第79話 今が未来の俺
会合場所の宿屋と思われる三階建ての大きな建物の窓という窓から炎が噴き出ている。オール木造建築は派手に燃える。外でもまだ争っているが、さすがにこの建物の中に誰かが残っているようには見えない。外にいないってことは南ギルド長のノエルは脱出に成功しているってことだろう。さて、戦闘奴隷で殺害命令を受けているキュロスをどうやって止めようか。もちろん説得はできない。物理的に止めるしかない。どうやって? 彼女を傷付けずにどうやって止めればいいんだ。いや、まずは彼女を見つけ出さないと何も始まらない! その先のことはその時の俺がなんとかしてくれるだろう!
あちこちで争っている奴らがいるが、冒険者とチンピラみたいなのが入り乱れていて俺にはどっちがどっちの陣営の奴かわからん! こいつら本当に戦ってる相手が敵かどうかわかってんのか?! 俺には区別できないんだが! わかるのはおそらくゲットーファミリーの奴らだ。スラムの住人らしく汚いのはそれだろう。戦場を駆けまわりながらキュロスを探すが暗いし混乱しているしで埒が明かない。女冒険者とかチンピラもいるから余計にややこしい!
すると突然、暗がりから男が飛び出してきた!
「ガキがこんな時間になにしてんだ!」
身体の大きさで強さを判断するのは悪手だぞ。片手剣を振り翳した冒険者かチンピラだ。俺は接近しながら瞬時に右、左、右とフェイントを入れてその都度投擲ナイフを投げるフリだけしてタイミングを合わせて『排出』した。その全てが冒険者のむき出しの手足に深々と刺さる。俺はスピードを落とすことなくすれ違うがそれ以上の攻撃はせず通り抜けて捜索を続行する。刺さった投擲ナイフは『収納』で回収。火のそばに行かなければ暗さで『出納』を使ってもバレなさそうだ。電気のない世界だ。火事の炎以外はふたつの月と星明かりしかなくて暗い。なまじ炎が明るいだけに暗がりに入ると夜目が効かなくて余計に暗く感じる。
しかし、あのやさしいキュロスが戦闘奴隷だなんてまったく想像もしてなかったし、今も出来ない。魔法は得意そうに見えなかった。見た目で強そうじゃないのに魔法じゃない戦闘奴隷っていうことは身体強化がヤバいかスキルがヤバいかのどっちかだ。物理特化の戦闘奴隷として戦場に投入するなら鉄砲玉だろうと予想して襲撃者たちの後方から本丸の宿屋へ向かって突っ込む。宿に向かって攻撃してる奴がデミトリー側の奴だろう。後ろから追い抜きざまに膝裏や太もも、ふくらはぎを斬り付けたり刺したりしながら駆け抜ける。そのまま戦線離脱しとけ!
最後は守備兵も抜き去って宿屋の屋上まで駆け上がる。宿にはもう火が回って焼け落ちるのも時間の問題だ。煙と熱が凄い。守備兵がいるけど誰かを守っているわけではなさそうだ。暗くて視界が効かないのを良いことにノエルの居場所を偽装しているのかもしれない。ここで足止めをして本体が移動しているとすればグランデールの中心方向か。
火事は一帯にも飛び火して近隣はもうパニックでめちゃくちゃだ。住人が出てきて貴族たちの馬鹿な争いそっちのけで水魔法が使える人が必死に消火作業をしている。それ以外の人は延焼を食い止めるために周りの建物の解体を始めている。木造建築が密集しているから街にとって火事は最も恐れる災害だ。そこいら中に黒い水たまりが見えるが消火のための水魔法の跡ってわけではなさそうだ。このあたり一帯はスラムより酷い臭いが漂い始めている。
くそ、混乱が酷くてなにがなんだかわからんぞこれ。とりあえずギルド長のノエルがどこにいるか探ってみる。宿から飛び降りて再び全力疾走! 建物の屋根の上をグランデール中心方向に向かって飛ぶように駆ける。伝令が出せたぐらいだ。自軍の兵を援軍に呼びに行くぐらいできているだろう。合流するならお互いに歩み寄った方が早い。怪我人と死体を辿って北上する。斥候職ナメんな、と言いたいが魔獣狩り専門の俺は人同士の争いに関しては素人だ。
移動を続けてようやく反応があった! 『走査』に少数で固まった一団が街の中心方向へ移動しているのを見つけた。敵の包囲網が形成されつつある。たぶんこれだ。
敵味方の区別がつかないから攻撃が出来ない。向かってくるやつ全部斬り飛ばしてやろうか! というのをギリギリ思いとどまって避けまくって走る! 俺にとってはこいつらがどうなろうと知ったことではないが、後の面倒を考えるなら殺さない方がいいだろう。
小集団に追いつく直前、様子を見ようと思って近くの建物の屋根の上に飛び乗った。すると、ひとつ先の屋根の左方からとんでもない速度で真っ直ぐ突っ込んで来る黒いボディスーツのシルエットが目に入った。片刃の長剣を振り回して立ち塞がる邪魔者を革鎧ごと真っ二つに斬り飛ばした! その勢いのままノエルを守る集団に上空から襲い掛かろうってか!
黒いシルエットの進路に重なるようにダッシュ開始。そいつが屋根からノエルの近衛兵に襲い掛かろうと飛び出したところにタイミングを合わせてジャンプ! 短剣は使わず空中で体当たりをぶちかます! 守備を固めながら撤退している集団の目の前にふたりでもんどり打って落下して転げる。俺は転がりながら速度を殺して飛び起きて黒い影に向かって短剣を構えて牽制する。
集団の近衛兵は練度の高いプロ兵士らしく逃走最優先で俺たちを無視してどんどん離れて行く。火事の炎の明かりはこれだけ離れた地上までは届かない。俺がタックルをぶちかました相手は黒ずくめだ。ご丁寧に頭巾まで被っていて顔は目元しか見えない。ここはその姿が目視できないほど闇が濃い。ただし、それは相手も同じだ。黒いフードマントの俺の姿は肉眼ではほとんど見えないはずだ。俺は『走査』で周囲の状況はここにいる誰よりも把握している自信がある。
屋根の上で炎と月光に照らされる姿を見たぞ。何回一緒に風呂入ってマッサージでその身体に触れたと思ってんだ。頭の中のスクショのボディラインとそのぴしりと身体に張り付くようなボディースーツのラインが一致しちゃってんの! これに関しては『走査』は必要なかったぞキュロス! そしてお前のことをかわいい子猫ちゃんだと思ってたけど、くそ! そのスピードと反射神経! 豹だったのか!
戦闘奴隷で命令が入っているとなるとこちらの勝利条件はかなり厳しい。最良は怪我をさせないで意識を刈り取ることだ。とりあえず俺がマンツーマンで相手をして時間を稼ぐ!
今この時、俺の脳裏で本当に望んでいるのは別の襲撃者の誰かがとっととノエルを殺すことだ。殺しの対象が死ねばキュロスの命令が完了して自由意志が戻るはずだからだ。キョロスが手を下していなければこの装束なら誤魔化せる! いや、ナイスプロポーションが誤魔化せないかも……。強気でいけ! 防犯カメラも写真もない世界だ、なんとかなる!
俺はわざと月明りが差し込む路上に出て顔が見えるようにフードの隙間を開ける。キュロスのファイティングポーズが解けない。『ノエルが死ぬまで邪魔する者はすべて排除』っていうぐらいの命令は出ていそうだ。
睨み合いが続く分には歓迎だ。戦場の一分、一秒は貴重だ。引き延ばすための時間なら特に。と、俺はキュロスに向かって走る! キュロスも俺に突っ込んでくる!
キュロスが装備しているのは片刃の長剣だ。女性にしては長身の彼女だが、さすがにこの長さの剣は長くて重いだろうと思うがとんでもない! ぴゅん、という音と共に信じられない速さで刃が奔る! こえー! これ、さっき胴鎧ごと人体を半分に斬り捨ててたよな! 俺はキュロスに向かいながら一切、斬り結ぶ気がなかったのでフェイントを入れて避けざま飛んできた矢を叩き落とす! 矢はキュロスを狙ったものだ。俺が対峙しているのを幸いと射かけてきた奴がいた。そいつに『出納』に入れてあった矢を『排出』して背後から右腕に命中させる。弓が使えなくなった狩人は撤退していく。
あー、よくないねこれ。キュロスに俺が彼女を攻撃できないことがバレた。元戦闘奴隷の俺には彼女の今の心情が手に取るようにわかる。彼女は俺を認識している。戦いたくないと思っても戦わなければならない。そして戦う以上は俺を殺すための最善手を選んでしまう。心は拒否しても思考も身体も戦闘における最適解を求めてその通り動く。しかも精神汚染による行動だから身体能力のリミッターが外れている。彼女の心はとんでもないストレスを抱え続けるが、俺が彼女にとって好敵手であればあるほど彼女は強くなる。
あー! どうすりゃいいんだ!
未来が来ちゃったぞ! なんとかしろよ今の俺!




