第60話 先輩後輩
ギルド酒場を出たジェイは、お前らなんていうパーティーだとか名前だとかを聞いている。隠すことでもないのでふたりは聞かれるままに答える。どこに連れて行かれるのかと警戒していたが、ギルドを出て目の前の広場に入っていくとすぐにジェイが指を差した。
「あそこに座ってんのが『銀狼の牙』のライズだ。おーい、ライズ! お前に客だぞ!」
円形広場の中、まだ距離があるところでデカイ声でライズに呼びかけた。何人かが何事かとこっちを見た。ふたりの冒険者はアウェーの居心地の悪さを感じていた。ライズはちらっとこっちを見たがそれだけで返事もしなかった。もちろんジェイはわざとこれをやっていた。ふたりのアウェーの人間をスラムの人間に晒したのだ。これでこっちを見た冒険者はこのふたりの顔を覚えた。周りの冒険者は知らんふりをしているがこれ以降、ずっとこっちを注視することになる。ジェイの顔の広さであり、スラム住人の部外者に対する通常の対処法でもあった。ふたりの冒険者は冒険者の経験からくる勘でなにかを感じてはいるが、殺気をまるで感じないのでそれ以上疑うようなことはなかった。
「ライズ、お前なにしてんだ?」
「ん~? あ、アーノルド、ちょっと代わってくれ」
ちょうどそこに現れたアーノルドに話し掛けるとライズが立ち上がって歩き出す。
「こんなところで話しもないだろ。なんだよ?」
広場の隅に行ってからライズが口を開く。
「いやな、こいつらがライズにこの前のことを直接聞きたいって言うんで連れてきたんだよ」
「は? なんで俺がそんな面倒なことしなきゃなんないんだよ」
「あー、すまん、ちょっといいか。俺ら壁の中のモンなんだけどな。今日ちょっとな、二日前だっけか? おもしろいことがあったって耳に挟んだもんだからよ、土産話に詳しく聞きたいって思ったんだよ」
それを聞いてライズが突っ込む。
「ふーん。それ、どこで誰に聞いたんだ」
「え? あぁ、今日そこのギルドで報告した時に中にいたヤツが話しているのが聞こえてきたんだよ。そしたらなんかこのへんの連中がみんな知ってる話だっていうんで気になってな」
「あー、なるほどなー」
と再びライズ。
「どうだ、ライズ。話すぐらいだったら俺も一緒に付き合うぜ」
さりげなくおもしろそうなことに乗っかってくるジェイ。
「ん~。まぁそんなに聞きたいならいいけどよ。でも俺いま仕事中だから終わってからになるぜ。あと、これ個人依頼なのか? 俺らもそんな暇じゃないんだけど」
なんてこった。これが鉄級に上がったばっかりのガキの言うことなのか、とふたりの冒険者はジェイのことも含めて居心地の悪さが増すばかりだった。しかもこいつらの言うことはなーんにもおかしくなくて筋が通ってる。今日だけの相棒同士で顔を見合わせてここは話を合わせるしかないと腹をくくった。
「そうだな。メシでも食いながら聞かせてくれ。もちろん驕りだ。それとは別に依頼料で銅貨一枚払う」
「いや、話にならんよ。俺ら六人いるからな? 晩飯と銅貨三枚だ」
「ろ、六人? いや、メンバー全員いなくても」
「はあ? 俺個人の話ってわけでもないのに依頼で俺だけ良い思いなんてできるわけないだろ。あんたらのパーティーってそんなの許されてんのかい? だったらそんなパーティー抜けた方がいいぜ」
ライズはそれだけ言うとさっさと背を向けて仲間の元へ歩き出した。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! そういう意味じゃねーよ! わかったわかった、俺が間違ってた。全員で頼む」
「俺も忘れんなよ」
慣れ慣れしく肩を組みながらジェイ。ライズは立ち止まると首だけ振り返って言った。
「わかったよ。そこまで言われたら俺もさすがに冒険者の先輩の誘いは断れねーよ。その辺で仕事が終わるの待っててくれ」
「ああ、わかった。あー、で? 仕事はいつ終わるんだ?」
「ここの屋台が店じまいするまで」
今度こそライズは振り返りもせずそれだけ言うと戻って行った。ジェイはライズの成長ぶりに内心で舌を巻いていた。こいつ、剥けたな。なにがあった? 答えはひとつしかなかった。奴だ。
「じゃあそこの卓で待つとすっか!」
持って来たエールを飲みながらふたりを座らせる。ふたりの冒険者は屋台が終わるまであと何杯驕ることになるんだ、と思いながら席に着いた。もう俺らも飲むしかねー。
すっかり夜になり屋台の営業が終わると約束通り『銀狼の牙』の六人がやって来た。
アウェーの冒険者が、じゃあ冒険者ギルドの酒場へと誘うと全員が、ダメに決まってんだろ! と。あそこでこの話なんかしてみろ、と。それはタブーなんだとすごい剣幕で言われてしまった。
「しゃーねぇな。俺に付いてきな」
と、ふたりの冒険者にとっては不穏でしかない台詞を吐いてジェイが先導していく。『銀狼の牙』の連中も「一日いると長く感じるよな」とか今日の仕事の感想らしきことを話しているがおかしなところは一切ない。基本的に悪い連中ではないことが伝わって来るのでふたりの冒険者も首をひねりながらあとを付いていくしかなかった。
ジェイが連れて行った店は、そこまで高級な店でもなかった。ふたりの冒険者はいったいどんな高級店に連れ込まるのかと恐れていたから拍子抜けだった。
そこで話された内容は仕事抜きにしてふたりをじゅうぶん楽しませるものだった。 草原狼をナイフ一本で無傷で討伐? 嘘だろそんなの。絡んで来た若手冒険者をぶちのめして装備を根こそぎ奪って副ギルド長に啖呵切った?! めちゃくちゃじゃねーか。そしてやはり、商業ギルドでオークション買い取り価格の話しになった時はふたりとも大興奮だった。こいつらで銀貨三枚? その内二枚を報酬としてもらったってか!? 鉄級のお前らが!? 俺らなら税率三割で銀貨七枚だぞ! エールが進んだ。最後はお互い肩を組んで大盛り上がり。最後に店を出てから「良い話しを聞かせてもらったわ! ありがとうな!」と礼を言って帰った。
遠ざかるふたりが見えなくなってからライズがジェイに聞く。
「あいつらいったいなんだ?」
「わからん。わからんが今日の昼見たか」
このあたりは夜でも酒が飲める中央円形広場の近くだからまだ安全だがルシアを囲むように全員で固まって歩く。ここはスラムなのだ。話し声は小声だ。
「赤いのだろ。それとあいつらギルド内でロックの話を耳に挟んだとか言ってやがった」
ジェイはやっぱり気付いてたかと後輩の成長に目を細めた。すぐそばにいるアーノルドも口を挟まないがしっかり内容を理解している感じだ。
「ああ、ギルド内であの日の話しをするやつなんていないからな。なにか探ってんだろうな。ただ、あいつらはただの雇われだ。直接の危険はなさそうだ」
「ジェイ、ロックのこと、どう思ってる?」
どういう意味で聞いてるんだ? ロックはジェイにとっては身内でもなんでもない。が、どうにも目が離せない。いや、あの日以来気になってしょうがない存在ではあった。
「さすがにこんなことになってきたら何かあるなとは思うが。たかだかまだ十歳やそこらのガキだぞ。なにが起きてるんだ」
「ジェイ、もし俺らとロックの側に付く気があるなら明日の昼前に来てくれ。ロックとはその時間に待ち合わせてる」
ジェイが目を細める。なに考えてる?
「お前らはまだしもロックのことはよく知らん。付くかって言われりゃ「わからん」としか言えんぜ」
「うん。とりあえずジェイはそれでいい。俺はあいつは信じてもいいかなって思ってる。ただ、付いて行けないからなぁ。邪魔しないように、火の粉を被らないようにはしたい。それからな、ロックに会ってもぜったいに声を出すなよ。がまんしろよ? 俺がちゃんと紹介するからそれまではなにがあっても声を出すなよ」
「いったいなんのことだ?」
「会えばわかる。いいな? 声、出すなよ」
そう言ってニヤリと笑うライズがもう後輩には見えなくなっていることに気付いた。
あとがき
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