第39話 即断即決
オルカは最初に会った時から何を考えているのか分かりづらい娘だったのだが、チンピラを片付けたあたりからやけに俺のことを目で追っているのには気付いていた。ほぼストーカーだ。森への往復ではぴったり後ろについて動きをトレースしていた。模擬戦あたりで何か思うところでもあったのかな?
さて、それはそうとして『銀狼の牙』は家だか寝床に帰ったはずだ。さっきそういう話をした。ではなぜ?
「オルカ、みんなと一緒に帰らないの?」
「帰る?」
首をこてっとしながら答える。かわいいというより首だけそれやられるとちょっと怖い。
「家というか、寝床?」
「ないよ」
「ナイヨ……」
しばしその意味を考察する。いや、ないわけない。でしょ?
「それってどういうこと?」
「んー。どこでも寝れるから?」
ほーん。枕が変わっても大丈夫的な? いや、そもそもスラムじゃ枕は使わないかー。ほなちゃうかー。
「聞いていいかわからないから答えなくてもいいけど、ライズとルシアは兄弟だし親がいるって言ってたから家に帰るのはわかるんだけど、『銀狼の牙』の他のメンバーはどうなの?」
「わたし『銀狼の牙』じゃないからわかんない」
「あー、なるほどね。」
……。
「えっ! なんて!? 『銀狼の牙』ぢゃないっ?! でもルシアと一緒なんだからサブメンバーとかそういうやつでしょ?!」
オルカの首がコテってなった。
そのあとよく話を聞いたところ、オルカはルシアがパーティー行動できない日にたまにツルむけど、それだけだと。いわゆる臨時パーティーだった! 昨日、今日はその日だったから一緒にいただけだと。それでもってオルカはパーティーに所属していないどころか、親兄弟も、ルシア以外の友達も知り合いもいない一匹狼だった。狼獣人だけに。ウマイ!
『銀狼の牙』は五人じゃなくて六人パーティー……完全に俺の思い込みだった。ルシアがライズの妹であんな感じならそりゃ同じパーティーで活動してて当然だ。
それで、だ。そうなって初めて気付いたことがある。
「オルカ、ちょっとゴメンね」
俺はそう言ってオルカの服の首元を引っ張って上から覗き込む。そこにはあるべきものは二つあったが、ひとつのあるべきものが無かった。オルカ、すまん。そこに関しては俺が無神経だった。……絶壁だと上から簡単に見えちゃうんだよね。ぽっち。
やべっ! と思って上目遣いに顔を上げると、少し頬を上気させながら唇の端を上げて俺を見下ろす妖しく輝く透き通る青灰色の瞳と視線が合った。
「ふふ。ロックも男の子だったんだね」
いきなり女になるのやめてー! そんなのオルカちゃんじゃなーい!
なんでここに住む女の人たちって恥ずかしがってくれないの?! ラブコメになんないのよそれじゃ!
「いや、そんなつもりじゃなかったんだ。ごめんなさい」
そっと服から手を放して素直にあやまる俺。
「あの、ちょっと気になっちゃって。オルカ、冒険者章は?」
「ないよ?」
「また来たこれ、ナイヨ! なんで!? なくしたとか?!」
オルカも俺と同じだった。なんでそれがいるの? と。いや、普通は必要でしょうよ。こいつ、思ったよりヤバいぞ! どうやって生きてきたんだ? たぶん、あれだな。食えればいいって感じか。それ以外の生き方を知らないんだな。……お金って知ってる? って聞いたら頬を膨らませて、それぐらい知ってる、と言われた。ホントか~? お前、冒険者じゃなくてただの浮浪児だったのか。俺もだけど。
オルカの串肉への執着がわかった気がした。それと、食べ比べが楽しそうだったのは、娯楽というものをこの街、スラムの住人以上に知らずに生きてきたからだ……
俺はオルカの透き通る青灰色の瞳を見ながら自分会議を始めていた。だけど自分でもわかっていた。会議を始める前に答えは出ていた。そんな会議はやるだけ時間の無駄だ。俺は時間を無駄にしない元戦闘奴隷の先行斥候だ。即断即決。
「オルカ、俺と一緒に来るか。ただし、来たらもうずっと離れられないぞ」
「イクっ」
串肉のゲームをした時よりうれしそうな笑顔だった。
近くの廃墟で短槍と弓を隠してから、森から帰って来た冒険者に混ざってスラム中心を目指して歩く。さーてと。どーしよーかなー。
「ねーねー、ロックー」
「んー? なーにー?」
「奴隷紋いる?」
は? なんて?
「……奴隷になりたいの?」
「んー。ロックの奴隷だったらいいよー」
俺の目線より少し下から上目遣いに透き通る青灰色の瞳をキラキラと光らせて微笑を浮かべながら言うオルカ。本気だ。
「そーかー、奴隷か……。いいかいオルカ」
「ん」
大事なことなので立ち止まってオルカの透き通る青灰色の瞳を見つめながら静かに言い聞かせるよう、心を込めて言う。
「二度と奴隷になりたいと言ってはいけないよ。奴隷になりたいと思ってもいけません。わかったかい」
「うん。わかった。ごめんね」
「ううん大丈夫。謝ることじゃないから。オルカにわかってもらえてうれしいよ。でも、その気持ちだけは受け取っておくよ。ありがとう」
俺より二歳も年上で、俺より少し背の低いオルカの頭を撫でながら言った。そして、頭を撫でる右手にオルカの体温の高さを感じながら俺は思った。
今夜も風呂が必要だ、と。俺の右手がそう無言で訴えていた。
「オルカ、俺たちはパーティーになった。わかるかい? 俺とパーティーになることの意味を」
「えーとー、ロックのために生きてー、ロックのために死ぬ」
おっも! 想いが重い! ヤバい! 急いで軌道修正しないとヤンデレていつか俺の命を狙う展開のやつだ! そんなシナリオ俺がぶっこわーす!
「ちょっと違うかなー。俺のパーティーでは俺のために死ぬのは禁止になっています。よろしいですか? 俺のパーティーは俺のハーレムパーティーになるので、俺の決めたルールは絶対です。ただし、嫌ならその場で嫌って言うのはアリ」
「ハーレムなの?」
「ごめん。それはウソ。なんとなく言ってみただけ。テンプレとして。ぜんぜん他の誰かを好きになってもらってかまいません。むしろ推奨します」
「よくわかんないけどわかったー」
「パーティーではお互いのことで知ったことは絶対に他の人に言ってはいけません。お互いにお互いの秘密を守ります。これは本気。いいですか?」
「うん。いいよー」
「じゃ、そういうことで! とりあえず今夜は宿に行ってみよう。泊まれたら泊まるし、ダメならその時また考えよう」
オルカは宿ってわかるのかな? まぁいい。問題は『夕暮れの泉亭』がオルカも泊まらせてもらえるかだなぁ。まさか本当に昨日の今日でまた泊まりに行くことになるとは……。
『夕暮れの泉亭』はスラム街に入って比較的すぐの場所にあるので、あっという間に到着した。俺が交渉してくる間はオルカには昨日俺がウォーカーと交渉した場所で待っててもらう。
俺がフードを外しながら階段を上がり始めると、入口脇の用心棒が「よう、また来たのか」と声を掛けてきた。名前は知らないが宿で見かけた顔だ。挨拶をして武装を渡しながら、そこにいるのは仲間だからよろしくと言って中に進む。フロントを利用するのは初めてだ。フロントにはこちらも名前は知らないけど顔は覚えている若い女性のホテリエ、いや、この宿だともう俺の感覚ではコンシェルジュに声を掛ける。
「こんにちは。昨日は大変お世話になりました。ロックです」
「ロック様、おかえりなさいませ。こちらこそご利用いただきましてありがとうございました。本日はどのようなご用件でしょうか」
「実は、今夜も宿泊をお願いしたいと思いお邪魔したのですが、今回は私だけではなく、連れがおります。それと、その連れは昨日の私と同じことになっていまして……。部屋は同じでなくて結構です。たしか二人部屋で風呂付の部屋もあったかと思いますが、ご相談させていただきたいのですがいかがでしょうか」
「はい。ご用命、承りました。可能な限りご対応させていただきたいと思いますが、この件に関しましては支配人に確認を取らせていただきますので、どうぞお掛けになって待ちくださいませ」
そう言うと恭しく頭を下げてバックヤードに下がって行った。ユセフさん、いてくれるといいんだけど。




