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輪廻がイヤなら異世界転生。底辺職の先行斥候だけど『出納』スキルで好き勝手に生きてやる!  作者: 秋乃せつな
第5章 DAY5

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第88話 スミビ

 カレンさんが俺のそばに来て耳元で囁く。


「ロックさん、これ、なんの肉ですか?」


 そりゃ気になるよね。デカい塊り肉だし変だよね。


「これはですね、ボアの肉です」


 カレンさんは驚いた。それはそうだ。普通に狩れるような相手じゃないのだ。ボアを狩れるパーティーは銀等級(シルバークラス)の認定がされる。仕入れるにしては高価すぎる。俺が持ち込んだ経緯がわからず混乱していることだろう。


「とりあえず焼いてみましょう」


 炭はもういい感じだ。


「最初に表面を焼いて肉汁が外に漏れ出ないようにします。そのあとは炎に当ててはいけません。炭の熱で肉の中に熱を入れて焼いてみてください。遠火でじっくりです。最初は売れないでしょうからたくさん焼く必要はありません。時間差で二本焼くぐらいでいいでしょう。それで、売れなくて火が入り過ぎたものはその場で自分たちで食べちゃってください。美味しそうに食べていれば欲しがる人も出るかもしれないですね。焼き過ぎて味が落ちたものは『廃棄』です。これはこの店の方針です。いいですね? 他の店では味わえない、満足度の高いものを高値で売ります」


 じゅー、という良い音と共に香辛料の焼ける香ばしい匂いが煙と共に立ち昇る。『銀狼(ぎんろう)の牙』の連中がよだれを垂らさんばかりのモノ欲しそうな目で見ている。


「そうだ。さっき買って来てもらった串肉はそっちで食べちゃっていいよ」


 そう言ってライズに渡す。しかし、ライズの視線は焼いているボア肉に釘付けだ。


美味(うま)そうでしょ? 売れないことを祈っててよ! うーん、うちわが欲しいなぁ」


 焼く係をカレンさんと代わる。スラムでは初めて扱う食材だ。真剣な表情で焼いている。


「カレンさん、いいですよ。その真剣な表情が素敵です。これは小銅貨三枚もする高級な『料理』です。売る側がその価値があるものとして取り扱わないとお客様は納得できません。絶対に誰もが満足する串肉を作りましょう」


「はい。わかりました」


 壁の中で恐らく貴族相手の商売もしていた人だ。俺の言いたいことがわかってくれたみたいだ。いつの間にか『銀狼(ぎんろう)の牙』の面々もこの真剣な勝負の場の緊張が伝わったのか大人しくなっている。俺はカレンさんが焼いている姿を見ながらあらためていろいろ考えて修正を入れていく。


「カレンさん、調味料を塗すのはやっぱり肉ひとつだけにします。残りの三つは塩にします。塩三、香辛料一ですね。もっと調味料の仕入れコストを下げたいなぁ。こここで商売して商人から直接香辛料を手に入れられたら最高ですね」


 カレンさんが焼きながら頷いている。新しい仕事の発注みたいなものだ。串肉を売るついでに商人と知り合って人脈を広げるのだ。


 俺はカレンさんが屋台に立つ後ろ姿からもいろいろ考えていた。


「ウィル、ちょっといい?」


 実家が家具木工職人のウィルが来る。


「あのさ、今カレンさんが立ってるでしょ。あの作業をイスに座って出来るようにしたいんだ」


 ウィルの頭のうえに『?』マークが見える。そこでスツールの概念を説明する。今回は腰高の丸イスだ。説明を終えるとウィルが「おー!」という声を上げた。


「立っているより楽になればいい。一日中立ち仕事は辛いからね。サッと腰掛けて、動きたい時もサッと立ち上がれるような感じ。極端に細くすると何かの拍子に後ろにひっくり返るから、倒れにくい工夫があれば尚いいね。座面の後ろに少しだけ背もたれがあるだけでも後ろにひっくり返るのを防げるはずなんだ」


「くそ、わかったけど俺じゃ説明すんの難しいな。親父連れて来たいぜ」


「きっと説明すればわかってくれるよ。とりあえずカレンさん用のイスの高さを計ろう」


 ウィルをカレンさんの側に立たせて自分の身体のここの高さ! という位置出しをした。


「足があるものなら少し高めに作れば切って調整もできそうだけどね。その辺は任せるよ。見たいなら時間ある時に来てもらえればいいし。だけどあまり後になると肉の売れ行きが悪くてこの商売やっぱりナシってなったらイスの発注もなくなるけどな」


 ウィルも実家に仕事は欲しい。この仕事を手に入れるための画策を頭の中で始めているだろう。考えろ~。


 肉は大きすぎても焼くのに時間が掛かるな。次はもう一回り小さくしてみるか。


「カレンさん、やっぱり肉が大き過ぎたかもしれません。焼くのに時間がかかり過ぎですね。次は串も丸串じゃなく、少し平べったい串にして、一本で焼いてみましょうか」


 一本の串で突き抜けて両手で持って食べられるぐらいの方が勝手が良いかも。


「将来的には塩、ハーブ、ミックスとかのバリエーションで売るのもありか」


 バリエーションに関しては、時間があるなら注文されてからでも対応可能だし、売れるようになってからでも良さそうだな。などとブツブツ言ってると、いつの間にかライズとアーノルドが近くにいて聞き耳を立ててた。いや、キミらは料理人になるんじゃないからこんなことは考えなくてもいいんじゃないか?


「カレンさん、料理のことは私は素人なので、何か気がついたことなどありましたらぜひ、ご自分で試してみてください。必要なものなどあったらなんでもご相談くださいね」


 炭火の遠赤外線で焼くのはやっぱり時間が掛かる。平串にして、肉を薄く平べったい形にする方が早く焼けそうだし、食べやすそうだ。一本目を焼きながら二本目に取り掛かってもらう。このあたりのオペレーションが家庭料理との違いだ。練習を兼ねてカレンさんに対応してもらう。


「あー、なるほどねぇ。あとはこれにお客さんとの対応もあるのね。ちょっと緊張してきたわね」


 逆に緊張がほぐれて対応力が上がっている気がするけど。さすが、商売歴が長いだけあって勘が良さそうだ。そして、そろそろ一本目が焼けたかな。


「カレンさん、一本目はどんな感じでしょうか」


 串をチェックするカレンさん。


「うん、良さそうね。焼けましたよ」


「じゃあ、それは食べちゃいましょう。まずはカレンさん、そのまま手に持ってご自分でガブリとやってみてください。改良点が思い浮かぶと思いますので」


 試食は大事だ。ライズに言って葉っぱの皿を作らせる。切って洗って拭くで完成。屋台の調理スペースで肉を串から外してナイフで適当な大きさに切ってサイコロステーキだ。まずはカレンさんの感想は?


「うーん、これは。美味しいわ! こんな美味しいもの、私が食べてはいけないわ」


 いかん。泣きそうになってる! こどもの目の前で美味しすぎるものを食べて罪悪感に(さいな)まれているじゃないか! 俺はすぐにカレンさんの元に駆け寄ってフォローする。さりげなく腰に手を当ててやさしく諭す。


「カレンさん、どうですか。これがこれから私たちが売ろうとしているものです。しばらくはこの辺りでも庶民の方に食べてもらうわけにはいかないでしょうが、私たちがここで商売を成功させることでゆくゆくは子供たちにも何らかの形で還元できることもあるでしょう。どうか私の手を取って、一緒に歩んで行ってください」


「そうね、そうね、ありがとうね、わたしも、わたしがやれることをやるわ」


 そうして俺を抱きしめるカレンさん。しばらく抱擁したまま、うんうん、とうなずくカレンさんがようやく涙が引いて串肉に向き合ったところで振り返ると、ドン引きしたルシアの視線が俺を貫いていた。ライズは見てはいけないものを見てしまったような変な顔だし、『銀狼(ぎんろう)の牙』の連中も昼ドラ見ちゃった中学生みたいに赤くなってるヤツもいる。お前ら、これぐらいどうってことないだろ。ただのハグじゃないか。ホントお前たちはスラムっ子らしくないな。


「よし、みんな食べさせてやるぞ! 早くこっち来いよ!」


 この一声で我に返った子供たちがわらわらと駆け寄って来る。ルシアはまだちょっとショックを引きずり、(かた)やオルカはニコニコしたままで普通だ。まぁ、うちは女所帯だし、みんなで風呂とか入ってるという、よく考えたら変な家庭環境だからな。これぐらいじゃ動じないよな。ルシアはそんなオルカのことも不思議な目で見ている。このままではルシアの性癖が歪んでいく気がしないでもないが思春期ってそんなもんだよな。


 肉を切り分けてみんなに食わせる。俺とオルカも一切れずつ食べる。この環境での仕上がりを確認しなければならない。さて、食べようかと思ったら『銀狼(ぎんろう)の牙』の連中が美味い、美味いと騒ぎだした。俺も味見をっと。


「うん、いいね。炭火の香ばしさが(たま)らないな。オルカ、焚火も良かったけどやっぱり炭の方が美味しいと思わない?」


 がっつかずにもぐもぐと味わうように食べるオルカ。ここでもルシアが驚いて見ている。相変わらずチェックが厳しいな。


「うん、スミビおいしいね」


 これは俺もバルの実家から炭を大量に仕入れねばならんな。明日大量に持って来てもらおう。いや、『夕暮れの泉亭』の裏口に配達してもらおうかな。一回、宿に確認とってから発注にしよう。いけね。それで思い出した。金物工房のキリエの実家のフライパンはさっきもらったんだけど、焚火台を発注するの忘れてた!




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