第65話 ノっていけ
なんか下の方からフゴっ! フゴっ! って聞こえて目が覚めた。毛布があって下が見えないから『走査』掛けたらデッカいボアがいるみたいだ。朝ごはんでも食べてるのかな? こちらに害があるわけでもないし寝起きだから放っておくことにした。
それよりも今俺の目の前にオルカの寝顔がある方が大事だから。あー、やっぱりこの娘、可愛いなぁ。完全に化けたな。俺の時もこんな感じだったのかなぁ。将来はそりゃあ大したべっぴんさんになりそうだわ。いやあ、女の子は怖いねー。ちょっと目を離すとキレイになってしまう。オルカは俺より二つ年上か。俺が成人の十五歳の時には十七歳か。……もうその時には良い人がいて俺の手の届かないところに行ってるかもしれないよなぁ。それはそれで全然良いよね。この娘が幸せになるならそれでいいや。そしたらそれだけで俺がこの世界に生まれた意味があったってことになる気がする。ごめんねオルカ。秘密はないと言ったけど俺には秘密がある。この娘が成人した時に打ち明けよう。それまでは俺の責任だから君を守ろう。
などとお父さん気分に浸ってたらオルカが目を覚ました。俺の顔を見て寝起きにその笑顔は破壊力あり過ぎて萌え死にそう。
「ロック?」
「ん? え? なに? おはよう」
「ん。おはよう」
そう言ってもぞもぞとあたたかさを求めるように胸に顔を埋めてくる。ケモミミがピクピクしてかわいい。明け方の森は寒い。吐く息が白むぐらいには冷えている。うん。このまま二度寝を決め込むのも悪くない。
と、思った時には寝落ちてたらしい。次に目覚めた時はすっかり外も暖かくなってて、おまけにオルカが俺の顔をじーっと見てた。目を開けたらオルカの顔があってすっごい目が合ってる。
「ごめん。あまりにも気持ち良くて二度寝しちゃった」
「ううん。ぜんぜんいいの」
「あったかくて気持ちよかったから。オルカはよく眠れた?」
「うん。こんなに長く寝たの初めて」
「そうなの? 俺よりずいぶん早く起きてたんじゃない?」
「そんなことないよ。起きたのちょっと前なだけだから」
俺はそういえば前世記憶が蘇ってからはいろんなことがあり過ぎて少し睡眠不足だったかもしれないな。こんなに何もない日は久しぶりですっかりリラックスしてしまった。独りきりでいるより人肌を感じながら寝る幸せがこんなにも心和むものとは……何もない日? いや、なにか、忘れているような……
「あっ」
「? どうかしたの?」
「あ、いや。そういえば今日は昼前にライズから報告受けるって約束してたなーって思い出して。今何時ぐらいなんだろうね」
時計が無いし樹木に遮られて太陽も見えなくて何時ごろかさっぱりわからん。
「よし。嫌だけど起きよう。嫌だけど」
「うふふふ。そうだね」
『走査』を飛ばしたけどデッカいボアはもう居なくなってた。オルカに聞いても気付かなかったって。『走査』を発展させて侵入者がいたら警告が出るようなものにならんかなーとか考えながらとりあえず屋根部分を撤収。ハンモックが作れないかなと思ったけどこれはこれで楽だな。ハンモックより動きが制限されない分、こっちの方がいいかもしれないな。撤収は収納で一瞬だけど設営がちょっと面倒といえば面倒かな。
一回、木の上まで出て太陽の位置を確認。思ったほど遅い時間ではなさそうだ。これなら朝飯を食うぐらいの余裕はある。ネットの上で着替えと装備の整備点検を済ませる。本当はその日の内に交代で済ませるべきなんだけどね、と一応授業っぽいことも。
撤収して焚火を出して薪を足す。野営で一瞬で火を出せるのはかなりヤバい。これは便利だ。カセットコンロがない世の中にこれは卑怯だわ! 葡萄の果実水を湯煎してあたためてみた。けっこういけるね。焚火に突っ込んであった石板を出して薄目に切った肉を塩胡椒で焼く。宿のごはんから少しずつ貯め込んでたパンを出して串に刺して遠火であたためる。パンは一瞬であたたまる。パンに切れ込みを入れて焼いた肉を挟む。肉の脂がパンに染みてたまらん! ボアサンド美味い!
よし、ライズに会いに行こうか。道中は魔獣だけ狩った。オルカがやってみたいというからホーンラビットを探す。元々センスあったし武器の扱いに関しても素人でもない。速度特化ならホーンラビットは相性良いから任せられるはずだ。
オルカには緊張感が無くならないように言ってないけど『赤竜の爪』の奴らが持ってたポーションがまだある。なにかあっても大丈夫だ。一度ルシアに使ってるのを見てるから察してはいるかもだけどね。
発見したホーンラビットの位置を教える。さあ、ここからはひとりでがんばって。
オルカが『探索』を使ってホーンラビットに接近していく。両手で両刃の短剣を持っている。ホーンラビットが自分の左側に来るように意識して移動している。身体強化がうまく回ってる気がする。動きが昨日森に入ったばかりの時とは雲泥の差だ。しなやかで無駄がない。ホーンラビット相手でも気負いも緊張もない。野ウサギを狩った時よりもイイ。
オルカが左足を降ろそうとした瞬間、「ドン!」ときた! オルカが右足を踏み込んで一瞬の間に一歩前に出る。まるで瞬間移動だ。踏み込むと同時に身体がきれいに半時計周りに回っている。その回転に合わせるように斜めに銀色の線が走る。ホーンラビットが着地した瞬間、首が落ちた。オルカは短剣を構えたまま首の落ちたホーンラビットを見ているし見ていなかった。次の獲物はどこだ? 『探索』が走る。
完璧だ。その殺しは美しささえあった。
ホーンラビットを収納する。オルカは危険が去ったことを確認すると腰に差してあった布を濡らして短剣をチェックする。問題がないとわかると短剣を拭きながら腰に戻し、右手にはダガーを持ち直してこっちを見た。拍手したい気分だ。オルカがニコっと笑った。あら。俺も顔に出てたかな。
「良かったよ。昨日に比べてずいぶん成長したね。これが続けられるならホーンラビットはオルカに任せてもなにも問題ないね。自分ではどう感じた?」
「不思議だけど不思議じゃない感じ。なにが出来るか動く前にわかる? そしてそのまま動けばいいだけのような……。全部見えてたかも?」
「うん。身体強化がノッてる時ってそんな感じかな。周りの動きがゆっくりに感じるんだ。それはたぶんだけど、相手に対して自分の方がすごく速かったり強かったりしている時にそうなるんだ。でも、それの逆もあって、何が起きているか全部見えてるのに身体がまったく動かない時もある。怖いよ。意識は追いついてるのに身体がそれに付いて行けてないんだ。そういう相手だった時はね、とにかく逃げるんだ。最初の攻撃が避けられたら生き残ることが出来るかもしれないから」
「……そんなことがあったの?」
「何度もあったよ。出来ればそんな経験は無い方がいいね」
あの頃は奴らの無茶振りが過ぎて今生きてるのが不思議なぐらいだ。
「これだけきれいに戦えるなら森を出るまでにホーンラビットがいたらオルカの練習で討伐しながら行こう」
そこから森を出るまで二匹のホーンラビットの肉が増えた。最後はダガーを使わせてみたけどまったく危なげなかった。むしろちょっと楽しそうだった。収納の中には全部で十八匹のホーンラビットが入っている。ボアはグレート含めて四頭だ。その他にも野ウサギ、キツネとリスもいる。あとは木の実に果実、薬草などだ。俺にとってここは文字通り『恵みの森』になったなぁ。
身体強化のオン、オフを繰り返して原野を走るとあっという間に西スラムだ。人目を避けて接近してフードマントを着てデカいバックパックを背負う。中身は一応、着替えなど必需品を入れてある。これを背負うのはもう身体を鍛えるのが目的みたいなものだ。
さて、円形広場が見えてきたけど、なんか人数多いな。あいつはたしかジェイとかいう野次馬のおっさんだな。




