第5話 退職金
時間的にはまだ昼前だ。
今朝目覚めてから二番目にやりたかったことをすることにした。
あ、一番目は処刑ね。
これはミッションコンプリート。
殺人行為に対しては自分でも驚くほど動揺は無い。
恨みを晴らしたということにしようと思ってる。
つまり、禁忌を犯した後悔ではなく『簡単に殺しすぎて物足りない』という思いの方が強い。
それを、理屈を付けて納得しようとしている。
前世の自分の倫理観とは相容れないのはわかる。
そこは無視だ。
そんなものは生き延びてから考えればいい。
哲学なんてものは食うに困らない奴らの戯言だ。
お前もいっぺん奴隷になってみろってんだと言ってやりたい。
そうそう、やりたいことね。水浴びだ!
どっちか迷ったが西地区から遠くなる下流を目指す。
三百メートルほど移動して川の近くに草が生えていて死角が出来そうな場所に向かう。
単独行動の時に水浴びとかどんな素人だよって感じだが『索敵』と『収納』があればなんとかなりそうな気がする。
もう、ね、ガマンの限界。
手早く装備を外して服も脱ぐ。
服を洗うか悩むところだ。
焚火をして乾かす時間も無いし今回は泣く泣く服の洗濯はあきらめる。
サンダルだけは脱いでもしょうがないので履いたままだ。
サンダルは革製でしっかり裸足の足に固定してある。
ざぶりと川に入る。
それなりに水流のある川の水は真夏でも冷たい。
まだ春先の水は肌を刺すような冷気を感じる。
だが気にしない!
ざぶざぶと入って膝の高さのところで座ると何度も手足と顔を洗う。
ひとしきり洗ったら頭ごと潜って髪を洗う。
息の続く限り潜って洗っても一向に髪がほぐれた感じがしない。
水が髪の間に入っていかないだと?!
皮脂や汗、ほこりなどの汚れ、とにかく汚れていて謎のバリアーが発生している!
それを何回か繰り返して最終的にはあきらめた。
ダメだ! 汚れが酷くて冷水じゃどうにもならん!
この伸び放題、汚れ放題十年の芸術作品どうすればいいんだ?!
まぁ最初のころよりはマシになっただろう。
そこからは手の届くところを全て擦りまくった。
まだまだ洗い足りないが、これ以上は低体温で動けなくなりそうだったのであきらめて上がることにした。
俺は自由なのだ。また入ればいいさ!
ものすごく嫌だなぁと思いながら脱ぎ散らかしてあった服と防具を身に着けた。
普通は水浴びの前に焚火を作っておくものだが、それさえもやっていない。
というかソロなのに真昼間にノロシを上げる馬鹿はいないからしょうがない。
パーティーを組む気は無かったのだが、こういった雑用を考えるとパーティーって便利だよなぁと思う。
ただ、この腐った世界で信頼を寄せ合える仲間を見つ出す自信が無かった。
震えながらこの場を離脱。
とりあえず森の出口を目指す。
二、三日はグランデールに帰りたくないのだが『赤竜の爪』はかなりワイルドスタイルな野営をしていたので、まともな野営道具が無いのだ。
あいつら獣だよ獣。馬鹿が。
『恵みの森』の中でソロで過ごすのに何の準備も無いのはさすがに休める気がしない。
三十分ほど移動して窪地を見つけると、そこで戦利品の検分をすることにした。
死んだ冒険者のものはすべて見つけた者の所有物となる決まりだ。
まずは、先ほどドーガの胸当てから出てきた袋の中を確かめる。
マジか! 金貨じゃないかこれ。
金貨が一枚、大銀貨が四枚、銀貨が五枚も入っていた。
この大金がパーティー資金なのかドーガのヘソクリなのかはわからない。
まぁ、俺が有意義に使わせてもらおう!
ロガリウス帝国内で流通している貨幣は価値の低い順から賤貨、鉄貨、小銅貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨となっている。
小銅貨十枚で銅貨、銅貨十枚で大銅貨、というように十単位で位が上がる。
普段の買い物ならスラムでは銅貨まで、壁の中でも大銅貨までしか使うことはないそうだ。
銀貨以上の買い物は、よほどの品物か商売でもない限り個人で使うことはないらしい。
ただ、上位の冒険者だと武器防具のこともあるし、その限りではないだろう。
俺にとってはまだ見ぬ未知の世界だ。
元日本人の感覚としては銅貨=千円ぐらいか。
スラムなら銅貨一枚で朝飯付きで一人部屋での一晩の寝床が確保できる。
パンとか謎肉の串とかは賤貨とか鉄貨で買える。
個人的にはちょっとそのあたりの価格帯のものは食べたくないけれど。
普通に食堂で夕食なら小銅貨数枚で食える。
とにかく、ドーガのへそくりだけでざっくり一千五百万円だ。
いやー、この三年間よくがんばりました俺!
税金が引かれない報酬って、いいよね~
しかしこいつの具体的な金銭価値は?
うーん、よくわからん。
ものすごーく大金だってことはわかった。
……これ、何の金だ? なんか四枚の証書ぜんぶ燃やしたくなってきたなー。
よし、気持ちを切り替えて楽しい追剥の開始だ!
まずはリーダーのドーガから。
遺体を出すと装備と衣服を剥ぎ取る。
今度は身体と防具を傷つけないように外していく。
洗ったことのないおっさんの汚い裸なんか興味はないが、これもお仕事だと思って割り切って作業的に終わらせる。
素っ裸にしたところで遺体は速攻で収納。
はぁ、汚いものを見てしまった。
なんかもう奴隷仕事の続きみたいな屈辱感あるな、これ。
これからさらに四本も……
金と小型のナイフ、ベルトなど小物だけを残して今使えなさそうなものは収納。
次は斥候のザイ。
こちらも金銭と使えそうな武器、小型の道具、ベルト以外は収納。
さっきリーダーのドーガから抜いたものと比較して、良さそうな方を残して他は収納。
狩人のイルム、魔法使いのクメイル、盾役のボイルと作業を続ける。
盾役のボイルは装備を外すのがすごく大変だ。
ただでさえプレートメールは脱着が大変なのに歪みまくってる。
誰だよこんなにぐちゃぐちゃにしたの。
ふと思い立って身に付いてる装備を『収納』したら出来てしまった。
がっくりと両手をついた。
今までの苦労なんだったんだよ。
汚いもの見せられた分だけ損したわ!
そこにあると認識さえすれば収納できることがわかった。
やっぱりこのあたりは不思議効果だ。
魔法もそうだが、個人の主観にものすごく影響している。
やってみないとわからないが、仮に納豆やチーズを一回収納してから排出しても発酵が止まるわけではないのではなかろうか?
俺が発酵菌を生物的な意味で生命体だと認識していないからだ。
検証は必要だがどうだろう。
納豆はこの世界に無いけど。
どうかご都合主義であってくれと願う。
さて、さすがに五人分の小銭を集めるとなかなかいい金額になった。
それぞれが「金が無い」が口癖だったが、やっぱりみんな金を隠し持っていた。
中でもへそくりが一番大きい。
ベルトは狩人のものが一番良さそうだったのだが、長過ぎたので背が低い斥候のものを使うことにしたが、それでもまだ長すぎてグルグル巻きだ。
スラムに戻ったら狩人のものを調整するか新しいのを買うかだな。
装備品の購入はいつも付き合っていたが、自分で買ったことが無いので相場とかはわからない。ボッタクられそうだなぁ。良い店が見つかるといいんだけど。
荷物の整理もできたところで森の出口を目指す。
『出口』といっても迷路ではないので決まった場所があるわけではない。
森から出ようというだけの話だ。
現金はほとんど期待していなかったので、思わぬ大金が手に入りうれしい誤算だった。
これだけで当面の生活は保証された。
安堵感が広がる。
俺の苦節五年に対するうれしい退職金だ。
この金と装備を処分する収入で生活基盤を整えたい。
早く町に戻りたいが、まだ森でやっておかねばならないことがある。
さて『探知』を使って楽しい狩猟の開始だ。




