第55話 堪らない
ハンドサインでホーンラビットの位置を送る。今度は左前方だ。移動開始前にホーンラビットを見つけたら何回か手本を見せると言ってあるのでここではもう直接言葉は掛けない。
ゆっくりと忍び足でホーンラビットの前に出て行く。こっちが気付いていないフリをしてホーンラビットの攻撃を誘うのがいつものやり方だ。狩りをするだけなら『出納』を使えば一瞬で終わるけど、今はオルカのための課外授業中。
左足を上げて降ろす瞬間にドン! と来た。こいつらは賢い。こちらが一番避け辛い体制の瞬間を狙って攻撃してくる。しかし、それをこっちがわかっているなら話は変わってくる。いつ攻撃が来るかわかっているのだから楽勝だ。これは俺が自分で発見したホーンラビットの習性で、さっきオルカに教えた以外、他の誰にも言ったことはない。
狩りをしている者でこれに気付いている奴は山ほどいると思うが、酒場だろうと奴隷小屋だろうとこの手の話は一切聞いたことがない。パーティー内だけで共有しているところはあるかもしれないが、血の絆ぐらい確かな繋がりがあっても情報共有しているかは怪しいものだ。それだけこの手の情報には価値がある。
おっと、ホーンラビットが突っ込んで来てるんだった。じゃあ、さっき言った通り、っと。
一歩踏み込んで避けたので背中のすぐ近くを左から右へホーンラビットが飛び過ぎて行く。
姿勢を低く時計周りに回転しながら右手の狩猟ナイフを離す。そのまま左腰の短剣の居合斬りでホーンラビットの首を半分ほど斬って空中にある狩猟ナイフを左手で掴み取る。
首を斬ったあと短剣を鞘に戻してそのままナイフを右手で掴み直す、というように、やろうと思えば右手一本で全部出来たが、短剣を拭く前に鞘に戻すのが嫌なのでやらない。
ホーンラビットが草むらに落ちる。延髄ごと切断したから死んだかな? 収納を掛けたら入ったので死亡確定。
一応、残心ということで辺りを警戒するポーズをしてから左手の狩猟ナイフを収納する。狩猟ナイフの鞘が腰の後ろにあるけど右手で抜くようにセットしてるから左手だと入れられないんだよね。短剣を水拭き掃除しながらオルカの元に戻る。
「ね? 短剣だと簡単に殺れるでしょ?」
「……簡単の意味が違う気がする。けどわかった」
まあ、アレだよアレ! 真似はしなくていいんだよ! 人それぞれの解釈だから!
「本当に安全を考えるなら弓とか槍なんだけどね。オルカは長物は使う気無いんでしょ?」
首を縦に振る。まぁ俺と同じで今の体格で長物なんか振り回せないからそれはいいや。
「今日はオルカに魔獣を狩らせるつもりはないから安心して。まずは普通のウサギからね。次にウサギを見つけたら狩ってごらん。ホーンラビットがいたら『出納』使うところを見せてあげるよ」
うんうんと頷くオルカ。今日のところはオルカを先行させる気もない。というか初心者をこんな森の奥まで連れて来たことを他の冒険者が知ったら呆れ果てるだろう。それほど奥まで入り込んできている。しかもたったふたりで。こどもが。
オルカが恐怖を感じている素振りがないのでガンガン侵攻してるけど大丈夫だよな?
「そういえばオルカは今ここにいることが怖かったりする?」
オルカの頭の上に「?」が見える。難しい質問じゃなかったと思うが?
「ロックが安全って言ってるから大丈夫なんでしょ?」
「うん。まったく安全地帯」
「うん」
「……だよね!」
最初に森に入った時とはだいぶ様子が違う。森の中でデイキャンしたことで度胸が付いたのかもしれない。油断してる感じはなさそうだから良い傾向だと思う。あとで気が抜けているんじゃないことを確認しようっと。
てな感じでそろそろ野生動物がいなくなって魔獣オンリーのテリトリーになりそうなところでウサギを発見。だまって近付いたらオルカから「こっこっ」と可愛い舌打ちの合図で『止まれ』と来た。ほっこりしながらもすかさず止まって姿勢を下げる。つくづく『赤竜の爪』時代との違いを実感する。マジかよ。男女混合パーティー楽しいじゃねえか。しっかり『探索』を使って、しかも正確に捕らえてたか! 俺に任せっきりで腑抜けてるわけじゃないことも確認できた。うーん、優等生だなぁ。このまま狩りまで成功したら花丸をあげよう!
振り返らずハンドサインでゴーサインを出す。オルカが静かに腰を落とした忍び足で前に出て行く。今のふたりの恰好はマントもバックパックも無い、一番身軽な戦闘スタイルだ。これがキュロスとかだと忍び足を後ろから見るとまた別の味わいがありそうなんて妄想したりしていない。
オルカが狩りに集中しているので俺はバックアップだ。相手は野ウサギなので反撃で怪我をする心配はまずない。練習にはうってつけの相手だ。ウサギは視野が広いのでどうやっても接近は知られる。ホーンラビットと違ってこちらに向かってくることがない代わりに逃げ足はとんでもなく速い。ウサギの逃げ足は最速で時速八十キロだ。トップスピードに乗った野ウサギは狼も追いつけないことがある。さあ、オルカはどうするのかな?
いきなりオルカがトップスピードで移動を開始する。身体強化をしていなかったら突然消えたようにしか見えないだろう。しかもホーンラビットのような地面を蹴りつける音はなかった。野ウサギが反応してダッシュする寸前にオルカの投じた投擲ナイフが野ウサギの行先を塞いで一瞬、立ち止まらせる。その瞬間、二投目の投擲ナイフが野ウサギの首筋に深々と突き刺さった。さらにそこにオルカが現れて短剣で上から貫くように延髄を断ち切る。素早く短剣を引き抜くと飛び退って地を這うが如く姿勢を下げて探索を飛ばして残心と警戒を続ける。
うーん。百点! いや、千点! 頭かいぐりかいぐりしたいぐらいだね!
オルカの元に歩み寄る。オルカは狩りの直後の軽い興奮状態だ。警戒態勢を解けないでいるのでわざと明るい感じで接していく。戦闘は終了したのだ。
「いいよー。文句なしだね。今のやり方ならホーンラビットも倒せてたね」
頭を撫でながら短剣を持つ手にもう片方の手をそっと添える。長物は冷静に扱わないと自分を傷付ける可能性が高くなって危ない。オルカも狩り自体は初めてではないだろうが……初めてじゃないよね?
「なんか、うまくできたかも」
戻ってきたかな?
「うん。本当にすばらしかったよ」
そう言ってそっと短剣を受け取る。
「投擲ナイフを回収して手入れしてしまおう」
自然な形でやるべきことを思い出させる。オルカは野ウサギの元へ行って二本の投擲ナイフを回収する。水に濡らした手ぬぐいを渡すと丁寧に手入れを始める。ベルトに差してある乾いた手ぬぐいで仕上げて鞘に戻す。俺が持っている短剣を返す。自分の武器は自分で手入れしなければ意味がない。初心者だろうがベテランだろうがこれが不文律だ。自分の武器を自分で面倒見れなくなったら引退だ。
「まずは軽く汚れを落としながら傷がないか、刃こぼれがないかを見るんだ。水で洗ってもいいよ。普通の鉄剣だと固いものが刃に付いてるとそれごと拭くと傷が付いてしまうし錆が怖いんだけど、この剣はちょっとやそっとのことでは傷が付かなさそうだね」
オルカは宝物を扱うがごとく丁寧に手入れしていく。気持ちは少しわかる気がする。
「オルカ、今見てて思ったんだけど、やっぱりオルカはダガーナイフを使ってた影響か短剣も両刃の方が良さそうだ。たぶん、無意識に最後も刺してたから。よかったらもう一度元に戻さない?」
オルカはちょっと考えたあとに交換に応じた。
「さ、手入れが終わったところで仕留めた獲物の処理だね。このままここで処理してしまおう。これが通常の狩りの手順だしね。オルカは野ウサギを狩ったことはあるの?」
「ルシアと何回か狩った」
「おー、そうなんだね。捌き方は大丈夫? 『銀狼の牙』はそのへんはちゃんとしてそうだったけど」
「たぶん大丈夫」
ということなので、せっかくなのでひとりで捌いてもらおう。麻紐とシャベルを出して渡す。オルカは枝の下まで野ウサギを運んで先ほど俺がホーンラビットを処理したのと同じように捌いていく。解体ナイフの切れ味に感動していた。わかる~。しかも解体ナイフは自分で選んだやつだから余計に楽しくなって笑顔になるよね!
俺の目の前では、血濡れの手で逆さ吊りのウサギを笑顔で掻っ捌く獣人美少女というマニアには堪らない絵面が展開していた。




