第30話 想定外
わざと立てた足音の陽動に引っ掛かって振り向き始めたのを見てから投げた渾身の投擲ナイフは、確実にヤツの右肩にブッ刺さるはずだった。
初見でこのコンビネーションを避けられたヤツはいない。はずだったのに、雷のような早さで回転しながら投げたナイフを左手で掴んだと思ったらそのまま回り続けて、ダッシュで突っ込んでいってたオルカを足払いで簡単に吹っ飛ばした。そして次の瞬間にはもうオレのところまで間を詰めていてヤツの持ったナイフの刃が喉に食い込んでいた。
足払いで転んでいたオルカが立ち上ろうとしたところにオレの喉に突き付けていたナイフを手首の返しだけで投げた。ナイフはオルカの股の付け根の地面に深々と突き刺さった。
突き付けられたナイフが離れた隙に動こうと思った時には次のナイフが同じ場所に冷たく食い込んでいて結局ほんの少しも動くことが出来なかった。
オレにはこいつのやったことのひとつだって真似できやしない。圧倒的な格の違いを見せつけられて、仕掛けた相手がとんでもなく強かったってことに今更気付いたけど後悔してる時間は無かった。このままだとオルカまで殺されちまうと思ったオレは自分が殺られる前に言わなきゃならないと思った。
「悪かった! 頼む! 仲間だけは助けてやってくれ!」
叫んだせいで喉に食い込んでいたナイフの切先が皮膚を裂いて血が流れ始めたことは気にもならなかった。でも、その叫んでいる間も突き付けられたナイフがぴくりとも動かなかったことを思い出すと今でもその恐怖が蘇る。あれがホンモノってやつだ。
食い込むナイフのせいで下を向くことは出来なかったし、自分を見上げてるはずの相手の顔は被っているフードのせいでまったく見えなかった。
「お前、あいつに攻撃するなと言え」
ほんの少しだけナイフが緩められた。
「オルカ、襲撃は中止だ! 武器を捨てろ! オレたちの負けだ! 言う通りにしないとふたりとも死ぬぞ!」
カチャカチャと音が聞こえた。オルカがオレのためにダガーを捨てたのだ。
「あいつの名前はオルカっていうんだな」
「そ、そう」
「オルカ、こっちに来い」
ああ、最悪だ。オレのせいでオルカが……
「オルカ、よく聞け。俺がいいと言うまでこれを持っていろ。わかったか。わかったら復唱しろ。あー、言われたことを繰り返して言え」
「いいって言われるまで串肉を持ってる」
「そうだ。いいぞ。落とすなよ……食うなよ?」
なんだからよくわからない会話が続いていた。そう思った瞬間、唐突に足払いを掛けられて天地がひっくり返った。地面に叩きつけられるのを覚悟して条件反射で目をつぶって身体に力が入ったけど、いつまで経っても叩きつけられる衝撃はなく、なぜかふわりとやさしく抱きかかえられる感じがした。
わけがわからず目を開けようとした瞬間にびちゃびちゃと水をぶっかけられた。慌てて飛び起きようとしたけど抱きかかえられた身体はピクリとも動かせず、顔に水を掛けられているオレは目を開くこともできなかった。
だけど、その水の独特な清涼感のある匂いは知っていた。高級品の回復ポーションだ! ノドの傷が痛くない? まさか、こんな程度の傷にポーションを?!
なんとか横を向いて目を開けると濡れた視界にオルカが串肉を持って心配そうにオレのことを……まったく見ずに手に持つ串肉を見つめていた。
「オルカ。おーい。オルカ! おい! 肉っ!」
オルカが顔を上げた。
「ったく。お前の名前ニクにするぞ。オルカ!」
オルカが名前を呼ばれてビクっとなる。
「肉は持ってるな?」
激しく首を縦に振るオルカ。
「よし。お前は俺の串肉を持っていろという依頼を達成した。仕事をしたなら報酬がもらえるのは当然だ。タダで働くやつは馬鹿だからな。オルカ! お前への報酬はその串に刺さっている肉を一つだけ食えるということだ。オルカ! 肉をひとつだけ食ってよし!」
言われたことの内容は難しくなかったから理解出来たが、やっぱり理解出来なかった。ただ、オルカは理解した。オルカはその言葉に喜んで従い、肉を食い始めた。
「オルカ! ゆっくり食え! 食う時はすこーしずつ食え。 もっとよく噛め! 噛まないと栄養にならん。まだ飲み込むな! もっとよく噛め!」
オレは抱きかかえられたままオルカが肉を食うところを見ていた。なんだ? なにが起こってるんだ?
オルカが肉をひとつ食い終わった。
「よし。食ったな。オルカ、それをこいつに渡せ」
その瞬間、ふわっと身体が浮いて自分の足で立つことができた。抱き起こされたらしい。なんだかとても恥ずかしかった気がするけどなんでだ? オルカは立ち上がったオレにちょっと嫌そうに串肉を渡してきた。
「お前、名前はなんだ」
え? オレ?
「……ルシア」
「よし、ルシア、俺がいいと言うまで串肉を持ってろ。食うなよ?」
自然とうなずいていた。
そしてヤツがフードを脱いだからはっきりと顔が見えた。
フードの中から出てきたのは銀色のカチューシャがよく似合う黒髪の、とても美しい少女だった。




