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輪廻がイヤなら異世界転生。底辺職の先行斥候だけど『出納』スキルで好き勝手に生きてやる!  作者: 秋乃せつな
第5章 DAY5

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第86話 ミストレス

 防具のメンテナンスが終わると鉢金(はちがね)以外を身に付ける。部屋に戻るとサリアがオルカに何か吹き込んでいる。オルカがサリアの信者に見えるな。怪しすぎる。


「オルカ、そろそろ出ようか。装備を付けておいてくれるかな」


 そうして今度は寝室のドアをコンコンと軽くノックしてそっと中に入る。中ではキュロスが身を起こして水分補給をしているところだった。顔色はだいぶ良くなったようだ。


「キュロスさん、お身体の具合はいかがですか」


 穏やかな表情が精神状態の良さを物語っている。


「ふふふ。ロックのお陰でもう大丈夫よ」


「今日一日はゆっくり休んでいてくださいね」


 「はあい」とかわいく返事をして再び横になる。昨日の戦場にいた人とは完全に別人だ。俺はオルカと出かける旨を伝えて、二人に今夜は早く帰ると約束してから寝室を出た。


 リビングに戻るとオルカが完全装備で待っていた。両刃短剣(ダガー)があるので、オルカの両刃の短剣(ショートソード)は俺が装備している。今日は二人とも最低限のものしか入っていない小型のリュックを背負っている。


 『出納』の中から大きめの麻袋とボアの塊肉をゴロゴロと『排出』して、肉を麻袋に詰める。サリアが目を見開いているが何も聞いてこない。早く奴隷解放して制限を解いてあげたくなるね。いろいろ我慢してそうだ。


「それではサリアさん、早めに戻りますのでキュロスさんのことよろしくお願いします」


「気をつけていってらっしゃい」


 オルカと二人でサリアとミリィさんに「行ってきます」と挨拶して部屋を出る。「行ってきます」もオルカにとっては初めての経験だ。オルカは宿を出るまですれ違う人みんなに嬉しそうに「行ってきます」をした。笑顔を得たオルカは今までよりちょっと幼く見える。年相応で大変喜ばしい。


 この宿の人はみんな聡明だ。俺と一緒にこの娘も、ほんの数日前まで汚れ放題のスラムの孤児だったことは全員の知るところだ。だから彼女が嬉しそうに言う「行ってきます」の言葉の重みがわかるのだ。ミリィさん含め何人の女中さんが涙ぐんでいたか。俺の初宿泊の翌日のように盛大に見送られながら宿を後にする。


「オルカ、帰った人は家で待っている人に「ただいま」って言うんだよ」


「タダイマ」


 まだまだぎこちない。しかし、そこがいい!


「『ただいま』って言われた家の人は『お帰りなさい』って言うんだよ」


 オルカはブツブツと「ただいま」を練習し始めた。サリアさん、教えるならこういうことにしてください。いったい何を吹き込まれていたのか、怖くて聞けない! などと考えている内に円形広場に到着。昨日打ち合わせした商業ギルドの前に行くとライズたちがいた。


「やあ、お待たせ」


 知らない女性がひとりいる。ライズの母親だ。スラムの住人にしては清潔感がある。なぜだろう? 俺が声を掛けるとみんなが口々に挨拶をし返してくれた。ライズが俺の前に女性を連れてくる。


「ロック、俺の母さんだ」


 十四歳らしい、ちょっと照れの入ったぶっきらぼうな親の紹介だ。ライズの母親は俺とオルカをひと目見た時から驚いたようで戸惑いが隠しきれていない。


「はじめまして。ライズとルシアがいつもお世話になってるそうで。母のカレンです。えと、ええ? あなたがた、貴族様じゃないのよね?」


「初めまして、カレンさん。俺がロックでこっちがパーティーパートナーのオルカです。よろしくお願いします。ええ、貴族じゃない、ただのスラムの孤児ですからご安心下さい」


 笑顔で自己紹介する。オルカも「オルカです」とちゃんと自己紹介出来た! 俺はまずオルカを「よく出来ました」と手放しで賞賛してから再びカレンに向き直る。カレンはどう見てもライズの母親には見えなかった。その違和感を自分の中で分析してすぐに答えがわかった。前世記憶のせいだ。俺はカレンに、ライズを産んだ時の年齢を確かめたくなる衝動を抑えるのに苦労していた。ほとんどすっぴんに近いせいか、余計に若く見える。たぶん実年齢も三十を超えることはないだろう。ライズとルシアを見ていて、売り子としての容姿は問題無いだろうと思ってはいたが、これは予想以上だ。十歳児の俺が言うのは絶対おかしいが、カレンは『いい女』だ。二人の子持ちには見えないぞ? そして未亡人だ! 内心いろいろ妄想してしまうがそんなことは一切表に出さずに会話を続ける。


「カレンさんはずいぶんとお若く美しくいらっしゃいますね。商売の話しの前に少し、あちらでお話しさせてもらってもよろしいですか? バル、炭の用意はどうだった?」


 まるでナンパだな! だが、俺の邪な内心とは裏腹にカレンも他のメンツも初対面の「大人の会話」として受け取ったようで、スムーズに近くの円卓に座ることに成功した。ただひとり、ルシアだけが何かを嗅ぎ取ったように見えた。俺は、より慎重にならなければと気を引き締める。ルシアはオルカの変身以来、俺たちの動向を一瞬も見逃すまいと必死なのが伝わってくる。俺はバルに炭の支払いをすると、小遣いを渡しながら屋台の炭起こしをしておくよう頼んだ。


 俺たちの円卓には、俺とカレンとライズとアーノルドの四人だ。例によってもう一卓はアオハル展開だ。そちらからは時々「えーっ!」という声が聞こえて来るが今は無視するしかない。


 それぞれの卓には飲み物が置かれている。小遣いと共にバルたちに買ってきてもらったものだ。とりあえず新たな出会いにと乾杯してから話が始まる。決して合コンではない。


「あらためまして、ロックです。今回は私の商売の実験にお付き合いいただきましてありがとうございます。それにしても、ルシアのお母様ということでいろいろ想像していましたが、カレンさんがその想像よりお若くてお美しいので驚いてしまいました」


 ライズとアーノルドがエールを吹きそうなほど動揺した。当のカレンさんは、俺のことを貴族と勘違いするほどなので完全に社交辞令として受け取ったみたいだ。この辺りは元々商売をしていた人っぽいね。


「あらまあ、こんな綺麗なお嬢さんにそんなこと言っていただけると嬉しくなってしまうわ」


「かかかか母さん! 違う! 違うってば!」


 ライズが怯えたように慌てて訂正をしようとする。カレンは突然取り乱す息子の様子にびっくりしている。俺は隣に座るカレンに笑顔を向ける。


「カレンさん、ライズには事前に言われていたと思いますが、私はこう見えて男なんですよ。ああ、お気になさらず。さすがに最近は自分が他人からどのように見えているか自覚していますので。誰になんと言われようと腹を立てることはありません。きっと街中(まちなか)で自分とすれ違ったら私も完全に女の子が歩いているとしか思わないでしょうし」


「ああ! そうだったわね、ライズが何度も気をつけろって言っていたのに。わたしったらすっかり忘れてしまって。あなたは、本当に美しいわ。世の中にはこんなに美しい男の子がいるのね。私も昔はお貴族様と取引していたけども、あなたほど美しい子を見るのは初めてよ」


 元商売人ならではだよね。相手を褒める言葉なら自然と口を出てくる。褒めるところがなくても長所を作り出すのがシゴデキの商売人だ。カレンの言葉からは虚飾を感じない。女と言われてここまで素直に褒め言葉として受け入れられるのは今朝のサリアとのやりとりも影響してそうだなと、サリアのあたふたした顔と共に思い出してつい笑顔になる。


「ふふっ。そうなんですか? そこまで言われたのは初めてです。綺麗なカレンさんにそう言われたらなんだか自信が付いてきました。ありがとうございます」


 ようやく俺がカレンのことを綺麗だと言っていることが伝わったらしく、頬を染めるカレン。


「いやだわ、あなたにそんなこと言われると恥ずかしいわ。こっちではそんなに気を使ってもいられないから」


 ビンゴ。やっぱりそうか。ライズの聡明さや正義感の強さ、誠実さは壁の中のものだ。それもかなりカースト上位だ。カレンもそういう階層の出身だろう。きっとルシアはこっちに来たのが幼すぎてこっち側に染まっているのだろう。だが、それはその方が良かった。逆にカレンのことが心配だ。幼い子どもを二人抱えてどうしてきたのか。苦労していないわけはないのだ。


 さて、立場を利用して未亡人を口説くのはとても楽しいのだがこのままではいつまで経っても仕事が始まらない。ライズ達も居心地が悪そうだ。そろそろビジネスモードに切り替えていこうかな。うちでは美しい妻たちも待っているしな! うわはははははっ! 妻ではない。


「今回は串肉屋をやろうと思っています。屋台は問題無く借りられたみたいですね。ライズ、ちょっと頼みがある。屋台の前に看板を立てたいんだ。一串、小銅貨三枚と。あー、カレンさんは文字が書けますか?」


「一串、小銅貨三枚ですね。はい。書けます」


 おっと、カレンさんもビジネスモードだ。この人は信頼できそうだ。商売内容はライズから相当口酸っぱく伝えられているようだ。高くて売れないのなんてわかりきったことだからな。今さらそれを口にしても意味はない。ライズはパーティーメンバーに声を掛けて板を探しにいった。ルシアを置いていくみたいだ。廃墟に行くのにルシアはまぁ不要だからね。俺たちと一緒にいさせた方が安心なのだろう。相変わらず良い判断だ。俺を自然と利用するあたりの考え方も気に入った。


 文字に関しては周りに読み書きが出来る人が多くできた。シェリルとサリアに教われば習得も難しくないだろう。オルカと一緒に勉強だな。読み書きが出来るようになったらもっとこの世界を知って好きになれるかな。それとも逆かな?







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