第54話 でもお高いんでしょ?
さて、創作ファンタジーの世界のように女性冒険者というものは本当に存在するのか? いないのか?
答えは『普通にいる』だ。当たりのスキルを手に入れて身体強化が使えたり魔法の才能があればそこらの男なんかメじゃないほど強くなれるのだから当然だ。あれ? でもだいたい身体強化の武闘派か魔法使いかのどっちかになるんだよな。俺ってたぶん魔法の才能もそこそこありそうだよなぁ。魔法戦士ってのはあるけど魔法斥候職って聞いたことないよね……なんかあんまり恰好よくないな。それだけ聞いても何やる人かよくわからんしな。忘れよう。
下世話な話を続けよう。俺は男女混合パーティーじゃなかったから内部事情がどうなってるかはよくわからん。でもまぁ奴隷小屋では、どこどこのパーティーで修羅場があったなんて話は毎晩のように聞いたからやっぱり揉めるんだろうな。特に倫理観の低い世界だしそんな時代だからなぁ。野営なんかしてた日には、そりゃあねぇ……
スラムの風紀の乱れはもっとひどいけどね。パンのひとかけらで身体の売り買いなんてまだかわいい話だ。スラムにガキがいっぱいなのってそういうことなんだよね。オルカが無事でいられたのは相当レアだ。それだけで彼女が冒険者としての資質と貞操観念が高いことがよくわかる。自分を大事にする心はサバイバルにおける生存本能の高さにも繋がるからパーティーメンバーにするには頼りになる資質だと思う。
というわけでスッキリしたところで本番の前に準備運動。
「オルカ、短剣の扱い方ってわかる?」
「んー。あんまりわかんない」
そうだよな。剣なんか握ったことないよな。
「ダガーナイフより剣の方がリーチが長いからできればそっちを使って欲しいかな。オルカが装備してるのは両刃だからどっちが当たっても相手は傷つけられるし、刺すのも難しくない。あとはその刃が自分に当たらないように気を付けるんだ」
まずはゆっくりと剣を鞘から引き抜くのと鞘に戻す練習だ。特に初心者は戻す時に怪我をしやすい。ちょっとした不注意で簡単に指が飛ぶのは日本刀の話だが、俺たちがもらった短剣も恐ろしく刃先が鋭い。これ、ちょっと凄いんじゃないか? 叩き潰すんじゃなくてちゃんと斬るのに使えそうだ。
「オルカ、ちょっとこの短剣ヤバそうだ。やっぱり俺の片刃と交換しておこう。扱いに慣れたら好きな方を使っていいから」
この短剣二振りは同じ人が作ったらしく、素材は一緒で形が違う実験的なやつらしい。オルカには片刃に慣れきってしまう前に両刃に代えてどっちも使えるようにさせよう。
俺は元から短剣を使っていたので取り扱い自体に問題は無いのだが、もう完全に我流になってしまっている。俺がちゃんと訓練やってたのって五歳から七歳までだからなぁ。型などは教えようが無いので、扱う際の注意などの指導になる。
「俺も小さい時に基礎を習ったっきりでほとんど我流になってしまったからあまり上手くは教えられないんだ。それに、急に新しい武器を使っても上手くいかないし、森の中は狭いから最初は剣ではなく実戦で使い慣れた武器で戦おう」
しばらく短剣の練習をしたら次はダガーだ。元々オルカは両手ダガー使いだから構えからしっくり来て様になってる。シャドーで新しいダガーの感触を試しているところだが、扱いやすいのか無意識に口角が上がっている。これは問題無い。
次は狩猟ナイフ。ベルトから素早く抜く練習をする。これも問題なし。装備が重く感じるならダガーか狩猟ナイフのどっちかだけでもいいかもしれない。
最後に投擲ナイフ。俺も得意だがオルカも上手かった。ただ、身体強化がまだ弱いので俺のように弾丸みたいには扱えない。まぁ、俺みたいに使う人っていうのが他にいるのかは知らないけど。オルカは、自身が得意だっただけにちょっと悔しそうだ。でも昨日、最初に会った時に脚の付け根の地面に刺さったナイフを見てるからか俺の投擲に対する羨望の方が勝ってるみたいだ。
「なんとなく感触は掴めたかな。それじゃちょっと奥まで行ってホーンラビットでも探してみようか」
オルカには両手にダガーを持たせて俺の後をつけさせる。今度は深部を目指して進行速度優先で真っ直ぐ進む。
「オルカ、獲物がいそうなところまで一気に詰める。俺の後をトレースしてついて来てくれ。出来れば途中で索敵の練習をしたいところだけど、動きのトレース優先で無理はしなくていい。実際には俺が完璧に『走査』で見てるから急に敵に襲われることは絶対にない。安心して練習して大丈夫だ」
オルカが少しホッとしながら頷いたのを見て時短のために普通に歩くよりも早い速度で移動開始。マンガとかだとわざと油断させて、訓練と称して会敵させたりするが、もちろんそんなアホな真似はしない。そういうことやると本当にあっさり死ぬから。アウトドアを舐めないで欲しい。だから俺の訓練中にアクシデントは無い!
ウサギやリス、キツネなどの野生動物を見つけるとハンドサインで方向と距離を教える。ついでに獲物の種類のハンドサインも教えていく。サクサク進むがハンドサインは同じものでも繰り返し繰り返しやる。オルカが完璧に覚えるまで何度でも繰り返す。口で喋るように無意識にハンドサインで会話出来るようになる必要がある。もうほとんど手話だ。パーティーとかだと独自のサインがあって身内にしかわからないものも多かったりする。大概が下品な言葉の隠語ばっかりだけど。
わからない時はわからないと言っていい雰囲気を作る。同じことの繰り返しになってもわからないこと、忘れてしまったことを遠慮なく質問させる土壌を作ってる最中だ。『だろう』で済ませるとお互いが不幸になるだけだからだ。
俺たちは二人で一匹だと何度も言う。これも大事なことだ。無意識のレベルで連携が取れるところまで持って行きたい。
やるべきと思ったことはやりきることが大事だ。俺たちは一匹の獣だ。左手の失敗を右手が責めるか? そんな馬鹿な話はないだろう。責められるべきはそうさせた頭だ。だからパーティーのミスは全て頭である俺のせいだと教えた。
何かミスってもオルカが悪いんじゃないから遠慮なくミスれと言ったらオルカは黙って頷いたけど、内心は俺のミスにさせないために自分がミスをしないぞという決意を新たにしただけだった。上司として嬉しい限りなのでその想いは黙って受け取っておく。
『走査』にデカいのが引っ掛かった。ホーンラビットだ。ハンドサインで停止を命じると同時に獲物の方向、距離、種類を伝達。まだ充分距離があるので頬が触れるほど顔を寄せ合って作戦会議。もう少し近付いたらオルカは待機で俺がホーンラビットを倒すところを見ているように言う。
ハンドサインで進軍要請。そして待機要請。方向、距離を報告。オルカへの見本のために狩猟ナイフを右手で逆手に持つ。二日前にも同じことをしていたのを思い出す。あの時よりは普通に倒さないと見本にならんな。
ホーンラビットの前を通り過ぎるフリをしてオルカから見えやすい角度で対峙するよう調整。
ホーンラビットが右斜め前に来るよう忍び足。腰を落として進む。そろそろ頃合いだ。右足を上げて踏み下ろそうとした瞬間、地面をドン! と蹴り上げてツノを突き出しながら突っ込んでくる! 一気に体重を前に掛けた踏み込みで加速してホーンラビットを自身の背後を通過させる。
背後を飛び抜ける気配を感じながら左手で右腰から抜いた投擲ナイフを振り子の要領で投げる! 投擲ナイフはまだ空中にあるホーンラビットの右後脚に突き刺さる。俺は投擲ナイフを投げたと同時にホーンラビットの予想着地地点に向けてダッシュを開始している。
着地したホーンラビットはこちらに向けて再攻撃を仕掛けようとするがナイフが刺さっているので動きが鈍い。ナイフの刺さった右側を意識しつつそのまま時計回りに後背に回り込む。ホーンラビットは刺された脚がうまく動かせなくて先回りしようと半時計周りに転回する。その僅かな瞬間にホーンラビットに向かって突っ込みながら右手の狩猟ナイフを左手に渡したついでに右手で投擲ナイフを引き抜く。ホーンラビットが方向転換を終える瞬間に合わせて今度は右手の投擲ナイフを自身の左下から右側へほぼ水平に斬るようにして投げる。ナイフはホーンラビットの右の首筋に突き刺さった。
トドメは刺しに行かずホーンラビットを通り過ぎて停止。停止した時には狩猟ナイフはシースに戻っていて右手には短剣が握られている。ホーンラビットは逃げようとするが二、三歩進んだところで動かなくなる。その瞬間、後ろからダッシュで肉薄して首筋に短剣を突き立てて一気に掻き切る。掻き切った瞬間に短剣を構え直してホーンラビットの後方へ飛び退って距離を取ると同時に周囲に索敵を掛けながら次の襲撃に備える。トドメと残心。これ、大事。
今さら普通にやるのって正直めんどくさい。次は短剣ですれ違いざまに首を落とそうと思った。
「まぁ、獲物と距離を取るっていう安全第一の方法なら投擲ナイフで少しずつ体力を削るのがいいかな。もちろん、腕に自信があるならナイフで直接斬りつける方法もあるけど、わざわざ近付く理由はないからなぁ。戦いのコツはダメージを与えるよりダメージをもらわない方が大事ってことだと思うし。最終的に勝てばいいんだからね。その時にはできるだけ無傷でいたいよね。あとは確実に殺すためのトドメとその後の警戒、残心はぜったいに怠っちゃダメだから」
オルカは俺の話を聞きながらさっきの様子を脳内リプレイ中。理屈じゃなく理解はできているはずだ。脳内処理が終わるまでちょっと時間をあげる。
ちなみにホーンラビットは収納済み。投擲ナイフと短剣をボロ切れを使って水洗い。短剣はホーンラビットぐらいだと斬った時の感触がほとんどなかった! サクって感じ。クセになりそう。それと錆びないっていいね! なんなら濡れたまま鞘に入れてもいいってことだもんね。
高かったけどお値段以上だわー。




