第51話 ブラ森
身体強化もなしにブラブラと『恵みの森』に向かって歩いている。オルカに俺の『探索』はそれより上位の『走査』になっていることを説明する。試しにオルカに俺に見えないように後ろ手に小石を握らせてそれが何個か言い当てるっていうのをやった。オルカは単純におもしろがってた。俺はその屈託のない笑顔を見ながら街のどこかに「賭場がねぇかな」とか思ってた。
街道を避けて、さらに『走査』で人も避けて歩いてきたので森に着いたけど周囲には誰もいなかった。オルカは基本的にソロだったので森で活動したことはほとんどない。ルシアに誘われて採取に来たことが数回だけだそうだ。だから、オルカの『探索』は街中で取得したことになる。よっぽど周囲に気を配って生きてきたっていうことだ。オルカにとっては街中が俺にとっての森だったのだ。子供を狙う奴らは多い。良い意味で、ということは万にひとつもない。その目的のすべてが邪悪だ。そんな場所で十二歳になるまでたったひとりで過ごしてあらゆる意味で無事だったオルカはそれだけで優秀な適応者だということがわかる。
まず俺が先頭を歩く。斥候として育てているオルカの前を行くということで二日ぶりの先行斥候をやっているわけだが、まったく悪い気はしない。それどころか後背のメンバーを先導する名誉と、命を預かる崇高な使命さえ感じる。これがパーティーっていうやつなのかな。
オルカには声が届く範囲の、通常より近い距離で後ろを歩かせる。森に入るまでに簡単なハンドサインをいくつか教えた。ストップ、しゃがめ、右左、歩け、急いで、一から五までの数字、そんなところだ。オルカは十までは問題なく数えられることがわかった。とりあえず充分だ。時々、練習のために無意味に簡単な指示を出してハンドサインの習熟訓練に充てる。
俺の『走査』で周囲の安全は確認できていることは伝えてある。その上で探索の練習を課した。安全とわかっている今も姿勢は低いままで移動している。バックパックなしだから楽勝だ。
「ここは街と変わらないよ。敵はどこにいるかわからない。先に見つけた方の勝ちだ。森だからといって特別に思わなくていい。オルカはもうできてるから自信を持っていこう」
ちなみにオルカにはスラムを離れた時にお金を渡してある。けっこうな大金だ。緊急時用のヘソクリと、普段用の財布を別にして胸当てのポケットにしまわせている。普段用の財布はそんなに大金は入れていない。オルカにはこれから金の使い方も教えないといけないな。
森に入る時からふたりとも鉢金を装備している。鉢金は額当てとも言うが、ヘアバンドの要領で前頭部を守る防具だ。子供の小さい頭だとサイズの合うヘルメットがなかったのでこれにした。何の素材だったか聞いたけど忘れた。鉄より硬くて軽いからこれにしたというだけだ。革の帽子みたいなヘルメットもあるが、耳が隠れるのは俺は好きではない。音が聞こえるのを阻害する要素がある装備はその設計思想が信じられない。正面だけしか気にしない騎士じゃあるまいし。それでも頭は胸と腹と同じぐらい重要なパーツなのでしっかり守りたい。どれだけ高級なポーションを持っていても、頭部打撃で意識を失えばその時点で終了だからだ。できれば後頭部も守りたいんだけどなぁ。
森の中を進んでそろそろ十五分経った。少し木がまばらで動きやすそうな場所があったので『止まれ』のハンドサインを出す。すぐに『しゃがめ』を出してしゃがむと、ほぼ同タイミングでうしろでオルカがしゃがむのがわかった。優秀な生徒に俺は今すぐにでも抱きしめるなり頭を撫でてやりたい気持ちを抑えて微笑でオルカを振り返る。
「オルカ、よく集中を切らさずついて来れた。すごいよ。普通は最初からこんなに長い時間森の中で索敵しながら歩くなんて出来ないよ。オルカをパートナーに選んだ俺の目に間違いはなかった。オルカがあまりにも出来ちゃうからついつい調子に乗って長時間の行軍をしてしまった。辛かったよね、ごめんね」
オルカが汗びっしょりの顔でニコリと微笑んだ。オルカにとってはいつどこから凶器が飛んで来るかわからない暗闇を歩く気分だっただろう。敵はいないと言われていてもこの緊張感を持ち続けられるところが優秀な兵士である証左だ。
「よし、ここの周辺には敵はいないからナイフをしまっていいよ」
オルカが微かに震える手でナイフを腰のケースに戻す。
「オルカ、今度からは今みたいに獲物を探したりする場合は、疲れたり喉が渇いた時は遠慮なく言っていいからね。戦う時はできるだけ体調は万全にしておきたいから。移動を最優先したい時は無理をしてでも進むこともあるけど、普段から無理をして進んでも良いことはあまりないからね」
オルカの頭に手を伸ばして鉢金を外してやって枝に引っ掛けて干しておく。収納から手ぬぐいを出して水魔法で濡らして軽く絞ったものを渡す。倒木に座らせたオルカが今初めて自分が汗をかいているのに気付いたように手ぬぐいを受け取って顔を拭き始めた。その間に俺は木製のジョッキを出して中に氷を入れて果実水を注ぐ。オルカが驚きのあまり口を開けて見ている。俺が果実水を注ぎ終わってオルカを見ていると、あわてて汗拭きの続きを始める。拭き終わった手ぬぐいを受け取って代わりにジョッキを渡す。
「オルカ。許可は待たなくていいんだよ。俺とオルカの仲じゃないか」
好きなだけ飲みなと果実水の入った壺をオルカの前に置く。自分用のジョッキを出して氷水を作って飲む。氷入りの飲み物を森の中で飲む。まるでキャンプかピクニックに来たかのような錯覚を起こす。こういう時、前世記憶が邪魔だなと思う。気を抜くな。
今はもう森の動物も魔獣もそんなに恐ろしいと思わなくなっている自分がいる。実際、大した脅威ではない。それよりも恐ろしいのは同業者である人間だ。こいつらの方がどんな飛び道具を持っているかわからない分、質が悪い。
オルカに技術を伝授する度に自分への戒めにもなっている。
『ゲームみたいで楽しいな』
ゲームじゃない命がけな世界でこんな風に思ってしまう俺はどこまで行っても異端児なんだろう。




