第44話 新歓
解体所のドアを出た瞬間に銀貨を収納して全開ダッシュ! 待ってろよ俺の子猫ちゃんたち! 『走査』は使っているが別に移動してることがバレても関係ないので移動速度優先で帰る!
『夕暮れの泉亭』の入口警備員は暗闇からすごい勢いで現れた美少女に一瞬身構えたが、一目見て彼だと気付いて警戒を緩めた。出ていくところを見ていなければ誰だかわらからなかったかもしれない。彼がなんでこんな格好をして夜の街を疾走しているかは気になったが、それを問うても返ってくる返答が理解できない気がしたので何も聞かなかった。
うおおお! 館内は走ってはいけません! 『走査』を使って女中さんのいない場所は超速移動! 三階の階段を上り切ったところで通常歩行でにっこりと「ただ今戻りました」と廊下の女中さんに挨拶。自分がサリアのワンピースとサンダル姿なことはこの際完全シカト。ドアをノックして中から開けてもらうのを待つ。背中に刺さる視線が痛い。すぐにミリィさんがドアを開けて中に入れてくれた。きっとこのことは明日の朝には全従業員が知ることになっているのだろう。何か良い言い訳ないかなぁ。
リビングに行くとオルカがお姉さま方に美の集中攻撃を受けている最中だった。よかった。間に合った。
「すいません、約束があったのをすっかり忘れていました」
みんなが「おかえりなさい」と言ってくれたが……
「ロック、その恰好で会う約束って……聞いてもいいのかな」
服を貸してくれたサリアからの当然の疑問。
「サリアさん、変なことには使っていないので安心してください。もし不安があるようでしたら新しいお洋服でお返しします」
「あ、うん、そういう心配は別にしてないから大丈夫よ」
「ありがとうございます。今脱いで洗濯をお願いしてきますね」
その場で脱ごうしたらキュロスに止められた。
「ロック! それ、そのまま!」
「え? ワンピースですか?」
「そう! わたしそれまだ見てない!」
どういうことだ……なんか嫌な予感しかしない発言じゃないかこれ。とっとと脱いでしまおう。と、今度はシェリルさんに呼ばれた。
「あらあら。髪が乾いてしまってるわぁ。これはよくないわね。お食事の準備までもう少し掛かりそうだからこっちにいらっしゃい」
そう言ってシェリルさんに手を引かれてまた浴室に連れ込まれて至福の施術を受ける俺。注意! あくまで洗髪のお話しです。
リビングに戻るとオルカはキュロスとサリアから爪を研いで、眉を整え、オイルマッサージという美化の集中攻撃を受けたあとらしく、すぐにシェリルさんも参戦していろいろやっているのだが……これ、俺も昨日やられてたな。なんてこった。完全に女子向けのメニューじゃないか。
氷の入った水を飲みながらぼんやりそんな光景を見ていたのだが、なにか揉め始めた様子。ちょっと話し聞こか。
「どうかしたの?」
「あ、ロック。なんかこれはダメだって言うんだけど」
キュロスが困ってた。どれどれ。
「あー、なるほどねー」
と言うと困った顔の四人が一斉に俺の方を向いた。
「えーと、オルカは俺と同じで冒険者なんですよ。(本当はただの浮浪児だけど)だから森とか行った時に身体や服、装備からなにか匂いがしたら困ることになるんです。獲物が逃げるし、逆に匂いに釣られて怖いのが寄って来たりもします。オルカ、そうだよね?」
そう言うとオルカは「そうそうそう」というふうに首を縦に振った。三人娘は「あー、そうかー、しまったー」と言う顔だ
「あー! またダメかー! 昨日はさー、ロックは一応男の子だから女の子用の香水とか香油を付けるのはガマンしたんだよねー。帰ってからもっといろいろしたかったのにーってみんなで悔しがったからさー、今回はいろいろ遊べると思って持ってきてもらったのにー」
……なんかいろいろ突っ込みたくなる文言があった気がするが済んだことなので黙っておこう。
「えーと、だから森に行く前は石鹸とか香油も落としていくぐらいじゃないとダメかもしれないんですよね。その辺は俺もまだ実際に試してないので何とも言えないんですけど」
その後、今日のことを詳しく聞くと、今回は「昨日と同じ」って伝わってたらしく、てっきりまた男の子だと思って来たんだと。で、風呂に入ったらいきなり俺がスケコマシじゃなくて女の子といたから、途中で店に連絡を入れて女の子用のお手入れセットを持って来させていたそうだ。オルカのためにいろいろ手を尽くしてくれたことにオルカ共々礼を言う。皆さんには、オルカはまだこういうことに慣れていなから、これからいろいろ相談に乗ってあげて欲しいとお願いした。
シェリルからは、もし今度またこういうことがあったらお店の方に直接来るように言われた。いや、そんな何回もあることじゃないですからって言ったけど、なんか信用は得られていないみたいだった。天然由来のニオイの無いオイルなんかもあるとかいろいろ講義を受けていたがオルカの頭の上には?マークだらけだった。道のりは遠そうだ。それはそうと、あとでその新人勧誘とは別で直でお店に行けないかっていう部分の相談に乗ってもらうか……。
俺は俺で今回の話からニュービジネスのニオイを感じ取っていた。ただし、本当に需要があるかどうかは今後のリサーチ次第だ。まずはグランデールにおける市場調査をしないことには新製品を開発したところで売れないだろうし、そもそも需要があるかもわからない。
そしていよいよ食事の準備が整ったとミリィさんが告げて退室していった。これ、俺が中座したからタイミング調整してくれたんだよな……ありがてえ。
ここで俺はオルカに話しておかなければいけないことがある。
「オルカ。大事な話だ」
ピクっと反応したオルカは透き通る青灰色の瞳で俺の眼を見る。
「俺は俺の大事な人とは分け隔てなく接して生きていく。今、この場にいる人は全員俺にとって大事な人だ。この世界での俺にとっての家族だ。だから全員で一緒に、同じテーブルでメシを食う。これが出来ないのであれば一緒にメシを食うことはできない」
「わかった、一緒に食べよ」
俺の口は開いていた。なぜなら俺の言葉はまだ終わっていなかったからだ。オルカの頬は上気し、潤んだ透き通る青灰色の瞳を見ればその言葉を疑う余地は微塵も無かった。オルカは「わかった」と言った。それは俺の想いが正しく「わかった」ということだ。俺の奴隷になろうとした女だ。こんなこと、なんてことないんだろう。俺はただ黙って頷いた。
「ということでごはんです!」
三人はまだ違和感があるのかフリーズしていたみたいだがオルカの手を引っ張って三人の後ろに回って押し込むように食卓まで連れて行く。
食卓の上の料理は昨日とはまったく趣向が違う。昨日の料理が高級コースなら今日のは高級バイキングだ! コース料理にしてもオルカにはわからない。だからわかりやすい料理にしてもらった。テーブルの真ん中にはドーンと肉の塊が! 蒸し野菜もドーン! スープの寸胴鍋がドーン! でっかい魚もドーン! バゲットも白パンもカゴにドドーン! フルーツもドカーン!
俺とオルカの席が並んでいて、向かい側に三人が座っている。五人で果実水で乾杯。
「今日もみなさんには大変お世話になりました。来てくださってありがとうございました。そして、今日はここに新しい仲間を迎えることができました。素敵な女性である三人のおねえさんから、オルカにいろいろ教えてやってください。オルカ、俺とパーティーを組んでくれてありがとう。これからよろしくね。みんなとの出会いを祝して、乾杯!」
みんなとグラスを合わせて果実水を一気飲みした。ひと仕事もふた仕事も終えたあとの一杯は美味かった! 今日一日で銀貨三十枚稼いだんだからこれぐらいの豪遊は冒険者なら許されるだろう! 冒険者じゃないけど!
そこからはみんなで手分けして料理を切ったりよそったりして楽しく食事をした。途中、いつの間にかシェリルの席が俺の左隣のお誕生日席の場所に変わっていて、いろいろ世話を焼いてくれたりした。そして、どの料理もたっぷりの量で食べきれないほどだった。意外なことにオルカは肉だけに執着することもなくいろいろな料理に手を付けていた。見るのも初めてな料理に大興奮だ。いいぞ! それでこそ成長もするってもんだ! いろんなところが大きくなれ!
オルカにはカトラリーの使い方をレクチャーしながらの食事だ。この宿だとフォークが全部二又なんだよね。製造工程の問題なのかな? 食事用は三又の方が使い勝手がいいはずだから作れるならそっちの方がいいと思うのだが。シェリルたちに聞いたらこれが普通だってさ。これも要リサーチかな。オルカはナイフは問題ないが、やっぱりフォークとスプーンがまだまだ難しいみたいだ。ふむ。今度箸作ろうっと。それとまだこの宿では麵料理は見ていないな。俺たちの食事時間がめちゃくちゃだから出せないだけな気もする。
三人は昨日よりもずっと自然に楽しそうに食事をしてくれたようだった。俺たちはもう大丈夫だろう。そして、俺が守るべきはこの場所ではなくこの人たちであり、この光景なのだと強く感じた。
そして俺は、残ってしまった料理を収納したくてたまらないのを心を殺して我慢した。あとで隙をみて少しでも……早めにこういったものをストックする作業に着手したい!
昨日よりも今日、同じ人たちと過ごすことで俺がこの世界で前進していることが実感できた。まだなにが正解かはわからないけれど、この世界では瞬きする間に思いがけない方向に人生が転がり落ちるリスクがありすぎる。わずか二日間で俺の眼の前を転落していった者、チャンスを掴んだ人を何人も見た。不幸の当事者にならないよう気を抜かずにやっていかなければいけないと覚悟を新たにした。
だが、異世界生活開始わずか二日目にして守るべきものがあることには大満足だ。




