第66話 メタモルフォーゼ
ライズの隣の席にジェイがいるのが見える。今日は仕事の報告ってわかってるのに同席させてるってことは何か話があるってことだよな。ジェイが俺に話? ヤツにはお調子者っていうイメージしかないけど。なんだろう。
いつもの茂みの中じゃなく円形広場に点在する円卓に座っている。広場の端の方でふたつの円卓に分かれている。ライズとジェイとアーノルドで一卓、もうひとつの円卓に残り四人。昼前とあって広場の買い物客はまばらだ。
バックパックを降ろしてフードを脱ぎながらライズたちの向かいの席に座る。
「お待たせ」
「おう、来たな」
と、ライズ。
「ジェイ。こんなところでなにしてんだ」
怪訝そうな顔のジェイに声を掛ける。
「あー、コレ、ロックな」
ライズが雑な紹介をする。
「え? ロック?」
「うん。ちょっと風呂に入って垢を落としたらこうなった」
「え。 え? ええっ! っぐぅ」
大声を出しそうになったジェイの足を両隣のライズとアーノルドが力いっぱい踏ん付けておまけに脇腹にナイフのグリップが刺さってるっぽい。
「しーっ! ジェイ、デカい声を出すなって」
ライズがジェイの耳元で強く囁く。
「んぎぃぃぃ、いや、お前、これは、だって。なんでそうなるんだ? お前おんな」
「ロックは男の子よ」
わたしはぜんぶみてしっているの。
「え? おまえ、だ」
ジェイはその次の言葉が言えなかった。オルカがフードマントを脱ぎながら、座っている俺の肩に手を置いて寄り添うように立った。みんなの視線は装備までは降りていない。『銀狼の牙』のメンバーもライズとルシア以外は昨日オルカに会っていないのでこうなってからの彼女のことは初見だ。しかし、そんなライズとルシアも息を呑んだ。春の陽光を浴びて艶煌銀青の髪が煌めいていた。誰だこれは? そう思わせる美貌だった。変わったのはなんだ? 顔? 服? 髪? そうだけどそうじゃない。纏う雰囲気が別人だ。彼女がそこに立ったのは彼の剣と盾になるためだと周りに一瞬でわからせる剣呑さがあった。手を伸ばすだけで斬られそうだった。「彼に触れるな。触れたら殺す」そう言われているみたいだった。昨日の幸せいっぱい浮ついた雰囲気が微塵も無い。
「オル、カ……」
隣の卓から絞り出すような声が聞こえた。ルシアだった。オルカはチラりとそっちを見て微かにニコリとした。ゴクリとジェイが唾を呑んだ。
「オルカ? オルカってお前らとよくつるんでたアレ?」
「オルカ、ちょっとライズたちと話しがあるんだ。ルシアたちの方で休んでてくれ。バル、ウィル、キリエ、悪いけどこれでなにか食い物と飲み物を買って来てくれないか」
オルカはひとつうなずくとルシアの隣に座った。オルカを気にしながら俺の方に来たバルに金を渡す。
「で? なんでここにジェイがいるんだ」
「いや、ちょっと待て。それどころじゃねーってこれは」
そういうとジェイは大事に飲んでいたであろうジョッキを一気飲みした。目線は俺とオルカを行ったり来たりしている。
「お前、本当にロックなのか?」
「うん。そうだね。マイクだっけ? ぶっ飛ばしたロックだよ。あいつ、生きてる?」
「あ、あぁ、生きてた。わかんねー。あれがどうやったらこうなるんだ?」
後半は俺のことだな。
「ジェイも風呂に入ってみなよ。俺みたいになれるかもしれないよ?」
「ぶふぉっ!」
エールを飲もうとしていたライズとアーノルドが同時にジェイに向かってエールを吹いた。エールを顔に吹かれたジェイがそれにまったく文句を言うことなく袖で拭きながら泣きそうな顔で俺を見ていた。
「あはははは。なにやってんだよ」
「うーむ。たしかに中身はロックみたいだ。はっ! そうだ! オルカ? だっけ? お前のこと男だって言ってたよな? よな?」
「俺は男だよ。風呂入った時にこんな感じにされちゃったけどそのうちどこからどう見ても男になると思うよ。で? 俺はお前らの話しを聞くために来たんだけど?」
買い出し組が走って食い物と飲み物を持って帰ってきた。バルが釣り銭を返そうとするから取っといてくれといって留める。
全員がジョッキを俺に向けて掲げてひとくち飲む。こういうのが冒険者の気持ちいいところだ。俺も軽く掲げてひとくち飲む。水代わりのエールだからアルコールはほとんど感じない。
まったく美味しいとも感じないけど付き合いだ。オルカは唇を湿らすだけで飲まない。酒は判断を鈍らす。ルシアが正気に戻ったみたいでオルカにいろいろ矢継ぎ早の質問攻めを始めた。
「えーと、な。お前に話すのはなぁ」
ジェイが頭に指を当てながら混乱した考えをまとめようとしてるとライズが口を開いた。
「ロック、昨日からお前を探ってるっぽい連中が現れたんだ」
「そう! それだ。壁の中の貴族が大本みたいだ。たぶん冒険者ギルドのギルド長、デミトリー・カルチェンコ男爵だ。赤い馬車、赤い服の変人のポメラ・マルチーズっていうのが、どうした?」
「い、いや、続けてくれ」
すげー名前が出てきたな。エール吹くところだった。
「そのポメラ・マルチーズが昨日スラムギルドに来て責任者の副ギルド長のパーシルと会ってる」
「ん? ちょっと待って。スラムギルドの責任者が副ギルド長?」
この質問にはライズが答えてくれた。
「そうか。ロックは知らないのか。五年前の戦争で当時のスラムのギルド長とかが戦死してからスラムにギルド長はいないんだ」
「そう、それでそん時の西地区の冒険者ギルド長は現ギルド長のデミトリーの次男だったんだけどな、そいつもその時に一緒に死んじまったんだ。で、親父のデミトリー男爵がグランデールに来てギルド長になったんだが、スラムギルドまで一緒に仕切り始めておかしくなっちまったんだ」
「おかしくなったって?」
「商業ギルドに直接素材を卸せなくなった。それやったやつが仕事回してもらえなくなったりしてな」
なるほど。いろいろわかってきたぞ。ジェイはまだ二十代半ばなのに好奇心旺盛な性格が幸いしていろいろ知ってそうだな。無精ひげ剃ってもう少し身綺麗にしろよ。おっさんにしか見えないぞ。ライズ、ジェイをここに呼んだのはナイス判断だったぞ!
「で? それはわかったけどそれと俺がなんの関係があるんだ? 商業ギルドに毛皮を卸した件か?」
「それがよくわからん。俺もそのことかと思ってたんだけどなぁ。聞き込みに来たやつらはその辺の話しは本気で知らなかったみたいだから。それでだ、向こうは元々はお前を探していたわけじゃないっぽい」
そう言うとジェイはライズたちのいる前で言っていいか迷ってるようだったが、覚悟を決めたのか前乗りになって声を潜めて話し始めた。
「お前ら『アッシュ』って聞き覚えあるか?」
「なんだそりゃ? 名前だよな? そいつがどうかしたのか?」
ライズだ。まったく意味がわからんという感じだ。ジェイが小声で続ける。
「昨日、探りを入れてたやつらが最初に出してた名前が『アッシュ』だ。「黒目黒髪の戦闘奴隷の先行斥候を探している。名前はアッシュだ」ってな」
その場にいる全員が俺を見る。
俺は口角が上がるのを止めることができなかった。




