第67話 どーしよーかなー
ライズ、ジェイ、アーノルドがまるで死神にでも会ったかのように青い顔をしながら俺を見ている。隣のテーブルまではジェイの小声は届いていない。年頃の女子の会話に男の子三人が顔を赤くしてモジモジしているアオハルな円卓との差が酷い。
どーしよーかなー。
『赤竜の爪』を殺したのは俺だ。けど証拠なんかありゃしないし、冒険者の死なんて日常茶飯事だ。誰も気にしない。そんなことでたかが奴隷の俺を探すか? それでも南地区の奴が俺を探すというのならまだわかる。なぜ西地区の冒険者ギルドを仕切るほどの大物貴族が俺を探す必要があるんだ? 金貨五枚ごときで地域を跨いでまで騒ぐか? そんなわけはない。と、なるとアレか。ドーガの野郎が持ってた約定書しかないよな。あいつら、俺の知らないところで何やってたんだ。約定書を俺が持ってるかもしれないっていう可能性だけでここまで追ってるんだよな。ヤバさがわかるな。
今までは奴隷身分だったし、十歳という年齢からも社会情勢からは完全に蚊帳の外だった。政治的な敵味方の判断がつかない。いや、そもそも俺は敵も味方もいらないんだよな。本当はやろうと思えば今すぐにもスローライフもできると思っている。魔獣を狩りまくって収納して必要とするところに持って行けばいくらでも金になるだろう。でもなー。
それじゃあこの社会に対する復讐にならないんだよなぁ。俺の中でドス黒く煮え滾っているものが収まらない。
みんなが俺の次の言葉を待っている。
アッシュを名乗ってもいい。
ロックで通してもいい。
今ならまた新しい名前にしたら別人として平和にやり過ごせそうだ。
「ジェイってグランデールに詳しいよね。もう少し話しを聞かせてよ」
甲殻鎧に手を差し込んで、ポケットから取り出したフリをして排出したコインを弾く。
ピーン、パシッ。
「お前、これ大銅貨……」
「西の冒険者ギルドを仕切ってうまい汁を啜ってるのがデミトリー・カルチェンコ男爵っていう貴族の親父ね。男爵自らこんな地方都市に来てまでギルド長をやるなんて、いったいどれだけ旨味があるのやら。で、飼ってる犬がポメラ・マルチーズ。他に力を持ってるこいつらの勢力は?」
「……ゲットーファミリーはそいつらの傘下だ。表立ってるのはそこまでだ。バーランド辺境伯との繋がりも怪しいとは思うが尻尾は出してないからな。壁の中のことはここではあまり情報が入ってこない」
「西地区の暴力組織は全部デミトリー男爵のものか。じゃあ、こいつらに敵対してるのは?」
「商業ギルド長のオーサー・オブライエンだ。オーサーの元パーティー仲間の西冒険者ギルドの副ギルド長もおそらく反対勢力だ。」
「オーサーのおっさんか。あの人やっぱり元冒険者だったんだ。ってことはスラムの商業ギルド長のサイラスも新派だよな?」
「そうだ。それと、壁の中の商業ギルドの副長官はオーサーの家絡みで子飼いだ。スラムには副長官はいない」
「なるほどね。オーサーはデミトリーとぶつかりたくてしょうがないって感じだったよ」
「それでそのオーサーと元仲間だったのが西ギルド副長官のウォーカー・ボナパルトで」
「ちょっとまて! なんかおかしな話しになってきたぞ。ウォーカーのおっさんが西冒険者ギルドの副長官だって?」
「なんだ、ウォーカーのことも知ってるのか?」
「たぶん知ってる。すぐそこの高級宿屋の経営者だよな?」
「そうだ。五年前に引退するまで実力でのし上がった本物の金級だった。えーと、西地区の冒険者ギルドは戦争に行けなかったスラムギルド副長官のパーシー以外、責任者が全部死んじまったんだ。副長官がウォーカーの兄貴で、スラムの長官が弟だったんだ。で、ウォーカーはジラール男爵家の五男坊で若い時からやんちゃしてて成人したらとっとと家を出て冒険者になってたんだけど、その兄貴の後を引き継ぐ形で冒険者を引退して冒険者ギルドの副長官になった。戦争の前に金級になった時に一代男爵位を叙爵してボナパルト性を名乗っている。その時の褒賞であの宿を造ったはずだ。で、兄貴がやってた空位の副ギルド長職を引き継いだんだけど、実家のジラール家含めていろんなところが結構な無茶をしてるはずだ。家族ではあるけど性も違って一度縁は切れてるからな」
そこまで一気に話すとぐいっとエールを煽った。
マジか。ウォーカーのおっさん、この街の重鎮じゃないか。ふん。俺が奴隷になる切っ掛けになった五年前の戦争にかこつけてドロドロの政争があったってことだな。そのせいで俺を含む民草がえらい迷惑を被ったってわけか。ちっ。俺にとって誰が敵だかよくわからんぞこれ。
「ぶっちゃけ、ジェイが味方するならどこだ」
「政治はわからん。ただ、デミトリーが仕切ってるから商業ギルドに話が通せないのがおかしいってことは間違いがないからな。お前らのこの間の件でどうも俺らがひどくカモにされてるってな」
「それは間違いないな。デミトリー男爵が冒険者ギルドを完全に私物化してるってことだからな。特にスラムギルドだ。お前らから安く買い叩いて高値で流してる」
「やっぱりそういうことだよな。あの野郎。そもそも南スラムのパーティーの奴を西のデミトリーが探ってる意味がわからん」
そこはジェイたちは知らない方がいいだろう。
「あとはいくらなんでも税率七割もおかしいな。この辺はバーランド辺境伯絡みもありそうだ。ジェイ、助かった。やっぱりお前たち、ちょっと落ち着くまではこの辺に近寄らない方がいいかもしれん。ゲットーファミリーのこともあるし、それからもっと最悪なことはな……」
ジェイとその他の連中を見回す。
「『アッシュ』もしくは俺への攻撃命令が出ることだ。まぁ暗殺なんて仕事は表に出せないから正式な依頼ってことにはならないと思うけど。金に目が眩んでもし受けたら……全員死ぬことになるぞ。攻撃受けて反撃しない奴は馬鹿だからな。お前らの身内には今のうちに伝えておけよ。警告はしたからな」
ジェイが目を眇めて言葉の真意を測ろうとしたその時、オルカが俺の横に立った。いかにも自然に「ちょっとアナタ、聞いてよ」みたいに微笑みを湛えてジョッキ片手に。そして俺の横に立つとジョッキを卓に置いた。その瞬間、声が掛かる。
「おーい。ジェイとライズじゃないか。昨夜はおもしろい話ありがとなー。昼間っからなにやってんだー?」
近付いて来てるのはわかってたが知り合いか? オルカはそいつらと俺の間に立っている。うーん、どっちかっていうと俺が君を守りたいんだけどなぁ。ジェイがふたりを見ながら明るく返事をする。
「おっ? お前らか。そっちこそ壁の中の人間がわざわざこんなところでなにしてんだよ」
ジェイに続いてライズがすかさず言葉を継ぐ。
「昨夜はごちそうさん。まだ土産話が足りないのか? もう話せることはないぜ」
ふーん。こいつらが探りを入れてるっていう冒険者ね。壁の中の冒険者なのはそこそこ清潔なことと装備からも明らかだ。斥候がふたりとかどう見てもおかしいんだけど。聞き込みするにしてもそんなに雑でいいのかね?
「いや、ギルドの窓口に用があったから来たんだけどな、お前たちが目に入ったから挨拶に来ただけだよ。この娘たちは? 中の娘だよな?」
こいつ今『娘』と書いて『こ』って言ったよな。奴隷紋の時と同じで自分の容姿なんて普段意識してないからこういう時に思い知らされるな。
「俺たちはこっち側だよ。でも俺はまだ年齢が達してないから冒険者じゃなくてただの狩人だよ。はじめまして、あなたがたが探しているロックです。立ち話もなんなんで、どうぞお座りください」
俺が座ったまま両手を卓の上に広げるがふたりの冒険者は何を言われたのかわからずフリーズしている。なにかとても大事な話なはずだ。なんて言われた?
「ほらほら、二人とも座って座って。お話ししましょうよ」
俺がそう言うとライズとアーノルドが席を立って二人を座らせる。俺の左にライズ、右にジェイ、アーノルド、そして二人の冒険者。オルカはぴたりと俺のうしろに立っている。どんな顔してるんだろう。ちょっと振り返るのが怖いな。
「バル、お使いばっかり頼んで悪いけど追加で彼らの分の飲み物とみんなの食い物を適当に買って来てくれるかな」
胸元に手を突っ込みながら言うとバルがすぐにこっちに来たので銅貨を渡す。
こっちはこっちでジェイとライズとアーノルドが視線でふたりを釘付けにしていた。なんなら周りでダベってるスラムの冒険者もこっちを見ている。こいつら、面が割れちゃってるじゃん。ふたりとも「失敗した」って顔に書いてあるなぁ。そして一気に周りの視線を集めてしまったが、周りの連中にしたら俺も誰だかわからないからって不審者扱いされてる!
「おおっ! なーんでここにこんな可愛いコちゃんがいるんだよ!」
う、ウソだろお前?!
「ラーイズゥ! お前らなんかにゃもったいねーよ!」
ニヤニヤしながら近付いて来るのは新品の革の胸当てを身に付けたマイクだ。どっからどう見ても新品だ。でもお前、どこにそんな金があったんだ? 借金か?
そして、ライズもジェイも買い出しに行こうと席を立ったバル達もみんな無表情だ。だって、オチが読めてるもの。オルカは、俺と近付いて来るマイクの間に立つと、少しあごを上げるようにして自分より数十センチは背の高いマイクを完全に見下すようにジト目で見ている。一部マニアなら金を払ってでもこの娘にこんな目で見てもらいたいと思うかもしれない。
「おーおー、壁の中のかわいこちゃんがこんなところに来たら怖いお兄さんに何されるかわかんないぜー、そんな弱いヤツらなんか放っておいておれ
ズバアンッ!
マイクは最後まで言うことができなかった。手を伸ばして俺とオルカに触れようとしたからだ。そして全員が見たような気がした。オルカの頭が消えた瞬間に右足が春の晴天を突いて真っ直ぐ高々と聳え、次の瞬間にマイクの顔が残像を残して吹っ飛んで行くところを。飛んでいくマイクの顔にはニヤニヤ笑いがくっついたままだった。ぶっ飛んだあとごろごろと転がりそのまま地べたに張り付いて完全に意識が無くなったはずなのにまだ顔はニヤニヤしたままだった。
オルカがバルたちのところに行って何か言うと、バルたち三人はマイクを茂みの向こうへと運んで行った。ほどなくして茂みから出て来たバルの胸には新品の胸当てが、ウィルの手には鉄剣と麻袋が、キリエはナイフなどの小物を持って出て来た。ウィルは手に持っている鉄剣を眺めると座ってるルシアにそれを渡した。そして三人はそのまま買い出しに行った。オルカはルシアの隣に座り直した。
「というわけで俺がロックなんだ。はい、それではお二人さん質問をどーぞ」




