第56話 奴が来る
一方その頃、西スラムギルドでは!
美人エリート受付嬢のコリー(十八歳独身恋人なし)は朝から憂鬱だった。仕事で相手をするのは小汚くて下品な野蛮人ばかりだ。たまに壁の中の冒険者を相手にするとホッとする。今朝も野蛮人相手に忙しかった。スラムの冒険者は文字を読めない。だから壁にはほとんど依頼票は貼られていない。壁に貼ってあるのは中央から回って来た依頼票だ。それを義務として貼っているだけで基本的にウチは無関係だ。スラム用の依頼はその都度スラム職員がその場で読み上げる。いくつも手が上がる場合はギルド職員が指名して受領する冒険者を選ぶ。冒険者同士で決めさせると死人が出るからだ。そんな不毛な仕事が終わって人事異動まだかなぁと思っていた時だった。
ジェイが正面入り口からギルド内に駆け込んで来た。仕事をしていない日はだいたい昼前にフラっと来て酒場でエール一杯でずっとダベっている。たまに他の冒険者に奢ってもらっているみたいだ。ジェイが入ってきたことで「ああ、今日もそんな時間か」と思ったのだが、なんだか今日は少し様子が違いそうだ。
ギルド内に慌てたように駆け込むなり酒場の飲み仲間に向かってハンドサインでなにやら送っている。それを見た冒険者の中には慌てて席を立つ者もいる。いったい何事だろう。でもジェイが騒いでいるぐらいのことにいちいち付き合っていられないので他人事と思ってぼんやり見ていたのだが、ハンドサインを送ったあとこっちに走って来た。
「きたきたきた! 来たぞ! 赤い奴だ!」
なんですってー! 一瞬にして全職員に緊張が走る! ジェイはそれだけ言うと解体所のドアからいつもの三倍のスピードで出て行った! 長椅子でダベっていた冒険者もジェイに続いて解体所ドアから出て行った。次の瞬間、急に人気の寂しくなったギルド内に奴が入って来た。
全身真っ赤な服だった。そして頭の上にはこれまた真っ赤な自分の顔の長さよりも長いんじゃないかという奇抜な帽子を被っていた。彼こそはポメラ・マルチーズその人だ。誰?
マルチーズ男爵家の四男で西冒険者ギルドのギルド長であるデミトリー・カルチェンコ男爵の飼い犬と呼ばれている男だ。
「やあやあやあやあ、ボクだよぉ。おやぁー。今日のカウンタアわぼぉくのかぁわいぃ子犬ちゃんのコリーちゃんじゃないかぁーい。君にはなぁーぜか親近感がわくんだよねぇー」
コリーは自分でも理由がわからないが名付けをしてくれた父方の祖父に文句を言いたくなりながらポメラに挨拶をする。相手は貴族家に連なるものだ。どんなにアレな奴でも蔑ろにはできない。
「これはこれはポメラ様、ようこそいらっしゃいました。先触れも無いということはさぞかしお急ぎの訪問理由がおありかとお見受けいたします。本日はいかがなさいましたでしょうか」
視界の端に正面入り口からさりげなくギルド内に戻ってくる野次馬ジェイを視界に捉え内心で舌打ちしつつ、先触れも無しにいきなり来やがってという皮肉を込めた慇懃無礼な挨拶を返す。彼女の上司職員は心の内でコリーの度胸を褒めたたえ業務査定の評価を上げた。ポメラはそんな機微にはこれっぽっちも気付かない様子で応える。
「ん~ふ。ぼぉくも忙しくてねぇ。今日はちょぉっと急ぎの用なんだよぉ。ギルド長はいるかぁい」
これはポメラが毎回スラムギルドを馬鹿にして言う挨拶だ。
西スラム冒険者ギルドにギルド長はいない。五年前の戦争で当時のスラムギルド長が戦死してから空位のままなのだ。従って、現在の西スラムギルドの最高責任者は副ギルド長のパーシル・アラモンド(婿養子)になる。
「ポメラ様、御冗談を。五年前より当ギルドにギルド長はおりません」
コリーは、まるで「次はお前の番だ」と言わんばかりに次の言を継がずニコニコしながら立っているだけだ。ギルド職員たちはだんだんコリーのことが怖くなってきた。
「んっふっふっふ。君のそぉいうところぉ、ぼぉくは嫌いじゃあないんだよぉねぇ。それじゃあふぅくっ、ギルド長ぉおを、呼んでくれるかぁい」
副ギルド長は昨夜、今日の当庁が昼ごろになるというメモを残して帰宅したきりまだ来ていない。ちっ。なんでまたこのめんどくさい時に不在なんだっ! コリーは内心で今日何回目になるかわからない舌打ちをしていた。
「ポメラ様、あいにくと副ギルド長は本日の当庁は昼ごろになると聞いております。正確な当庁時間はわかりかねますがいかがいたしましょうか」
それを聞いたポメラは大げさに顔に右手を当てるとよろよろとよろめいた。
「なぁ~んて、こったぁい。こぉのぼくぉおを、まぁたせよおぉっていうのかぁい」
「ポメラ様、副ギルド長をお待ちになるということでよろしいですか? それであれば担当職員がお部屋までご案内いたしますが」
淡々と仕事を進めるコリー。誰かさんが見ていたら手を叩いてその仕事っぷりを褒め湛えそうだ。しかも自分はカウンターシフト中ということで案内は他の者にやらせる気満々だぁ!
ポメラは顔に片手を当てたままたっぷり十秒使ったあとに溜息と共に吐き出すように言う。
「はああああぁぁぁ。そぉだぁねえぇ。ぼぉくも仕事だぁからねえぇ。まぁたせてもらうぅよぉ」
「かしこまりました。それではただ今、担当の者がご案内いたします」
言うや否やズバッ! と事務所を振り返り間髪入れずに
「シンディーさん、お客さまのご案内をお願いいたします」
「ひっ! ……は、はい、ただいま」
ことあるごとに若くて華のあるコリーにどうでもいい小言を言うシンディー(三十六歳独身)に白羽の矢を立てるコリー。
他の職員は、もうぜったいコリーの機嫌は損ねまいと誓うのだった。
つづく。




