第4話 ヤれ
視線の先は森が途切れて陽光が差している。
この先はちょっとした崖のようになっている。
二メートルほどの急坂を降りると河原だ。
河原の奥行は十メートル。
その先の川幅は五メートルほど。
向こう岸も同じような河原になっているが、崖の高さはかなり低い。
この川が氾濫するとしても向こう岸側に流れ出るはずなので、今いる側にキャンプを張る冒険者は多い。
今俺たちがいる場所は木も密集することなく、焚火や野営をするには申し分のない場所だ。
パーティーの連中は、ここで獲物がいなかったら、このまま早めの昼食にさっきのラビットを食ってもいいな、とか考えていそうだ。
崖の手前でハンドシグナルで全員にストップを送る。
先行しながら崖下が見下ろせる草むらに潜って身を伏せる。
いきなり崖上に姿を晒すような真似はしない。
連中に疑われないよう、いつも通りの動きだ。
河原にはまだ時間が早いのか他の冒険者の姿は無い。
幸い、魔獣の姿もない。
もちろん探索で事前に調査済みである。
身を隠している者がいないことも確認したら崖下の草むらの中に見えている石に対して初の『出納』スキルを使う。
『収納』を発動させた瞬間、まるでコマ落としのように石が消失した。
自分の意識の中に収納した石の存在を感じる。
形状から重さ、さらにはそれが動いていないことと温度や硬さまでが情報として読み取れる。
実際に目で見たり、手で持ったりした時の情報を視覚や触覚に頼らない方法で知覚する感覚が不思議だ。
不思議だが違和感は無い。
次にそれを外に出してみる。
元あった場所に『排出』を命じる。
やはりコマ落としのように現れた。
しかも、まるで音がしない。
出現時に落下しなかったのだ。ぴったりそこに現れたのだ。
魔力を消費した感覚も無い。
スキルはスキルであって魔法ではないことが確定。
使用回数制限の有無はまだわからないが、何かをカウントしている感覚も無いので、回数制限があるようには思えない。
いよいよ実行の時だ。
敵の数は多い。
楽しんでいる余裕を持ってはダメだ。
粛々と行えばいい。
いつもの狩の時と同じだと自分に言い聞かせる。
後ろの連中から河原は見えていない。
念のために、奴らからは確実に見えない崖下や遠くの石に限定して手当たり次第『収納』
まだ容量制限のようなものは感じない。
素晴らしい。
かなりの量を入れたが、瞬時にすべての石の情報が理解できる。
これには驚いた。思考力の限界を遥かに超えた理解度だ。
これが技術か。
収納した石を重さ順、大きさ準に並べるのも一瞬だ。
『握り拳大の石』を選び出すのも、『頭の大きさの石』の抽出も思いのままだ。
それを数えることもなく何個あるのかも一瞬で情報として理解できる。
現在収納している石の合計は二百五十八個だ。
テストを続ける。
右手上流方向、離れた場所の上空五メートルに人の頭ほどの石を『放出』
水面に着水する前に『収納』で再回収。
回収した石には速度とその方向の情報が追加されていた。
俺は心で快哉を叫んだ!
最悪、収納時に速度は消失してもなんとかなると思っていたが、これで限りなく必殺に近付いたのだ。
後ろの連中からは見えない位置で、同時に数十個の石を同じように上空から落としては収納するということを繰り返す。
その間、余裕を持って三十秒。
三十秒間の自由落下だ。
ここまで、俺が崖下を覗き込んでから一分少々しか経っていない。
後ろにいる『赤竜の爪』のメンバーの位置は全て把握している。
ハンドシグナルでもう一度「待て」を指示。
探知によるリアルタイムの位置情報で全員の頭上数センチの位置から十キロほどの石を排出するようにセット。
動かない相手だ。実際に目で見なくても間違いようがない。
十キロの石の自由落下速度は時速二百キロオーバーだ。
これを保険として、続けて、メインでやりたかった方法をセットしていく。
三キロほどの漬物石サイズの石を全員の顔面、鼻の前数センチの位置に水平方向に落下するようにセット。
これも自由落下速度は余裕の時速二百キロオーバーだ。
まず魔法使い、斥候、狩人が邪魔だ。
こいつらには何をされるかわからない。
攻撃特化の俺にとっては、遠距離攻撃を持っている相手は相性が悪く脅威度が高い。
それに、まだ奴隷紋がどう反応するかわからない。
この目で実際に見て実行したいが、失敗した時に疑われないよう、振り返らないまま顔面前の石の『排出』を……
実行。
ゴチャッ!
後方で激しくぶつかったあとに何かが潰れるような、弾けるような音がした。
振り返って確認。
三人の顔が失くなっているのがわかった。
よし! 殺せた!
次いで盾役の顔面を飛ばす。
『排出』オン
ゴギャン!
フルフェイスのヘルメットがひしゃげる凄い金属音と共に巨体が仰向けにひっくり返った。
なにが起きているかわからなくて慌てるリーダーのドーガの両手拳、両肩、両膝、腹、に拳サイズの石を『排出』
このサイズだと速度は時速二百キロには届かない。
ゴゴッゴゴゴッ!
たまらず膝をつくが、その膝も負傷しているので喚きながらひっくり返る。
起き上がろうと無意識に地面に手をつくが、その手も負傷しているのでその場で仰向けになるしかないドーガ。
「ぐおおおおおお!」
突然の痛みに悲鳴にも似た雄叫びを上げる。
腕と足を中心に石を散発的に落とし続けながら近づく。
革鎧がしっかりと防御してこの程度の大きさの石だと打撲以上の損傷は与えられない。
ガードの無い、むき出しの肉体部分を狙ってピンポイントで石を当てていく。
ほとんどゼロ距離からの攻撃だ。こんなもの避けようがない。
狙った場所に必中だ。
ドーガは、何が起きているのかわからないまま逃げようとするが手足は潰れて自由はもう効かない。
俺はドーガが取り落した槍を拾い上げると、槍の石突を使って腰のバトルアックスを引っかけて、そのまま手の届かないところに放り投げた。
目線をドーガから離すことはしない。
「アッシュ! どうなってやがる! 皆はどうした! く、薬だ! ポーションを寄越せ! はやくしろおお!」
うーむ。顔は負傷してないからよくしゃべるなぁ。
ちょっと大人しくさせるか。
俺は、片側だけ口裂け男にしようと思って槍の刃先をドーガの口に突っ込むことにした。
刃先が口に届く瞬間、動きがピタリと止まった。
「マジか」
思わず口をついた。
ドーガは脂汗を流しながら目を見開いた。口元は下卑た笑みに歪んでいた。
「は、はっ、ははっ。お前か? まさかお前なのか? な、なにしやがった!」
俺はおもしろくなって何度もドーガの身体に槍を刺そうと突きまくった。
その度、意識とは無関係に刃先は身体の手前で止まる。
意識とは関係無く身体の動きに制限が掛かってるのか?
意識は新しい俺に書き換わったけど、肉体は変わってないから呪いが効いているとか?
いったいどうなってんだこりゃ。
ふー。危なかった。
やっぱり俺自身の手では殺せなかったか。
そもそも昨日までは殺意を抱くことそのものに制限が掛かっていた。
殺意があっても行為としてもリミッターが掛かるとか怖すぎだろ。
ひょっとして『出納』という前世由来のスキルが効いているのか?
とりあえず検証は後回しだ。
ドーガの顔の近くにしゃがみながら話しかける。
「なーなー、ドーガ。助かりたいか?」
「ああっ?! なんだてンめー! 誰に向かって口きいてんだ!」
こいつすげーな。馬鹿なのかな? あ、馬鹿なんだった。
ゴッ!
右ひざに一発。
ぎゃーーーっとドーガ。
「なーなー、ドーガ。助かりたいか?」
さっきとまったく声音で聞く。
「お、おめぇ、まさか」
激痛にうめきながらまだよくしゃべる。
ちょっとしたお茶目ないたずら心で右手の人差し指をスーっとドーガの右手に向ける。
ドーガの目線がもう一度「まさか」と言ってた。
人差し指をひょいっと下げる。
ゴチャ!
「ぃぎゃあああああ! や、やめろぉぉぉ!」
「なーなー、ドーガ。助かりたいか?」
目が合った瞬間に人差し指を立てながら質問する。
「わわわわわかった! わかった! なんだ!なんだ!なにが欲しいんだ!」
おー、やっと会話になった。
にこりとしながら答えてやる。
「契約書を出せ」
なに?という顔をしている。
「奴隷契約書を出せ。身体を全部潰してから探してもいいんだぜ?」
こいつにはこいつと同じ程度の言葉遣いの方が理解度が上がりそうだ。
「顔。失くしてからの方がいいか?」
ドゴッ!
その瞬間、ドーガの顔の真横に十キロサイズの石が落下。消失。
ドーガが激しく顔を振っているのは仲間の状態を気にしているからだ。
ワンチャン、助けが来ないかなという願望が出た行動だ。
希望が絶望になるまで何もせずに待つ。
ドーガの位置からは斥候のザイ以外のメンバーが見えているはずだ。
どいつも顔面が吹っ飛んでいて、もう痙攣も出血も収まっていた。
血臭が酷くなってきた。
急がないと魔獣が寄ってきそうだ。
「ドーガ。急がないとお前、死ぬぞ」
この期に及んでも自分が死ぬなどとこれっぽっちも想像できないドーガは痛みに顔を歪めながらキョトンとしている。
ダメだこれ。想像力が欠如してやがる。
元から馬鹿だからなのか突然のことにパニックになってるからなのかわからんが、こいつ、俺がいなかったらマジでとっくに死んでたよなぁ。
「これだけの血の臭いだ。もうすぐフォレストウルフの群れが来る」
シリアスな顔で言う。
失血死とか想像も出来なさそうなんで、こいつの頭でも理解できる死に方をレクチャー。
こいつに皮肉は通じないわ。おもんな。
ドーガに対する興味が急激に薄れていく。
「ポ、ポーション」
「契約書が先だって言ってんだろが!」
「は、はーあっあ」
なんか情けない声出してきた。
革の胸当ての内側を探ろうとしだしたが手がぐちゃぐちゃなので出来ない。
どうしようかなこれ。
やっちまってもよさそうだよなぁ。
「ドーガ! ドーガ! こっちを見ろ!」
動きを止めてうつろな目でこっちを見る。
痛みと緊張で正常な判断が出来なくなってきているのかもしれない。
腰のポーチからポーションを出す。
ドーガの視線がポーションだけを追って彷徨う。
ポーションを俺の顔の高さまで上げる。
俺が待たされている低級ポーションなんかじゃ今のドーガの怪我の状態だとどうにもならないのだが、まともな判断の出来なくなっているドーガには万能薬に見えるらしい。
「ドーガ! 契約書は胸当ての中か!」
中毒患者のようにポーションを求めながら激しく首を縦に振る。
ゴヂャッ!
俺が飛び退るのと同時にドーガの顔が潰れた。
こいつの汚い返り血を浴びるなんて耐えられないよね。
仰向けに倒れている身体から急いで胸当てを外す。
切れるハーネスはナイフで切断する。
身体ごと刃が通って出血するが気にしない。
刃が通ることで契約書が無効になったことには気が付いたが作業を続ける。
トドメを刺すのは狩りも戦場も同じっ?!
バッ! と振り向き様に自分の目の前から向こうへと高さ三メートルの石を水平に落とす!
そこは盾役のボイルがいた場所だ。
石が重力に負けて地面に落ちる前に再収納。
俺から見えたのはひしゃげた鎧の隙間という隙間から血をぶちまけながら転がるボイルだった。
そのまま勢いよく大木にぶつかって止まった。
今度こそ動かなくなった。
くそ。フルアーマーヘルメットか。
あいつ、バケモノだったな。
さっきの続きだ。
ドーガの胸当てを身体強化も使って剥がす。
胸当ての内側はだいたいみんな多重構造の隠しポケットになっている。
すべて引っ剥がすと金の入った袋や書類のようなものが出てきた。
くそ、字が読めないから奴隷契約書がどれかわからん。
この時点での撤退も考慮して索敵を飛ばして周囲の状況を再確認する。
聞き慣れない騒音が発生したこともあってか、まだ魔獣は寄ってきていない。
他の冒険者の姿もなかった。
遺体のそばを離れて地面に書類を広げて確認する。
いざとなればすべてを収納して脱出すればいいだけだ。
書類は全部で四枚だ。
字はまったく判読不能だ。
前世記憶も役に立たない。
血判がひとつしかない書状は奴隷契約書ではないはずだ。
四枚中、二枚が血判がひとつのものだった。
その二枚をとりあえず収納。
さて、この二枚の内のどちらかが契約書の確率が高い。
うん、やっぱり今はわからん。時間がないからあと回しだ。
結局全部収納した。
遺体のところに戻る。
血の臭いが酷くてここにいたくないなぁ。
あ、と思いついて遺体を『収納』してみた。
一瞬の後、すべての遺体が消失した。
「なんだよ。収納できたのか。まさか生きた状態で収納できたりは……」
空を見上げると鳥が飛んでいるのが見えた。
『収納』 うん、ダメだ。
次に地面を歩いている小さな虫に対しても『収納』したが出来なかった。
そしてその虫をつぶすと『収納』できた。
なるほど。生命体は収納できないということか?
次に血だまりを見ながら地面を切り取るイメージで『収納』
ダメだった。
ついでに川の水に対して『収納』
これもダメだった。
『個』に対してしか発動しないのか?
これ以上の滞在は危険と判断。
離脱を急ごう。
崖の淵に戻って川を観察。
目撃者がいないことを確認して石を追加で適当に収納しておく。
とりあえず遺体の装備を検分したい。
離脱開始。




