第37話 ごっこ遊び
ボルツたちがリヤカーと共に歩き出すと、ロックはバルに向き直って指示を出した。
「バル、ライズとアーノルドを呼んで来てくれ」
「うん」と言ってバルは走り出した。
程なくしてふたりが揃うと、ロックはライズに金を手渡した。
突然渡された麻袋の重さに取り落としそうになるのを必死で受けた。
「買取り価格はバカ息子の分が増えて全部で銀貨十一枚だ。あとはあいつらのポケットに入ってたのが銀貨三枚分もあったぞ!」
めっちゃ嬉しそうに言うロックの笑顔の報告を作り笑いで受け止めるライズ。アーノルドは泣きそうな顔だった。
「ってことで全部で銀貨十四枚だな。ライズたちの取り分はその内の一割だから大銅貨十四枚だ」
「いやいやいや、ちょっと待て! その、あいつらの追加分は俺たちがもらうわけにいかないだろ」
「あー。でも取引してなかったら手に入ってなかったしいいよ。ってことでお前たちの取り分の大同貨十四枚を大銅貨十二枚と銅貨二十枚にしておいた。ちゃんと数えろよ? こういう時に「あなたを信じてますから」とか言って数えないのは逆に信用失くすからぜったいやるな。どんな時も変わらずやるべきことをやるのがプロだ」
数えている間に、なぜ信用を失くすかというと、自分が頼んだ取引でも同じことをされたらたまったものではないと思われるし、こいつ、あとになってから足りないとか因縁つける気かと疑われることになりかねないからだと教えてくれた。だから、その場で相手から見えるように数えろ、本当なら自分たちを守る護衛も配置しろとも言われた。これはなにかとてつもない金言を受けたような気がしたライズはアーノルドとふたりで頷きながらしっかりと数えた。そして、俺たちは十歳の子供になにを教わっているんだ? とはもう思っていないことに気付いてそれ以上考えるのをやめた。
ライズたちが金を数え終わるとロックが言った。
「お前達が昨日の分と合わせて金をどう使うかは自由だ。美味いモノを食うのもいい。屋根のあるところで寝るのもいい。武器や防具、道具を買うのもいい。ただ、お前達がこのあとどう生きていけばいいかは考えろよ」
それからロックはライズたちに金の使い方を教えた。いつも通りに生活しろと。そこにほんの少しだけ贅沢を乗せること。そうしないと周りに金があることがすぐにバレる。ファミリーに追われるぞと。
「もし、冒険者をやりたいなら自分達に投資しろ。急に装備が良くなると疑われるからこれ以上の購入は毛皮のオークションが終わるまでは待った方がいいかもしれんな。まずはボルツに話を聞きに行け。あいつはもうこっち側だ。でも信用はするな」
そう言うと、まだ時間あるかと聞かれたライズは、時間ならいつだってあると答えた。先に広場で肉でも食って待っててくれと言って小銅貨を二枚渡そうとしてきたのを、金ならいらないと言って走り出した。ライズは、なるほど今から買っていいのは串二本だけなんだなと納得して、さっき食った一番美味い屋台で一本、別の店で一本を、さっき買いに行ったのとは別のメンバーに買いに行かせた。
空き地にロック以外誰もいなくなった瞬間、裸で転がされていた四人分の遺体が消失した。ロックは丁寧に水を撒いて血痕を洗った。そして瓦礫を収納してから水たまりの上に置き直した。それが終わるとライズたちが出ていったのとは別の路地を通って広場へと歩き出した。
あとには、さっきよりも少し散らかった瓦礫だけが残った……。
広場に向かって歩いていると、それが冒険者ギルドの横を通る道だったことがわかった。しまったなぁ、反対から行けばよかったかな。まぁ、フードを被ってればバレないだろうからこのまま行ってしまえ。
そうして誰にも気付かれることもなく無事に冒険者ギルドの横を抜けて広場に入ると、向かいの商業ギルドの表玄関が少々賑やかだった。立ち止まって見てみると、昨日の 草原狼の毛皮の搬出作業の真っ最中だった。裏口使わないでわざわざ冒険者ギルドから見えるように表玄関でやってやがる! エゲつないことするなぁ。
すると、横にふら~っと夢遊病患者のように人が立って「はぁ~」と、盛大に溜息をついた。酔っぱらっているのか、どうやら俺のことはまったく気にもならないらしい。横を見ると副ギルド長だった。ヤバ! っと思ったが、そっか、俺だってわからないんだ。ちょっとおもしろくなってきたので声の調子を上げて話しかけてみた。
「すごい毛皮ですね」
なにも知らない子供風。
副ギルド長は俺の方を見ることもなく、
「君にもあれの良さがわかるのかね……あの毛皮は良いものだ。きっとオークションに出すのだろう。そうすれば銀貨五十枚いや、ひょっとするとそれ以上……」
なんだろう? この人、そんなにあれが欲しいのだろうか?
「そんな金額はとても出せないですよね。それでも欲しい人がいるというのがすごいです」
「いや、あれにはそれだけの価値があるのだよ!」
そんなに見つめたら毛皮が燃えてしまうのでは? という熱視線で見つめている。怖い。
「買うのですか?」
熱が急速に冷えていく。
「いや、さすがにそこまでは無理だなぁ」
へー。金出す気はあるんだ。
「では、いくらなら買いますか?」
こういう、宝くじが当たったら何を買う? みたいな『もしも話』って楽しいよね。
「ふぅ。そうだなぁ。私には出せて銀貨三十枚までだな」
見知らぬ子供相手に溜まっていたものを吐き出すように自嘲気味な笑みを浮かべて言った。貴族相手にはとても出来ない会話だろうな。視線は毛皮を見たままだが、先ほどまでの熱はもうない。
「それもすごいですね。ちなみにあの毛皮を加工するのにはどれぐらいの費用がかかるものなのでしょう」
ここで初めて俺の方を見た。ただのスラムのガキだと思っていたのだろう。フードから微かに覗く俺の顔を見て意外そうな顔をしている。趣味的な話を止めることは出来ないみたいで、また毛皮を見て考えながら答えた。少し楽しそうだ。
「ふぅむ。オークションに出すならいくら掛けてもよいが、自分のものなら銀貨一枚程度で済ませたいものだな」
「なるほど。それでは私があなたにあれと同じようなものを銀貨二十枚でお売りしましょう。色は黒っぽいのと茶色っぽいのと、あれと同じような灰色っぽいのではどれがお好みですか」
副ギルド長は話の途中から俺の方を見て言った。
「っふ。ふふふふ。そうだなぁ。あれは贈り物にと考えていたものだ。あそこに飾るのであれば……やはりグレーが入ったものが良さそうだな」
「お譲りするのは未加工の状態の個体になります。皮を剥ぐところから必要になりますが、それはこちらでは処理致しかねますので、そちらで本職の方をご用意いただく必要がございます。いつごろ、お譲りすればよろしいですか?」
スラムの子としてはあり得ない丁寧な口の利き方だったが、彼はスラムの子とこんなに親しく話したことはなかった。貴族の子女としても充分利発過ぎだが、あまりに自然な会話に気にはならなかった。
「ほほぅ。なかなかに具体的だね。うむ。我が家で懇意にしている職人もいるし、ツテもある。これでも私はなかなかに顔が広いのだよ、お嬢さん。納品はいつでも受け付けよう」
「私は防壁の内側に入ることが適いません。どちらにお持ちすればよろしいでしょうか」
「ふむ。それもそうか。よし、それでは冒険者ギルドの裏に頼もう。解体所ならば荷馬車もある故な」
「かしこまりました。それでは今夜、ギルドが閉まったあとではいかがでしょう」
「ああ、いいとも!」
「ずいぶんと大金になりますが、お渡しの折にご用意いただけるのでしょうか」
「ほー。それもそうだな。……明日の朝に戻しておけば問題なかろう。うむ。大丈夫だ!」
「副ギルド長様、この度はお買い上げ頂きまして誠にありがとうございます。では、今宵再び」
俺は優雅に一礼してライズを探しに広場へと歩き出した。
彼には娘がいた。娘は彼の六人いる子供の内、末の子供にあたり、唯一の女児で歳は九歳だった。目に入れても痛くないとはこのことかと溺愛しているのは界隈では有名な話だ。ここがスラムとは思えないほどちゃんとしたコートを着ている子と話しているうちに娘のことを思い出し、ついつい興が乗ってしまった。私も歳を取ったのかもしれん。そう思いながら冒険者ギルドへと足取り軽く踵を返した。さて、うちの所属野郎たちは問題ばかり起こすから仕事が山積みだ。
冒険者ギルドの職員たちは、商業ギルドに奪われた毛皮を見に行ったはずなのに微笑みを湛えながら戻った彼を見て目を丸くした。




