第72話 秘密会談
風呂はいつでも入れるとのことなので早めに入ることにする。まだ風呂に入るのが二回目のオルカが不安なので一緒に入った。ミリィさんには例によって部屋でのんびりしてもらうことにする。飲み物を用意してもらってから「やっぱり風呂に入るのでもったいないので飲んでおいてください」と言いながら風呂に行く。ミリィさんもわかっててノリで付いてきてくれる。とても過ごしやすい。俺たちの歳で女中さんもなにもあったものではないし、俺もそんなセレブな生活には慣れてない。世話を焼いてくれる親戚のおばさん的な存在と思うことで自分に折り合いをつけている。
オルカには日本人的風呂場作法を伝授中。全裸、湯舟に入る前に身体の汚れを落とすこと、タオルはお湯に浸けない、これ常識ね! 作法以前に常識なんだよ。自分の家の風呂でひとりきりなら身体洗う前に入ろうが好きにしてくれ。と、オルカに説明。風呂とメシにうるさい俺は異邦人。異邦人上等! 風景を見ていた時とはまったく違う日本人メンタリティを誇りに思う俺だった。
背中の流し合いと洗髪のし合いっこは気持ちがいいものだ。オルカも自分の身体を洗ってきれいにすることには抵抗はまったくなさそうだ。むしろ美容に目覚めた感があるな。今日もルシアからいろいろ聞かれていたみたいで、羨望の眼差しで見られることでいろいろ自覚することがあったのだろう。あのアオハル空間で男子がモジモジしていた原因を聞き出そうとしたがなんかはぐらかされた。いったいなにを話していたんだろう。これは俺は知らない方がいい話しなのかもしれんと思って突っ込むのはやめておいた。
夕陽を見ながらの露天風呂は最高だ。うしろ抱っこ要員がいないので湯舟のステップに座ってふたり並んで浸かっていると現世の嫌なことなどすべてなかったことになりそうだなぁ。露店のテラスのローテーブルにはちゃんと氷が入ったアイスペールと果実水入りの水差しが置いてあった。先日、ユセフにそういうサービスが喜ばれるかもって言っておいたやつだ。女中を風呂に入れない俺みたいな客もいると聞いた時に言っておいたやつだ。貴族の客はわからないけれど、冒険者の場合は自分のことは自分でやるのが当然なので、これは「お前が自分でやれ」という意味にはならないと思うと説明したんだよな。不安なら事前にそういうサービスだと説明すればいいし。呼び鈴システムを導入すべきかは今度相談してみよう。
風呂から上がってテラスでブローしてる間に食事の準備を進めてもらう。食事中はミリィさんにパンや調味料を冒険者用に販売してくれないかなと言ってみる。たぶん明日にはユセフに話が通っているだろう。
最近、ずっとユセフに言って宿のものを譲ってもらっていたのですでに準備しているかもね。もうちょっと話しを進めて、部屋にカタログと発注書を置いて、夜のうちに発注書に記入か女中に言ってチェックアウトの時や滞在時に渡すという販売システムを導入させよう。俺が欲しいから。
宿泊費の他は飲食だけが収入のほぼ全てだったようだが、ここは生活雑貨ひとつ買うのも面倒なスラムなのだ。壁の中に居住して通っている人にはわからない苦労がたくさんあるのだよ。
食事も終わってくつろいでいると先触れとして案内が来た。ではどうぞということで酒席の準備が始まる。今回は内密な話しなのでテラスではなくリビングとダイニングが会場だ。広いリビングなので邪魔にならないところでオルカとたわいない話をしながらのんびりと待つ。森での過ごし方、獲物の弱点、習性、歩き方、索敵のコツ、魔力の練り方、風の魔法の使い方。うん。たわいもなくない。仕事の話しだなこれ。でもオルカの質問が止まらないから。冒険の話しをしてる時の目の輝きを見たらこっちも話し止まらないよねー。
さあ、ほんわかタイムは終了だ。
酒席の準備が整ったところでウォーカーを呼びに行く女中さん。俺たちは失礼にならない程度の動きやすい服を着ている。ミリィさんに見立ててもらった恰好だ。ウォーカーもすでに食事も風呂も済ませているからリラックスした格好で大丈夫だそうだ。まずはでっかいダイニングテーブルでの話し合いだ。五人滞在用の部屋だが、テーブルはバカでかい。片側五人掛けはいける。並んでるグラスの数が多いよねこれ。
誰が来るのかなぁ。
まずはリビングで出迎え。
「ロック! よく来てくれたな! 待ってたぞ!」
この巨大都市の基幹産業を支える最重要機関である西冒険者ギルドの副長官が常連居酒屋の店長みたいなノリで入ってきた。
「西冒険者ギルド副長官、ウォーカー様、お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。今宵はどうぞよろしくお願いいたします」
そう言って恭しく頭を下げる。斜め後ろのオルカも淑女の礼をしている。さっきミリィさんに教えてもらいながら練習した。せっかく練習したのに無駄にしたくないからやってやった。うん。こうなることは半分わかってたけどな。
ウォーカーは引きつった笑顔で片手を上げたままフリーズしている。そのうしろでは吹き出しているやつとかクスクスしいてるのがいる。ウォーカーはひとつ咳払いをして何事もなかったように話し始める。
「うむ。いや、こちらこそ急な呼び立て、相済まなんだ。どうか楽にしてくれ……これ、やめねーか?」
うん。やめよう。似合わないわ。特にウォーカーが。
「そうだよね。俺たち野蛮な冒険者だもんな」
笑顔でそう言うとウォーカーがうれしそうに破顔する。このおっさんは貴族が嫌で冒険者になって金級まで駆け上がったこの世界の風雲児なのだ。冒険者と言われて侮辱に思うわけがない。彼にとってそれは名誉であり、最大の賛辞なのだ。
「そうだ! 俺たちは冒険者だ!」
そう言うと俺の肩を抱いてダイニングルームに向かう。こ、このおっさん、スラムギルドの奴らと同じじゃねーか! これは酷い。思った以上だ。アレだな。冒険者に憧れて十四歳ぐらいで冒険者になるパターンのやつだ! そのパターンで成功する奴って初めて見たぞ!
うしろからゾロゾロ人が入ってくるけど肩を抱かれてて振り返れない。誰がいるんだ? オルカはぴったりと俺の側にいる。立ち位置が完全に護衛のソレな。ウォーカーのこと後ろから刺しちゃわないか心配。そう、オルカは短剣、両刃短剣、投擲ナイフを腰ベルトに装着している。これは必要なものだと頑として譲ろうとしなかった。そんなこと誰も教えてないのにどこで覚えたの? ちなみに俺は丸腰ね。
最初にウォーカーが入って来た時にすぐ後ろにいた狼獣人のバーズがオルカのこと見てニヤってしてたの見逃してないぞ? すげーおもしろいもの見つけたって顔してた。あれはあの日、階段で俺を最初に見た時のウォーカーの目と同じだったぞ。
ダイニングテーブルの部屋に全員入ったところでウォーカーが俺の肩に手を置いたまま話し始める。
「さて、まずはお互いの紹介からだな。まぁ面識のある者同士だがこういうのはカタチが大事だからな!」
お前が一番そういうのぶっ壊してるんだが?
「まずは今日の主役のロックだ。わずか十歳で 草原狼を傷跡ひとつ付けず、ナイフ一本で屠る将来有望で大変優秀な冒険者だ!」
「ロックです。十歳ということで冒険者ギルドで冒険者登録を門前払いで断られたただの狩人でただの貧民街の孤児です。よろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げる。しーん。
「どわっはっはっはっは!」
ウォーカー以外が大爆笑した。ウォーカーは俺を紹介した時の笑顔のままフリーズしている。
「ひー、ひー、おいっ! ウォーカー! ロックはな、我が商業ギルドへの持ち込み素材の下取りを正当な価格で行い続けると、俺が家名を賭けて約束した大事な取り引き相手だ! 勝手に冒険者にするな! わっはっはっは! 勝った! わっはっはっは!」
ウォーカーが目を見開いて俺を見た。
「ま、マジ?」
「あー、そうですね。先日の毛皮を卸した時に今回だけじゃ困るんですよねって話したら今後もいいよってオーサーさんに言ってもらったんで」
ウォーカーがテーブルに両手をついてがっくりとうなだれる。そこにオーサーが来て優しくウォーカーの肩に手を置く。
「ウォーカーくん、残念だったね?」
言葉こそは神妙だが完全に勝ち誇っていた。右頬の白い大傷が歪むほどのニヤケ顔だ。お前は悪役専門の役者かなにかかっていうぐらいの悪い顔である。
「っく! 日和見のパーシルゥゥゥ!」
ここには居ない者の名を叫ぶ。ウォーカーが苦々し気にオーサーを見上げながら呪詛のように食いしばった歯の奥から呻く。それを見ていたバーズが突っ込みを入れる。
「お前らいい加減にしないと話が進まんぞ」
さすが用心棒ポジション。一歩引いた冷静な意見。
「はやくそこの娘を紹介しろよ」
お前もかー! お前らどいつもこいつもいつまで中高生ノリのままなんだー!
「えーと、こちらは最近俺のパーティーパートナーになったオルカです。歳は十二ですが冒険者登録はしていないので市民階級的には俺と同じですね」
オルカが目線を切らないないまま軽く頭を下げる。剣呑だ。
「ほー、ロックのパートナーか。よろしくなオルカ。俺はここの宿の主人のウォーカーってんだ。なにか不便があったら俺はもちろん女中でも従業員でも誰でもいいから何でも相談しなさい」
ウォーカーがすっげーまともなこと言った。全員が珍しいものを見たって顔をしている。
「ウォーカーさま? ありがとうございます?」
小首を傾げながら言うオルカ。おお~、っていう声がおじさん連中から漏れた。それぐらいおじさん連中に刺さるものがあったらしい。ちっさくてほっそいけど今まさに美しくなろうとしている、つい最近まで孤児だったであろう少女の健気さというか儚さというか今のオルカにはそんな雰囲気がある。ゆるい普段着に完全武装という元冒険者に対する萌え要素も見逃せない! 地位と金のあるおっさんの庇護欲が極限まで高まってやがる! オルカ、恐るべし。おじさんキラーだ。はっ! ま、まさか俺も?!
なんなんだよこの集まり。
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