第78話 トップ・ギア
身体強化で加速したまま三階のテラスを蹴って敷地の外に向かって飛び降りる。落下しながら『走査』で遠ざかりつつあるバーズたちを捕らえる。
久しぶりにソロで全開の身体強化発動。最近はオルカやライズに合わせていたのでセーブしまくりだった。今はきっとバーズも向こうの伝令に合わせてセーブしているのだろうが、それでもさすが他地区への伝令に選抜されるだけあってなかなか速い。銀等級ぐらかな。
まず大通りへと出る。人気の無い通りが二つの月明りに照らされ青白く浮かび上がる。障害物の無い場所での全速移動は初めてだ。意識を前方だけに集中すると両サイドの景色は黒く流れる液体にしか見えない。革サンダルからブーツに装備がアップグレードされた恩恵も大きい。前世記憶の感覚ともマッチして速度が乗る。こんな時だが靴底の開発で商売できないかと考える。
見えた! 円形広場を突っ切るあたりで合流だ。前方を走る二人の反応が揺れた。たぶん後ろから近付く俺を探知したのだろう。バーズの『探索』か? 合流直前にバーズが振り返って俺を目視で確認した。先導する伝令は移動に集中しているのか俺の接近には気付いていないようだ。バーズに並走して声を掛ける。
「バーズさん、俺も連れて行ってください。現場にキュロスがいるかもしれません」
声を掛けた瞬間、伝令がぎょっとしていた。自分が全力疾走しているのに突然並走する子供が現れたのだ。しかも言いたくはないが見た目は月夜に黒髪なびくかわいい女の子だ。動揺の見えないバーズは少し考えてから答えた。
「そっちは手伝えんかもしれんぞ」
キュロスのことだ。バーズは命令を受けている。最優先はノエルだろうし、なにより襲撃者の撃退もあるだろう。下手をするとバーズがキュロスを攻撃しなければいけない可能性もある。もちろん、俺は手伝って欲しいなどとはこれっぽっちも思っていないのでこの質問が出た時点で連れて行ってもらえることが確定してホッとした。
「もちろんです。問題ありません」
「キュロスはなぜそこに?」
バーズの言葉はいつも最短距離だ。でも気にしてくれてる。
「詳しくは俺もわかりませんが、ゲットーファミリーと戦闘奴隷契約を結んでいるとか」
「俺たちは冒険者章で関所を抜ける。お前は隙を見て超えろ」
俺は声を出さずひとつ頷く。俺は冒険者章を持っていないし、持っていたとしてもこんな遅い時間じゃ最低でも銀等級ぐらいじゃないと通過させてもらえないだろう。
最初の防壁が視界に入った。俺は二人から離れて路地裏を並走する。暗がりに今夜の寝床を求める人がいるけど無視すれば問題ない。そうやって防壁の見張りから見つからないようにスラムのあばらやの間をすり抜けていく。こんなところ来たことはないが、『走査』で見張りの位置と建物の立体イメージから最適ルートを割り出す。
闇色のフードマントを『排出』して身に着ける。防壁手前で停止してバーズたちの様子を伺う。んー、どうも様子がおかしい。通過審査に時間が掛かり過ぎだ。これ、妨害工作じゃないのか? デミトリーが西地区の移動に制限掛けてるんだろう。あっ、強行突破した。いいね。
後ろから追いかける門番が『走査』で見えてる。はははは。金色の冒険者章意味ねー。俺はその場から一瞬でトップスピードになるともぬけの殻の門を通り抜ける。すぐに進路を変えてバーズたちを『走査』で捉えながら門番が諦めるのを待つ。ふーん。これが壁の内側か。スラムに比べれば整然としているし路上で寝ているのもいないな。
バーズが門番を撒いたところで再合流。
「金色でも役に立たないことがあるんですね」
バーズが俺の嫌味に少し驚いたような顔をしたあと破顔した。
「はっはは! そうだな。肝心な時に役に立たん」
「ノエルさんの家はだいぶ中央に近いんですか?」
「いや、襲撃は自宅ではない。次の防壁を超えてすぐの宿だ。今夜はデミトリー主催で会合の予定だったらしい」
そこまで言うと青い顔の伝令が口を挟んできた。
「奴は来ていない。さんざん待たせておいて今夜は来られないと言ってきやがった。会合は中止となって帰宅するために解散となった瞬間に襲われた」
「襲撃からだいぶ時間が経っていますね」
その問いにはふたりとも無言だった。場所がわかるのならもっと急げるのだが。
「ロック、俺に付いて来い。冒険者章が使えないのでは意味がない。すまんが先に行くぞ」
後半は伝令に言ったものだ。バーズが加速する! これが金等級の身体強化か! いいね。こんなに平和に金等級の実力を知れるとはツイてる。俺はバーズのスピードにギリギリ付いて行けると装うことを忘れない。あれ? バレてるのか? バーズが俺が付いて行けることを確かめると徐々に速度を上げ始めた。まいったね。腹の探り合いはお互い様らしい。
外周から二つ目の壁は高さ十五メートルほどだ。バーズからハンドサインで『壁を超えるぞ』と来た。ちくしょう。ギリギリになって俺がハンドサインで進路変更を要請する。五十メートル左から壁を超えろ。進路変更は『走査』で乗り越えようとしている壁の上に巡回兵がいるのがわかったからだが。これ、ひょっとしたらわざと試されたかもしれんな。
「行くぞ」
バーズはそう言うと一気に壁を駆け上がった。俺も『走査』で壁の凹凸を捕らえてそこを足掛かりに駆け上がってそのまま反対側へ飛び降りる。タイミングもなにもないので当然、監視兵に発見されて騒がれるが走り抜けるだけだから追手はどうでもいい。奴らも俺たちに構ってる場合じゃないだろう。
前方の空が赤くなっている。戦場だ!
『走査』を飛ばすとまだ争っている人間が多数いることがわかる。戦場にさえ連れて来てもらえればバーズとはお別れでキュロス捜索が最優先だ!
俺の目的はキュロスだ!
彼女のこと以外どうだっていい。
速度全開で戦場に飛び込みながら、そういえば路地に飛び込んできたライズに『そんなことしてたらすぐ死ぬぞ』って思ったよなと思い返していた。




