第31話 一本気
今更スラムの子供が何人で襲って来ようと『出納』を使うまでもなく負けることはない。ちなみにそれは前世記憶が戻る前の時点の話です。俺、銅階位三等級パーティーのメンバーなので。しかもその階位も俺が働くのセーブしながら『赤竜の爪』に取らせてやった階位だから。正直、今世の俺の『戦闘奴隷』としてのスペックって相当高かったんだよね。それはそのまま冒険者としての才能ということになる。身体強化と攻撃魔法の強さはそのまま戦闘力の高さだ。そこに前世記憶とスキルが足されたので、単純に戦闘能力だけでいうと個人戦ならまぁ負けない自信がある。
そんな俺から見て、今回は後ろから突っ込んできた獣人の子が思ったより速くてちょっと感心したかな。あれを伸ばして身体強化の強度を上げればそこそこ使える先行斥候に……いやいや、そこまでする気も義理もないから……ん?
「どうした。なんか気になるのか」
ポーションぶっかけた奴が串肉握りしめたままなんかこっちをじーっと見て……ああ、肉か。
「よし、ルシア、肉をひとつく」
「ルシアー!」
お? 躊躇なく飛び込んで来たなっ、てなんだよ。あいつらか。
「よお、昨日ぶりだ」
「ルシア! 無事か!」
ダダダ! っと5人の少年たちがなんの確認も躊躇もなく路地から突っ込んできた。若さゆえ、か。お前らそんなことやってたらあっさり死ぬぞ?
「おう、ライズ。こいつら知り合いなのか?」
「え? は? だ……れ?」
え? 昨日会ったばっかり……あー、そりゃそうなるのか。めんどくさいなぁ。
「ライズ、俺だ。ロックだ。昨日ぶりだな。あのあとどうだった? 酔っぱらいたちからうまく逃げられたのか?」
「え? ろっく? だれ?」
『銀狼の牙』の連中が「なにを言っているんだこの娘は」って顔をしていることはさすがの俺でもわかった。なるほど。俺ってこういう扱いになる人なのね。せめて身体、男らしくなるために鍛えようかな……
「俺だ! 昨日お前らを 草原狼から助けた命の恩人様のロックだ。ちょっと風呂に入ったらこうなっただけだ。あまり気にするな」
「いや、いやいやいやいやいやいや」
そのあとの言葉をアーノルドが引き継いだ
「ロックって女の子だったんだね」
『銀狼の牙』の連中が「あ、そうか」って顔をして頷いている。このバカちんどもが~~~
「俺は男だっ!」
「「えーーーーー!」」
「いいか! 俺は、お・と・こ・だ! 昨日の夜、風呂に入ったらこうなったんだよ! っていうか元から、こう!」
『銀狼の牙』の一部メンバーが「ふろってなんだ?」とか言っている。そうか。そこからか。だがもう面倒だ。話が進まないから放っておこう。
「そんなことはどうでもいいからこいつだ。こいつ、ライズの知り合いか? いきなりナイフ投げてきて襲われたんだが?」
当のルシア、さっきみんなと一緒になって「えー」って言ったっきり目と口を開いたままフリーズしている。
「ぜんぜんどうでもよくないけど……そいつは、ルシアは俺の妹なんだ。ナイフって……ルシアとオルカを見掛けたんで何かやらかす前にと思って飛び込んだんだが……すまない。昨日命を助けられたばかりでこんなこと言えた義理じゃないけど、どうか、どうか妹たちのことを許してやって欲しい」
そう言うとライズは腰の剣を抜いて、柄を俺に向けて地面に置きながら両膝をついた。そして胸の前で手を組んで首を垂れた。それを見た『銀狼の牙』のメンバーも全員がライズに倣って同じことをした。
ルシアを見ると真っ青になってガタガタと震え始めていた。ライズがしているのは全面降伏のポーズだ。差し出した剣で首を斬られても文句は無いという意味になる。ライズは自分の首を差し出す代わりに妹の助命を嘆願している。メンバー全員がそれに倣ったのはどこまで本気かわからんが、リーダーの統率力の高さが現れた行動なんだろう。
ルシアが青い顔をしてるのはいいとして……オルカよ。ルシアが持つ串肉を見つめるのはやめなさい。あ、そうか。こいつ、俺に殺気が無いってことを理解してるんだな?
「ライズ。お前の妹を思うその心意気に免じて今回のことはすべて水に流して忘れよう。剣を取れ。ルシア、良い兄を持ったな」
そして俺がそう言いながらナイフを腰の鞘に戻すとルシアがその場にへたり込んだ。俺は異世界転生して一度は言ってみたかったセリフを言えたことに満足していた。
「ありがとう。ロック」
ライズがしみじみと言う。
「ん? なにがだ? 忘れたからなんのことかわからんな」
うむ。決まった。『銀狼の牙』の連中も苦笑いのようなホッとしたような顔をしていた。
「ルシア」
俺が呼びかけるとノロノロと顔を上げてこちらを見た。
「俺の串肉を持っていてくれた報酬だ。肉をひとつ食え」
ルシアが残念なものを見るような目で俺を見た。オルカが「いいなぁ」という顔で串肉を見つめている。ライズはなにがなんだかわからないという顔をして困惑中だ。
ルシアが、命令されたから無理やりそうしてる、みたいに肉を食っている横でライズに昨日の顛末を確認したが、俺のアドバイスに従ってバックレようとしたところをジェイに見つかって無理やり広場に引っ張り出されて根掘り葉掘り聞かれたそうだ。なんか俺には言いにくそうにしている部分もあるみたいだが、冒険者の噂話程度の内容はどうでもいい。それに、俺は冒険者ギルドに所属しているわけでもないし、あんまり詳しく聞くのも変だから適当なところで「そうか」と言ってその話は切り上げた。
ライズたちは、今朝になって店を巡って、さっき差し出した剣と、メンバーの中で一番体格の良いバルのための片手盾と短槍を買ったらしい。悪くないチョイスだな。まだまだ金は余っているからこれから何を買えばいいか相談して決めるそうだ。よかったら相談に乗ってくれと言われた。それぐらいなら話を聞いてやろう。風呂に入った俺には精神的余裕があるからな! さっきは余った金で串肉を食って昨日の反省会をしていたところでルシアを見掛けたらしい。
ルシアがなんとか無理やり串肉を食い終わったので、今度はそれを『銀狼の牙』の最年少偵察のキリエに持たせて皆で円形広場に戻った。
円形広場の視界の広けた芝の上で車座になって座る。
「キリエ、その肉、ひとつ食っていいぞ」
不思議そうな顔をしながら肉を食い始めるキリエをじっと見つめるオルカ。しかし、さすがスラムの子。そんな視線をものともせず旨そうに肉を食うキリエ。
「ライズ。お前の親って商売やってるんだよな? ここで屋台を出して串肉を売るにはどうすればいいかわかるか?」
「え? 屋台をやる方法か? えーと、たぶん商業ギルドに金を払えば誰でも店を出せるはずだけど」
「いくら出せばいいとか、売り上げに税がどれぐらい掛かるかは知ってるか?」
「いや、具体的な金額までは知らないな。売れた金に税は掛からないと思うけど」
そう言ってメンバーを見るが誰もそれ以上詳しいことは知らないみたいだった。キリエが肉を食い終わったので、次に年下のすばしっこさに自信があるというウィルに串を持たせる。ウィルは次は自分の番だとわかってうれしそうだ。オルカがすごい目つきでウィルを睨んでいる。
「売上に税が掛からない? それだとめちゃくちゃ儲かるんじゃないか?」
「いや、どうだろう? そんな商売がうまくいってるやつの話は聞いたことないけど」
「出店料と売り上げが均衡してんのかなぁ。ライズ、できたら出店の仕方とかをお前の親に聞いておいてくれないか? 別に知らないなら知らないで構わない。それで、だ。みんな。ちょっと聞きたいんだけど、この広場で一番美味い串肉を売ってるのはどの屋台だ?」
そう聞くとみんなが、あそこだここだと大変活気のある会議になった。長くなりそうなので途中でウィルに食っていいぞと許可を出す。ルシアはまださっきのショックを引きずっているらしく会議には参加せず表情も暗い。オルカは会議には興味がないのかウィルが肉を食い終わるまではジっとウィルを見つめていたが、食い終わると今度は屋台をじーっと見つめ始めた。
「オルカ。お前の一番好きな屋台はどれだ」
オルカはさっきから見ていた屋台にスっと指を伸ばした。なるほど。
「わかった。ありがとうオルカ。みんなの方はどうだ? 意見はまとまったか?」
「今オルカが指差した屋台と、もう一軒、ここからだとちょうど反対側にある屋台のどっちかってところだな」
串肉はわりと大ぶりな肉が一串に四つ刺さっているのが定番だ。ひとり一本食えば小腹が満たされる程度の大きさだ。裏道で賤貨や鉄貨で売られている何の肉だかわからない怪しげなものが最低価格帯で、円形広場で売られているものが最上位クラスだ。円形広場の串肉はどこも同じ値段で一本小銅貨一枚だ。賤貨や鉄貨で売られているものと比べていかに高いかよくわかる。
その最上位クラスの串肉でも、前世記憶が蘇った俺からするとこれっぽっちも美味いとは思えなかった。なんて贅沢な舌になっちまったんだ。記憶が戻っただけなのにこれは地獄だ。こいつらにとってはご馳走なのに、俺にはもうそうは思えないのだ。これは由々しき事態だ。そう思うと『夕暮れの泉亭』はやっぱりレベルが違うな。
「よし。わかった。ライズ、今からここにいるメンバーを三組に分けてその二軒の屋台と、もう一軒適当な屋台から串肉を一本ずつ買って来てくれ」
そう言って小銅貨を四枚渡した。一枚は依頼料だ。その意味を理解したライズはうなずくとチーム編成をした。それぞれのチームリーダーは自分とアーノルドとバルだ。ライズたちはさっさとチームを分けると俺の方はまったく振り返らず駆けだした。
これなんだよなぁ。こいつらをついつい構ってしまうのは。一の命令を与えてそれを理解すると迷わず行動できるんだよな。軍事キャンプみたいなところで育った俺は前世でいうところの『少年兵』だ。こっちでは『戦闘奴隷』だな。迷わず素早く、正しい行動が出来るかどうかに命が掛かっている。軍事キャンプ上がりでもないのにその基本行動に近いことが出来るライズたちに資質を感じるんだよなぁ。『赤竜の爪』の奴らにそれを叩き込むのはすごく大変だったからなぁ……
串肉を買いに行っている間に植え込みというか雑草というか皿代わりになりそうな葉っぱを三枚取ってきて洗っておく。水を切るのに覚えたての風魔法の練習を兼ねて冷風ドライヤー。ついでにナイフも洗って火魔法で刃先を炙って滅菌処理をしておく。
ほどなくしてみんなが戻って来た。
「みんな、いいと言うまで一旦目を閉じてくれ」
全員がすぐに目を閉じた。……お前ら、優秀かよ。葉っぱの皿に串肉を置く。
「よし、目を開けていいぞ。これで俺以外はどれがどの屋台の串肉かわからなくなったな」
串肉を縦半分に切ってそれぞれ八切れに分ける。
「みんなそれぞれの肉をひとつずつ食って、どれが一番美味いか考えてくれ。食ってる間にしゃべるのは禁止だ。他人の意見は参考にするなよ。自分で考えるんだ。これは別にテストでもなんでもない。俺がやりたいからやってるだけだからな。味の好みなんて千人いれば千通りあるんだから本当に気にしなくていいからな。よし、スタート」
俺も端から順に食べていく。気にするなと言われてもこんな楽しい実験は誰もやったことも考えたこともないだろう。みんな真剣に味を確かめるように食っていてその顔がおかしくて笑いそうになる。ただ、若干一名だけ味がわかっているんだかどうか怪しい勢いでガツガツ食ってるのがいるけど……。
この中ではオルカが指差していた真ん中の肉が一番美味い。焼き加減がいいな。肉自体はどこも同じっぽい。右に置いたのは対面の店のやつだ。焼きムラがあってちょっと好みじゃないな。左のはダメだ。焼き過ぎで固い。肉が古いのを誤魔化しているのかもしれないな。
みんなの様子を見ると、食べ終わったら食べ終わったでそれぞれの顔がおかしい。腕を組んで目を閉じて上を向いているやつ。葉っぱの上の串をじっと見つめるやつ。……屋台で焼かれる串肉を見つめるやつ。オルカ、お前ブレないな。
ちなみにオルカは女の子だ。この面子の中では彼女が唯一の獣人だ。たぶん犬じゃなくて狼の獣人だと思う。透き通る青灰色の美しく曇りなき眼で串肉を見つめている。陽の当たり方によってグレーにも青にも見えるようなそのまんまウルフカットの髪型だ。たぶん髪が伸びて長くなると、鬱陶しがって自分でナイフかなんかでぶった切ってる気がする。今は肉を食って落ち着いているのかしっぽの先だけがゆらゆらしている。ルシアとはまた違って、ちょっと独特の雰囲気があるな。歳はライズの妹のルシアが十三歳でオルカは十二歳だが、オルカはもうちょっと幼い印象だ。栄養不足で発育が遅れているのかもしれんな。
「さて、そろそろいいかな。では、それぞれ一番美味かったと思う串の前に移動してくれ」
離して置いた串の前にそれぞれが座る。俺のど真ん前にさっさと座ったのはオルカだ。うん。知ってた。お前は本当にブレないな。
左にアーノルド、真ん中四人、右二人という結果だった。
「みんなありがとう。参考になったよ」
仕事が終わった瞬間にぎゃあぎゃあとお前はおかしいだとかこっちの方がとか騒がしくなった。うむ。あとは好きにせい。
オルカが俺の顔をじっと見ている。
「オルカ。どうした」
そう聞くとニコーっと満面の笑みで「おもしろかった」と言った。おもしろいのはお前だ。




