第71話 最低のクズ野郎
ライズたちと別れて『夕暮れの泉亭』へ向かう。この時間は狩りから帰ってきた冒険者の帰宅ラッシュアワーだ。この人波に紛れている内は暗黙の了解でお互いに手を出さない。みんな疲れて帰るのに、ここで毎日のように揉めるとお互いにとっても面倒だという心理が働くのだろう。昔からの不文律だ。手を出そうものならその場で即決裁判となり、悪いと判断された方が周りからフルボッコ対象になるという素晴らしい慣習によって秩序が保たれる。まぁ、それでも揉めるのがスラムだけどね。
俺たちはほぼ手ぶらだし解体所に用もないので途中で波から抜け出てあっさりと『夕暮れの泉亭』に到着。ライズたちもうまく帰宅できただろう。
俺は三回目の訪問にして表玄関からちゃんとチェックインするのは初めてである。この入口はホテルとレストランバーの入口を兼用しているので用心棒が立っている。用心棒の顔は全員おぼえた。
「こんばんは。宿泊をお願いしたくて参りました」
「お、来たな有名人」
俺はこの宿では有名人らしい。うらやましかったらあなたも夜中に女装して街中を全力疾走すればいいよ。長物の武器をベルトから抜こうとしたら声が掛けられた。
「ああ、お前らはもう武器は預けなくていい。そのまま進んでいいぞ」
どうやら常連認定されたらしい。有名人も悪くないね。礼を言って二人で手を繋いでフロントに進む。
「こんばんは。風呂付のふたり部屋が空いていればそちらをお願いしたいのですが」
「ロック様、おかえりなさいませ。当館の主より伝言を預かっております。ぜひご面談をお願いしたいとのことですが、今宵のご都合はいかがでございましょうか」
ウォーカーが冒険者ギルドの副長官なら、デミトリーがここまで派手に動いていれば俺のことが耳に入っていても不思議はない。俺もいろいろ聞いてみたいことがあるから話が早くていい。
「はい。もちろん構いません」
「ありがとうございます。少々遅い時間になってしまうかとは思いますのでそれまではごゆっくりとお寛ぎくださいませ。主より『いきなり部屋に押しかけることはないので安心して楽しんでくれ』との伝言も預かっております。また、お部屋は当館でご用意させていただいておりますのでこれよりご案内いたします」
大人ジョークかな? 伝言は、前いきなり押し掛けたことを茶化して言ってるけど「部屋でイイコトしてても大丈夫だよ」ってやつじゃねーかこれ。幸いオルカには意味が通じてないからいいけど、俺が十歳だってわかってて言ってんのかなこれ。これを言わされるお姉さんにも同情してつい「大変ですね」って言っちゃったよ! お姉さん、めっちゃ上品な顔で「そうなんですよー」ってなってた。おっさんたちにハラスメントの概念叩き込んだろか。うん、無理!
女中さんに案内されて特別室にチェックイン。これ、俺が来るまでこの部屋をキープし続けるつもりだったんだろうな。銀貨一枚の部屋に無料宿泊か。まぁ、俺から得られる情報の対価でいったらタダみたいなもんだな。
晩飯も部屋に用意するからいつでも言ってくださいだってさ。オルカにコース料理はまだ敷居が高いので前回のようにわかりやすいものをよろしくってしておいた。
部屋まで案内されて中に入ると用心棒のバーズの奥さん、狼獣人のミリィさんがいて飲み物を用意してくれてた。いい時間なのでまたテラスにお願いする。テラスは高さもあるし、荒野の風もほどよく流れ込んでくるからスラムにいることを忘れられていいね。これが街の方向から風が流れてくるとちょっと、ね。
オルカは飽きることなく荒野を眺めている。そういう俺も見惚れている。まだまだ異邦人感が拭えない。この風景が当たり前に感じるようになれば俺もこの世界の住人って言えるのかな、などと思う。信じられない。日本に戻れないんだなぁ。お? 俺、まだ日本人なんだ。
荒野を見ているオルカの手にそっと自分の手を置く。オルカが小首を傾げながらゆっくりとこっちを向く。俺の心は中途半端に大人で子供だ。その時々で感情の振れ幅が酷くて時々自分というものがわからなくなる。いや、そんなものはもうとっくに無いのかもしれない。恐ろしい。自分はいったい何者なんだろう。しっかりと支えとなるものが欲しい。それを彼女たちに求めてしまっている気がして、考えると情けないし申し訳なくなる。
あれ? 俺ってこの世界で知り合ったすべての女性を求めてないか? ここ数日の自分の言動やその時の心情を思い返して吐き気がした。ハーレム野郎じゃないなんてどの口で言ったんだ。
もし、ここ数日の俺の言動でオルカが俺に対して恋愛感情を抱いているとしたら、俺は彼女を愛そうと思う。いや、違うだろ。なに恰好付けてんだ。もうすでに俺の方が彼女のことを愛しいと思っていたんじゃないか? 自分のことをどうせ前世記憶がある年寄りだと遠慮するフリをして誤魔化していたんじゃないか?
シェリルたちはどうなんだろうか。俺はこんな容姿のまだ十歳の子供だ。彼女たちからは商売を超えた何かを感じてはいるが、それが自分の自惚れじゃないなんて思えない。俺の身体が子供故に確かめられないことが多過ぎる。でも、彼女たちが俺をどう思っているかはこの際まったく関係が無い。
俺はオルカを救えたかもしれないが、俺は彼女たちに救われたんだ。彼女たちの今の境遇が決して良いものではないのは確かなことだろう。俺は奴隷という制度が嫌いだ。憎んでいると言ってもいい。日本人だった記憶が入ってその思いはますます強まった。俺は五年間奴隷だった。あんな思いを人間にさせてはダメだ。ぜったいにダメだ。だから俺が彼女たちに愛されなかったとしても、そんなこととは関係なく、彼女たちを奴隷から解放しなくてはならない。俺はオルカの手を少し強く握った。
「オルカ、話しておきたいことがある」
強く握った手を何も言わず握り返してオルカが俺を見る。夕陽に燃える透き通る青灰色の瞳と艶煌銀青の髪が愛しく美しい。俺が脚を引っかけて転ばせた時からこの瘦せっぽっちの薄幸の少女が気になっていたんだ。串肉当てが楽しいと笑った顔を見た時にはもう決まった未来だったのだろう。
「俺はオルカが大切だ。大事にするよ。でも、彼女たちも俺にとってはオルカと同じくらい大切なんだ」
言葉を区切ってオルカの瞳をのぞく。動揺は無い。オルカにも「彼女たち」で通じる。
「俺はオルカと会う前の日までの五年間、奴隷だった。戦闘奴隷で先行斥候のアッシュは俺のことだ」
オルカは全部わかっているというように聖母の微笑みを湛えてひとつ頷いただけだ。
「オルカと会う前の日にオルカと入ったあの風呂で彼女たちにすべてを洗い流してもらったんだ。今の俺は彼女たちから生まれたんだ。だから俺は彼女たちに俺のできることをしなければならない。俺は彼女たちを奴隷から解放しなければならない。オルカ、奴隷はダメだ。奴隷になんかならなくても君はこの世界の俺にとってとても大事な人なんだよ。そして彼女たちも大事なんだ。俺はオルカも、彼女たちも大事だと思う最低なゴミ野郎だ。クズだ。オルカ、すまない。彼女たちを助けさせてくれ」
「いいに決まってるわ。だってわたしはあなたから生まれたのだから。あなたを生んだのが彼女たちなら、わたしも彼女たちから生まれたのと同じことよ。悩むことなんてなにもないわ。わたしたちでやれることをやりましょう。今ならあなたが言ったことの意味がわかるわ。ロック、わたしを奴隷にしないでくれてありがとう」
彼女は泣いていた。泣いたことのない彼女が泣いていた。俺の胸に顔を埋め嬉しいと声を上げて泣いていた。
俺はこの世界の俺の存在意義を胸に抱いて世界と戦う決意をした。
この世のすべてを壊しても彼女たちを救い出してみせる。
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