第85話 朝のひと時
まだひとりで歩くのは難しそうなキュロスだったけど、風呂に入りたがったのでシェリルに相談したら笑顔でキュロスを抱き抱えて、軽々と風呂に運んでくれた。やっぱり身体強化を普通に使いこなしてるね。そこからキュロスをみんなでキレイにした。もちろん俺も参加だ。俺にはその権利がある! 昨夜のことがあるからなのか、そう言うとみんなも「そうかも」って思うから不思議だ。世の中、言った者勝ちということはある!
キュロスにドライヤー魔法でさっぱりしてもらったあとは軽食だけ摂ってまたベッドの人になった。今日は一日、シェリルとキュロスが交代で看てくれる。俺は昼前にライズと合流しなければいけないので、今のうちにテラスで昨日の戦闘で酷使した装備の点検整備だ。
オルカにやり方をレクチャーしつつ作業する。短剣をチェックしてみると、欠けてるってことはないけど無茶させすぎたかな~という感じ。鞘には入るけど微妙に歪んでる気がする。
今はサリアもテラスのチェアに座って冷たい飲み物片手に俺の作業を見守っている。サリアの手元には昨夜渡した杖がある。
「そういえばサリアさんは魔法が使えるんですね。雷魔法ですか? すごかったなぁ。今度やり方教えてください」
「あぁ、そういえばあなたの魔法センスちょっとアレだものね。いいわよ。時間ある時に教えてアゲルわ」
微妙に変なニュアンスを入れてくる。他のふたりがいないと遠慮がなくなってきたな。うむ。良い傾向だ! なにか隙あらばイジリたいらしい。攻められると弱いくせにかわいいなぁ。っていう目で見たら「なによぉ」だって。おもろい。サリアとの接し方がわかってきたかも。オルカはサリアのことが好きなのかな? サリアが色気を使うたびにめっちゃ見てる。するとミリィさんが来客を告げに来た。さっき一度来たユセフさんだそうです。もちろん、お通しくださいと返事をした。
「オルカ、いらっしゃい。どうせまた男たちのくだらない悪だくみの話よ。聞くだけ損だわ」
なんという酷い言われよう。また服屋の『彩雲の衣』を呼んで俺の趣味でいろいろ買って着せてもいいんだぞ。オルカはサリアに呼ばれてうれしそうに尻尾を振りながら部屋の中について行った。どっちかというとあなたがオルカに変なことを吹き込む悪い予感しかしないのですが……。
防具を点検しながら磨いているとユセフが来た。
「ああ、ユセフさん、いらっしゃいませ。どうぞそこに座ってください」
サリアたちが座ってたチェアを勧める。俺は作業用の毛布を敷いて地べたに座っている。ユセフも俺の扱いは心得たもので「それでは失礼して」とすんなり着席する。まぁ、今日から俺たちは客であって客じゃないからなぁ。ミリィさんが飲み物を持って来る。ユセフさんにもと言うと一度は遠慮しようとしたけど、俺の顔を見てあきらめたようにミリィさんに「お願いします」と言う。そうそう、もうあきらめてね。
ちなみにここでの飲食代はオールフリーだ。食べ放題、飲み放題、温泉入り放題というゼロ円でオールインクルーシブだ。そこまで思いを馳せて『赤竜の爪』のリーダーのドーガを思い出した。ドーガよ、お前のことはまったく許せないし、ありがとうとも思わないが、とりあえずよくやった! お前が悪党だったお陰でいろいろ助かったよ! くっくっく。
「ロック様?」
おっと、いかんいかん。
「はい? そういえばユセフさん、何かお話があるんでしょうか」
「すみません。そんなに大したことはなくて。何かお困りのことなどないかとお伺いに参りました」
ん? ホントに? 暇だから遊びに来た感じ? だったらそれは嬉しいなぁ。
「わざわざありがとうございます。ユセフさんに話し相手になってもらえるなんて嬉しいなぁ」
この人の本心はわからない。俺を身近に置くのだから知っておきたいことはいろいろあるだろう。なんといっても俺は『怪しい』のだから。
「そうだ、さっきみんなで話し合って決めたのですが、俺たち五人で家族になることになりました。なのでみんなでこちらにお世話になることになりそうです」
「おー、それはおめでとう御座います。家族は多ければ多いほど楽しいことも増えましょう。これからが楽しみですな。お困りのことがありましたら何なりとご相談ください」
俺は作業を止めてユセフさんに向き直る。
「ユセフさん、内緒の話しです。俺は彼女たちを奴隷解放します。それが俺の最優先事項です。この目的の前では全ての事が後回しになります。ご了承下さい」
俺は出来るだけ穏やかにこれを伝えた。これが俺の全てだ。俺の存在意義であり、この大義の前では他の全ての事象が陳腐化するのだ。
「大変、大変宜しいかと思います。それは、私からも是非お願いしたいと思います」
なんだ? どういうことだ? なぜユセフが個人的に彼女たちの奴隷解放を願う?
「ロック様がそこまでの御覚悟を決めていただいたからにはお話ししなければならないことがあります」
急にユセフが声を潜める。
「シェリル様に関することにございます。この場では申し上げることが出来ませんので、今夜、あるいはお時間のある時にお話しささていただきます」
そう言って頭を下げた。なるほど。本当に今は話せなさそうだ。
「わかりました。よろしくお願いします」
俺はメンテナンスを再開しながらまったく違う話を始める。
「そうだ、冒険者のためにいろいろ売って欲しいものがあるんですよ」
一瞬、ユセフの目の奥に金貨が見えた。
「ほほう? なんで御座いましょうか」
さあ、俺の企画力がまた試されるぞ!
「それはもういろいろです。冒険あるいは旅の最中に必要なもの全てです。例えば食料。前にも言ったかと思いますがパンは必須ですね。売れます。二、三日分でも助かります。乾燥肉、ベーコンやチーズもですね。ああ、そうそう、調味料はぜひいろいろ取り揃えていただきたいです」
本来、こんな話しをしたくて来たのだろう。ユセフは胸元からメモを取り出してしっかり書き込んでいく。ペンとインク壺を持参しているあたり、やはりこの手の話が目的か。
「こちらの厨房などで負担なく用意できるものはそれを売るとしてですね、たとえばあらかじめ用意出来るものをリスト化しておいて、前日の何時までにそれをチェックしたものを提出すると、翌日の朝何時までに用意しますよ、みたいなサービスはどうでしょう。壁の向こうの店にも提携して仕入れたり代理で購入すれば負担も減りますし」
ユセフのメモの書き取りスピードが増してゆく! ペンを走らせる音がガリガリとすごい!
「ふっふっふっ。よろしいですねぇ。武器防具に次いで日用品、雑貨、食料……御指摘受ければ確かにその通り。ただ、私ではその注文の受け方、調達法がここまで素早く的確にイメージは出来なかったでしょう。それでは早速! 心当たりの業者の選出を致しましょう!」
そう言ってスックと立ち上がるユセフ。昨夜見たウォーカーといい、ユセフもまた若返ったか?
「あ、ユセフさん。この短剣なんですけど。この短剣は素晴らしいです。ただ、その性能に頼り過ぎて無茶をしてしまいました。武器屋さんと、これを製作された方に申し訳ないのですが、一度見て頂きたくて」
短剣をユセフに渡す。「失礼」と言って受け取るとためらいもなくスラッと剣を抜く。その所作も剣を見る姿も堂に入ったものだ。そして楽しそうだ。
「ふむ。たしかに。少し歪みが出ていますね。これは私がお預かりしましょう。急ぎ、手入れに回します」
足取り軽くユセフは出て行った。だが俺の心の中には重い土産が置かれている。ユセフが話さなければならないシェリルの秘密とは何なのか?
キュロスはまだ眠っているだろう。奴隷解放条件の話をするのも三人一緒の方が良さそうだ。ライズたちのことは今日はまだ初日だし早めに切り上げて帰って来よう。
今夜は家族会議だ。




