第42話 修羅ババンババンバンバン
「あ、シェリルさん! よかった! 誰が来てくれるかわからなかったから心配してたんです!」
「ん~?」
「ロックー! きたよー!」
笑顔のシェリルさんの横から元気な美双丘が現れた。
「あ! キュロスさんも来てくれたんですね! ってことはそのうしろにチラっと見えてるのは……」
見えてるのは上半身ではない。でも色でわかっちゃった。
「サリアさんも!? わー、ウレシイナー……」
おかしいね! 全員が笑顔の現場なのにね! ぼく、よくわかんなーい。
なんとなく、昨日まではここにいなかった人が原因なのかもしれないという気がするよね。『一夜の夢』にはいったいどういう発注の仕方をしたんだ?! それにしてもここまでの空気になるほどのことか? 女の人はわからない。前世と今世を足せば俺は実はアラサーではなくアラフォーだ。そこはあえて気付かないフリでここまでアラサーとしてきた。だが、事ここに至っては、もはや年の功がなんの役にも立っていないのだ。こういう時はすべてを詳らかにするしかない! あるとすればなんらかの誤解だ! それを解くのだっ!
警戒態勢に入っているオルカを抱きしめるのをやめて、しかし、その肩には手を置いたまま(これは手綱だ)声を掛け続ける。
「みなさん、身体が冷えるといけないので中に入ってください。さあさあさあ! 紹介します。今日からパーティーを組むことになったオルカです。えーと、年は十二歳です。オルカ、こちらの三人のおねえさんたちは俺がものすごーーーーーーっくお世話になった恩人なんだ。彼女たちがいなかったら俺はもうこの街にはいなかったと思う。だから今日、オルカと知り合えたのもこの方々のお陰なんだよ! 俺の大切な恩人の女性たちを紹介させてよ!」
先行斥候で培った技の粋を投じて誰も気付かぬ内にシェリルの横に立ち腰にそっと手を当てながらオルカに向かって高らかに宣言するように紹介していくぅー! 腰をさわった瞬間ビクってなった気がするけどセクハラで訴えないでね!
「まずはこちらの長く美しい栗色の髪とやさしい眼差しの超絶美人で、人類で一番美しいプロポーションの女神さまがシェリルさん!」
身体強化を使った瞬間移動で右手を両手で握って
「こちらは昨日俺のことを正面から洗ってきれいにしてくれた世界で一番しなやかな身体で美双丘の持ち主の明るくて可愛いキュロスさん!」
勢いだけですべてを乗り切れ!
ズバ!っと音がする勢いで背後に回り込みそっと両肩に手を添えるようにして
「そして最後はこの誰もがうらやむ淡い桃色が食べてしまいたいぐらいそそる、年上なのに守ってあげたくなっちゃうサリアさん!」
最後に座っているオルカのところに着地して手を取って立ち上がらせて
「みなさん、先ほども紹介しましたがあらためまして。今日から一緒にパーティーを組むことになったオルカです。彼女も昨日の俺と同じく風呂に入るのは生まれて初めてなんです。ミリィさんにお願いしようとしたんですけど、やっぱり知らない人の前で裸になるのは恐かったみたいで……。だからみなさんに来ていただけて良かったです。オルカ、俺も昨日ここにいる皆さんに綺麗にしてもらったんだよ。今日は俺も一緒に風呂に入るから怖がらなくて大丈夫だからね!」
三人に向かって元気よく言う! この一連の作業、全員全裸! 全員全裸ってなんか新しい四字熟語みたいだね!
「それではみなさん! オルカをよろしくお願いします! みなさんみたいな綺麗な女性にしてあげてください!」
今ちょうどお湯を掛け終わったところだったんですよーとか、そろそろ石鹸が欲しいと思っていたところなんですよーとか。
めっちゃしゃべるやん俺。しゃべってるの俺だけだけど。
そこからはまだひとりは無理なオルカと並んで俺も一緒に昨日と同じことをされた。なんか昨日よりサービスじゃないスキンシップ的ななにかが増えてる気がするがそれは気のせいではない。なぜなら今俺の目の前には……
シェリルさんが正面にいらっしゃる。ナニコレ。頭洗っていただけるのはこの上なく光栄至極でございますが。小首を傾げたシェリルさんのお顔が正面に。目も口も微笑みを形作っている。しかし……洗いにくくないのかな? いや、俺はなにも言うまい! 言えない! 言わない! ありがとうありがとう。目は閉じない。泡が入ってもおおおうおうおうおおお! さすがに洗ってくれた。目を閉じるのはダメ。それは逃げたと思われる。それはやったらあかんやつ! ってわかるから。あ、ちょっと下向くんですね、はい。……あー、はい、全部、全部! 隊長! 全部見えていまぁす! 近っ! なんで俺が下見てるのに大双丘が見えるんだ?! 物理現象超えてきてないかこの双丘! でっぱりパねぇなこれ! え?! そしてからのぉ?! そのまま背中を洗うだとぉ!? 俺の背中洗うのになんで正面からのまま? 俺はもう全身がこわばってカッチカチやで。目の前にアレがあるデカイ。それが、当たる当たる当たるぅ。昨日のキュロスのおふざけのガチモードのやつだこれ。まさかの、対抗、とか? ……まさかね。
オルカがめっちゃこっち見てる。俺は無だった。ゼロを発見したこの世界最初の人類のフリをしている。俺は今ここにいるがここにはいないのだ。とりあえずオルカの視線がこっちに固定されている隙にキュロスとサリアがオルカを磨いている。そうか、これはそういう作戦なんだ! オルカの恐怖心を削ぐためにあえて! あえて! こういう不自然なことも取り入れてくださっているのだよ! その証拠にほら! オルカが頭を洗われているもの! 大人しいもの! 俺あとでオルカにぶっ飛ばされない? 大丈夫これ?
「うわー、すっごーい! オルカちゃんキレー!」
ん? 隣から珍しくサリアが大きい声ではしゃいでる? 俺は今ちょっと諸事情でそっち剝けないじゃなくて向けないんだが。
「うわうわうわ! えーこんなのはじめてー!」
キュロスちゃんや? いったいなにが?
「「シェリルねえさーん! これ見てー」」
さすがにユニゾンで言われたら、ちょっと忙しいお姉さんもこっちの大事な作業を中断してそちらを見る。
「あらあらあら。わたしにも見せてちょうだい」
ん? そんなに大事なことが? こっちの作業よりも? そう思って俺も振り向いた。
「え? それ、オルカの? どういうこと?」
「洗ったら出てきた!」
キュロスが満面の笑みで答える。
そこにはグレーというかブルーというか不思議な暗い色だったオルカの髪が光沢を帯びた明るいシルバーにブルーグレーが混ざるというかさらに不思議な色になっていた。気が付くと俺も手に取ってまじまじと見ていた。髪を手で掬って風呂場のライトや、ガラスの天然光に透かして見ると、その都度印象が変わる不思議で、そして美しい色だった。どうなってんのこれ?
「ふわー。すっごいね、これ」
思わず出た感想がこれ。イケてないことこのうえない。ハッとしてオルカに向き合う。
「オルカ! すごいね、前の色も不思議でいい色だったけど、こっちもすごくキレイだよ!」
「そ、そう?」
周りでぎゃーぎゃー言ってる間、やけに大人しいと思ったら。あらあらまぁまぁ。オルカも乙女チックなところあるじゃないか。美しいと言われて照れてたんだね。
「サリアちゃんもきれいなピンクだよね。ちょっとふたり並んでみてよ」
突然フラれたサリアがびっくりしながらも濡れた髪を整えながらオルカの横に来てポーズをとる。ポーズ! それ、いただきまぁす! 心のメモリーカードに刻め! くそ! なんでこの世界にカメラがないんだよ! サリオルのツーショなのに! くっ、尊いぜ……スクショ、スクショのスキルを我が手に!
俺が両手の親指と人差し指で四角を作ってふたりをそこにハメ込む作業をしてたらなんか枠の中の人が増えていった。これ以上は俺の心のメモリーが溢れちまうよ……
俺はあらゆる角度からのスクショを心のメモリーに刻むべく存分に脳細胞を活性化させてやった。しかし、これ以上やったら鼻血が出そうなのでやめた。
というかこんなことしてたらいつまでも終わらん。オルカの髪だってまだまだ途中だ。みんな作業に戻る。ちょっとなにか昨日とは違うギスギス? した感じがまだあるような無いような? だってずっとシェリルがにこにこしてるからぁー! シェリルが俺専属になってるけど誰も何も言えない感じだからぁ! 足も洗ってもらってるんだけど、俺ってもう自分で洗えると思うんだよね? 今度は足を洗うのになぜ後背に? そっ! そこから手を回すとか?! はん!? そんな技がこっちの世界にはあるとか?! ないとか?! いやー、やっぱり世界が変わると常識が変わるのかなー! なんてねー! あははははー! 顔はアルカイックスマイル。
もちろんオルカの施術も難航を極めていた。さすがに途中で我に返ったシェリルさんも恥ずかしそうにオルカの施術に参加。なんなら俺も参加。それはそう。もうそうしないと無理な雰囲気あるし。オルカの視線が俺を熱線追尾。俺が髪を洗ってあげてます。あ、はい、すいません、そうでしたそうでした。頭を洗う時は正面からでしたね! すいません、つい前世のクセで! こっちのやり方は前からでしたね!
だいぶ綺麗になってきた。オルカの髪は短いから洗うこと自体は俺の時よりは楽だった。いやー、これはマジマジと見てしまうわ。明日、陽の光の下で見るのが楽しみだね! って言ったら完全にデレた。キュロスとサリアもノリノリアゲアゲでやってくれてるから、オルカも洗髪を怖がる間もなかったみたいで平気そうだ。で、オルカがだいぶ綺麗になったところで今度はシェリルさんの髪を洗っている。俺が。正面から。なんでかって? 俺が知るか! うるさい! 俺は言われたことやってりゃいいんだよ! きっとあれだ! 俺が綺麗にしてもらったんだからちゃんとそういうのはお返ししないといけないんだよ! こっちのルールだ! 手だって足だって背中だって……あの、でっぱりがですね、やっぱり俺の体格的にまだ前から背中は無理があるかと、背中届かないっていやいやいや、そんな、ぎゅーってやったらもっといけるとかそんなああああはさまる! はさまる! はさまるからぁぁぁぁぁぁ!
いま何時なんだろう? だいぶ遅いよね? これ、宿の人に怒られない? え? その都度ちゃんと確認してるから大丈夫? そうなんだ。
いや、おねえさんたちさすがだよ。だってさ、最終的にオルカも洗いっこに参加してたから。みんなの身体をみんなで仲良くね。おれ、三回ぐらい洗われたけど。ぶっちゃけ昨日の身体洗浄だけだと落ちきれないものもあったと思うから、これで本当にピカピカの身体になったよ。
なんだかんだこの中では俺はぶっちぎりの最年少。最終的には調子に乗ったオルカに内風呂の階段のところでうしろ抱っこで浸かってたから。うん、俺の自尊心とかそんなちっぽけなものはどうなろうといいよ。だってオルカが声を出して笑ってたから。生まれて初めての風呂はどうだったって聞いたら、楽しいってさ。俺はそれが聞けただけで大満足だよ。だって、お前の身体見たらさ、俺より二歳も年上のはずじゃないか。それがお前。お前、まだ子供なんだから。俺もだけど。
スラムの子供たちみんなをなんとするなんて無理だ。すまないけど他のみんなは俺というガチャを引けなかったと諦めてくれ。オルカは俺を引いた。俺もオルカを引いた。それだけだ。俺の手も心もそこまで大きくはないや。今は、これがせいいっぱい。
今日、最後に手に入れた銀貨四枚分に関しては昨日ほどの罪悪感を感じていない。いや、違った。これっぽっちも感じていない。ああいう腐った連中を一掃するのはこの世界の俺の仕事みたいなもんだ。俺は品行方正でも正義の味方でもないけれど、俺の中の正義には従うわ。ここが暴力の世界で、そのルールで生きてる奴らなら遠慮はいらないだろう。すでに魔獣よりそういう輩の討伐数の方が多くなってる気もする。魔獣だとギルドに持ち込むと七割の税金が取られるならマンハントの方が儲かるんじゃないか? あれ? これってダメな思考なのか? ん~、誰かダメになった俺を止められる奴ってこの世界にいるのかなぁ……。
風呂の途中で何度もミリィさんが水分補給の差し入れをしてくれたのでそこは問題ないんだけど、さすがに腹が減った。ついにシェリルさんのお許しが出て上がることになった。
昨日の技『うしろ抱っこ』に続く新技『前から洗い』が爆誕して本日の入浴は終了だ。
俺の入浴の明日はどっちだ!




