第64話 いっぴきのけもの
熱いシャワーは最高だった。昼にかいた汗を寝る前に洗い流してさっぱりとする。オルカの生活習慣にはまったくなかったものだ。これからは違う。俺と一緒にいるということはこういうことなのだ。これはしょうがないのだ。毎日サービスタイムがあるのはもう、これ必然。俺はハーレム野郎ではない。不可抗力なだけだ。そうでしょ? だって、風呂だもの。だって、ここ危険なんだもの。な? 俺は納得した。君はどうだ?
焚火で食事するとどうしても煙を浴びて臭くなるんだよね。今度から食事時は手ぬぐいで髪を覆ってから焚火にしようかな。それだけでだいぶ違うはずだから。
あー、身体の洗いっこね。今度風呂イスも作ろう。裸で座っても怪我しないやつ。立ってるから洗いにくくてさ、しょうがないから足も洗いっこした。前以外はお互いに擦ってもらった方が早いんだわ。
でもまぁ、ね。実際はそんな見てても色っぽいもんでもないから。子供同士だし。しかも俺らけっこうな欠食児童なんで。俺はまだ『細い』だけど、オルカは『かわいそうなぐらい細い』だからね。身体強化のせいで服を着て動いてると忘れがち。たまに見える手首とかでわかるからその辺のことは。身体強化を切っての行動時間が短いのは、荷物を持っての行軍とかこの身体だと運動強度がまだ高過ぎるからだ。
俺の野望は! いつかオルカがシェリルみたいに自信満々に俺に裸を見せつけてくるようになることだから! いや、ま、あの、相手は俺じゃなくてもいいんです。オルカが決めた相手ならそれで。その時のための手伝いならいくらでもするよ。それが俺のパーティーに誘った俺の責任だから。
シャンプーが終わってオルカの脱いだものも全部収納する。身体を拭いたら動きやすくて柔らかめの普段着を着る。オルカがこんなのでいいの? って顔をしたけど俺の顔を見て「あー、こいつまたなにか企んでるな」って顔をしてなにも言わなかった。服を着たあたりですっかり辺りも暗くなってきた。
ブーツも収納して足元も新しい簡易革サンダルに履き替える。焚火のそばに行ってシャワーセットを全部収納。オルカと向かい合って俺は右手の手のひらを上にして鳩尾の高さに上げる。オルカも俺の手のひらを見ている。
ふわっ。と、やさしい星がうまれた。まるくまるくまあるい星。そのまま俺は目を閉じる。おれたちの周りにいくつもの星がうまれる。あたりをぼんやりと照らす。
あの日の解体所で流れ込んできたあたたかくてやさしい灯りの魔法。なんで光の魔法がやさしいんだろう?
「オルカ、いくよ」
軽く木を蹴って上へ。上へ。上へ。
ふたりで巨木を音も無く駆け上る。二十メートルほどの高さの枝の上に立つ。灯りのお陰で不安はない。下を見ると遠くに焚火の赤だけがゆらゆらしている。
オルカには幹のところで待っててもらう。灯りをいくつかオルカの近くにも置いておく。俺は枝に掛かるように網目の細かいネットを排出。ネットの四隅を細いけど強度のあるロープで固定。空中にネットの床ができあがる。そんなに広くはない。三メートル四方ぐらいだ。念のためにもう一本ずつロープを張る。これで一本が外れても対処する時間が出来る。
次に薄い帆布のような布を同じ要領でネットの上に張る。帆布の下側の真ん中に一本ロープを張ることで三角屋根のようにしておく。これで万が一雨が降っても雨水が溜まることなく両側に落ちていく。たとえ晴れていても小枝などの落下物から守るために屋根はあった方がいい。上が開けているなら屋根なしで星空の屋根っていうのもロマンチックだったんだけどね。
準備が整ったのでまずは俺がネットの上を這って真ん中までいく。ネットに座ったまま強度テストで軽くトランポリンの要領で揺らす。うん、問題ない。
「オルカ、おいで」
オルカに向かって手を伸ばしながら呼ぶ。オルカは待ってましたとばかりの笑顔でサンダルを脱いでネットの上を這って来る。「わー」と声が出てる。今度明るい昼にもやってあげよう。毛布を出して下に敷く。分厚いタイプの毛布だ。収納してあったから虫などは付いていない。網のままで寝たら夏でも結構寒くなる。これでもまだ明け方は寒いかもしれないな。掛け布団用の毛布も出す。下の焚火を収納する。灯りの魔法の数を減らす。
「ロック、これ、すごい」
どれのことかわからないけど、たぶん全部のことだろう。
「この辺は木の上に来て悪さするやつらはいないから安全だよ。下に何か来てもここまでは登って来られないと思うから。虎とかヒョウはここら辺にはいないし。熊ももっと奥からしか出ないと思う。ボアとウルフなら下に来ても問題ないね」
「なんかロックといると森が楽しいところになっちゃう」
「うん。俺もオルカといるとぜんぶ楽しい場所になっちゃうよ」
本音で話しただけなのだが。オルカが黙っちゃった。
ネットの上に座ってドライヤー魔法発動。オルカと一緒に自分にも掛ける。今日はオルカにたくさんの無茶を強いた。頭から足の先までやさしくマッサージもする。だいぶほぐれたかな。
「さあ、寝よう。なにか来ても俺の『走査』でわかるから大丈夫だよ」
半分ウソ。防具は収納してあるから手入れは明日でもいいや。
灯りを消す。ドライヤーを掛け終わったうしろ向きに座ったオルカの肩を引き寄せながらそっと転がって上から毛布を掛ける。ふたりでごろんとなったらしばらくゆらゆらと揺れた。
オルカとは知り合ってまだ一日半だ。信じられないな。もう何年も一緒にいるような気がする。一緒の毛布の中。丸くなって横になるオルカを後ろから抱きしめながら。ふわりと香るあたたかな艶煌銀青の髪に顔を埋めて声に出していたのか心で思っただけなのか。オルカが「わたしも」と言ったような気がした。
ひとりだとあんなに寒かったのに。
ふたりだとこんなにあたたかいんだね。
俺が言ったのかオルカが言ったのか。
おれたちはふたりでいっぴきのけもの




