笑っている。艶煌銀青クリア・シルバーブルーの髪と透き通る青灰色(クリアブルーグレー)の瞳が春の陽光を浴びてキラキラと光っている。ライズたちも今にも飛び出しそうだ。


「ライズ。あれは俺の店で今は俺がここにいる。アイツらは俺のモノだ。安心しろ俺が見ている前でお前の家族には指一本触れさせん。オルカ、おいで」


 オルカに向かって笑顔でそう言うとうれしそうに俺の左腕にしがみつく。俺の左はオルカのものだ。まるでデートのようにオルカを腕にまとわりつかせたまま屋台に向かって歩き出す。俺に呼ばれたオルカを見て『銀狼(ぎんろう)の牙』の男たちがあっけに取られて(ぼう)っとしていた。オルカは俺の腕にしがみついて笑顔のまま頬を上気させている。あきらかに興奮していた。これから流れる血の匂いを嗅ぎつけた雌の狼だった。


 ゲットーファミリーの回収屋は二人組だ。屋台の前で看板を蹴り上げたのがひとり。もうひとりは今にもカレンさんの肩に手を回しそうだ。俺の前でその女に触れたらお前は死ぬけどそれでいいのかよ。


「カレンさん。この汚いチンピラたちと知り合いなんですか」


 アゴを上げてチンピラを汚いものでも見るように口だけ笑顔の形で話し掛ける。こんな奴らに目元まで緩めてやるつもりはない。俺の言葉に反応してオルカがブルリと震えて舌なめずりをしている。この美しい狼娘は飛び出すのを我慢するために俺の腕にしがみついているのだ。押し付けられる鎧の隙間の薄い胸を通して心臓の鼓動が伝わる。恐ろしいほど普通の鼓動だ。ゆっくりだ。俺の力を借りなければ抑えきれないほどの暴力衝動を抱えながら心拍に揺るぎがない。完全に常軌を逸している。いいぞ、オルカ。


 俺はチンピラなどどうでもよくて、この狂った狼をどうしてやろうかだけを考えていた。早鐘を打ちそうなのは俺の心臓の方だった。







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