第84話 拠点
実際の損得勘定はよくわからない。ユセフが言うにはこの部屋の永久使用権も「とりあえず」の褒賞らしい。俺としてはこれだけでも貰い過ぎで後が怖いレベルなのだが、向こうがそう言ってくれる分には文句はない。この三階フロアにはもう二部屋あるのだが、内一部屋は、ある高階位冒険者パーティ専用にしてあるらしい。実質、宿屋として二階までで運用していて、三階はオマケだそうです。三階の空いている部屋も今後はウォーカーが使うように閉鎖されるだろうって。
五年前にウォーカーが副ギルド長になってからはここがデミトリーに隠れて工作するためのウォーカーの後方拠点になっているそう。当然、壁の中に本拠があるし、ウォーカーの家族! もちゃんとそっちにいるんだって。家族についてはユセフもちょっと話し辛そうだった。まぁ主人のプライバシーの根幹だから話せないことも多いよね。俺もそこは別に興味ないから突っ込まない。そんなわけで俺は西スラムで拠点確保と共に、ばっちり政争に巻き込まれる予感。ウォーカーがデミトリーに取って代わるなら冒険者として生きていくことも出来そうだね。でも命令を聞くつもりはないから。やりたいようにやっていこう。
ユセフが出ていくとまたゆったりとした時間が流れる。俺の右隣りににはシェリルが座って食後のお茶を飲んでいる。
「シェリルさん、そんなわけでココは俺の自宅らしいので、暇があったらいつでも遊びに来てください。お茶飲みたいとかご飯食べたいとか、お風呂入りたいとか、寝たいとか、理由無くとか、ああそうだ、ここに住めばいいんですよ。お店の方を通いにできませんかね? それで、とりあえず明日まではキュロスさんのこともあるのでここにいて欲しいのですがどうでしょう? 費用はいくら掛かっても構いませんので。シェリルさん、サリアさん、キュロスさん、そしてもちろんオルカの四人はこの世界での俺の家族だと思ってますからね。シェリルさんも自分の家だと思ってくださいね」
うーむ。我ながらよくしゃべるね! 自宅ができて浮かれてるのかな。
「うれしいけれど。いいのかしら、そんなこと言ってしまって。みんな本気にしてしまうわよぉ」
シェリルがうれしいような困ったようなみたいな顔で言う。よし! 拒絶じゃない言葉、いただきましたー! 俺は心の中で歓喜の雄叫びを上げた!
「もちろんですよ! そう言っていただけるということはそれでいいっていうことですよね! もうその言葉は取り消せませんからね!」
「……じゃあね、それを今すぐサリアとキュロスにも言ってあげてきてちょうだい」
わかりましたと応えて寝室に向かう。背後でシェリルがオルカをそっと抱きしめているのがわかった。
寝室に入るとサリアがイスに座ってキュロスを看ている。俺はサリアの斜め前のベッドの端に腰掛ける。ここならキュロスも見える。サリアが「どうかしたの」というように俺を見ている。
「サリアさん、今ユセフさんから言われたのですが、昨日の契約書の対価として今後この部屋を俺の家として使っていいということになりました」
「あら、こんないいところを家にできるなんてすごいじゃない。おめでとう」
キュロスが寝ているので大きな声は出せないけど喜んでくれた。
「それでですね、今シェリルさんの許可はもらったんですけど、サリアさんとキュロスさんもここに住んでもらえばいいっていうことになりました。お店にはとりあえず馬車で通勤ですね。必要な時に呼び出してもらうとか。まぁ、それも俺が皆さんを身請けするまでの一時的なことなんですけど」
「ちょちょちょちょちょっとまって! 早い!」
いやー、このひとを慌てさせるとなんかこう「勝った!」っていう気になって気分良いわー。
「なにがですか?」
とりあえず真面目な顔で素っ惚ける。
「えーと、えーと、ね。あなた、自分がなに言ってるかわかってるの?」
あたふたしてるな。そう言えばサリアさん、俺の顔がどうこう言ってたな。ひょっとしてこの顔、サリアさんに刺さってるのか? 俺の人生に本当にそんなことがあるんだろうか? 言ってもめっちゃ女の子顔だと思うんだけど? とりあえず物は試しに、サリアさんの真正面に行って両手を握りながら斜め下から見上げる角度にめっちゃ顔を近付けて物欲しそうな顔をしてみる。
「サリアさん。わたしといっしょに住んでって言ってるんだよ? イヤなの?」
「んんっ?! べ、べつに、そんなっ? 嫌とかは? 言ってないし?」
真っ赤になって歯切れが悪い。目がキョドってる。なるほど。行けるんだこれで。調子に乗った俺は両手を握ったまま少し強引に引き寄せると左の耳に唇が触れるほど顔を近付けて囁く。
「じゃあ、いっしょに住んでくれるんだよね?」
「あぁン、は、いっ」
……ヤベー。鬼チョロかった。というかこれ。俺って男って認識されてるのか? まぁ、これでシェリルとサリアを保護出来たからよしとしよう。うっ! サリアが目を閉じて何かを期待している! こ、これはダメなやつじゃないか?
「ねえ。アタシはまだ何も言われてないんだけど?」
後ろから声が!
「キュロスさん。目が覚めたんですね」
振り返るとちょっと困った顔のキュロスがこっちを見ている。起き上がろうとするキュロスを抱き抱えるように介抱する。
「どこか調子の悪いところはありませんか」
まだ本調子じゃなさそうなキュロスが俺に体重を預けてくる。任せろ! どんな体制からでも身体強化を使えば男らしく振舞えるぞ!
「ん、大丈夫。なんだかよく寝たわ」
嘘だ。どんな悪夢と戦ったあとなのかは本人にしかわからないけれど、まだまだ辛いはずだ。でも、起きて現実を受け入れているなら介抱することで心を癒すことは出来るだろう。
「ねぇ、ロック。サリアばっかりであたしはまだ何も聞かされてない気がするんだけど」
サリアが立ち上がると部屋の外に向かって歩き始める。
「そうね。終わったら出ていらっしゃい。キュロスもお風呂入らないと匂うわよ」
照れ隠しなのかそう言うと扉を開けて出て行った。ここからは絶対に男はふざけたらダメなやつだ。下手すると一生モノの汚点になるぞ! 失敗は許されない!
「キュロスさん。先ほど連絡があってウォーカーさんからこの部屋を自分の家にしていいと言われました。だから、ここで一緒に住みましょう。勝手ですけどみんなの許可はもうもらっています。あとはキュロスさんだけです。ああ、ちなみに嫌もダメも受付けませんので」
「ふふふ。なぁにそれ。ロックはずいぶんと勝手な男だったのねぇ」
「そうです。世界で一番身勝手で我がままな男です。だからキュロスさんみたいに強い女性にそばにいてもらわないと俺が自由になりすぎてしまいます」
「じゃあ、しょうがないのね」
「はい。しょうがないんです」
「ロック。ありがとう」
いや、助けられたのは俺だから。まだ何も返せてない。俺のこの世界への復讐と嫌がらせはこんなもんじゃないから。
「それからもうひとつ。俺が絶対にキュロスさんを奴隷から解放します。あとでいいので解放条件を教えてください。俺、なんでもやりますから。俺を止めることは誰にもできません」
「はぁー。いいわ。あなたの好きになさい。なんでも教えるし、なんでも言うことも聞くわ。いつでもなんでも言ってちょうだい」
「じゃあ、まず最初は」
俺の望むことなんかどうでもいい。
キュロスが望むことだけを俺が叶えればいい。




