第29話 よお、どう?
新しい冒険への最初の一歩を踏み出したのだ!
俺は心の中のナレーションにひとり感動していた。そして俺の異世界生活の第一章は踏み出した一歩目で終わり、第二章は二歩目からもう始まっている。この世界の成人までの五年の道のりは果てしなく遠い。そして今夜どこで寝ればいいかちょっと悩んでる。
今夜も先ほどの高級お宿に連泊をお願いしたいな~なんて思ったりもするんだけどさ、こんなに華々しく見送られちゃったら「てへ、今夜もおなしや~す」とか気軽に戻れない雰囲気ない? うーむ。まぁ、しょうがないか! なるようになれ! 高級ホテルでリフレッシュ! 身も心もスッキリしたのだ! 一部もんもんとしている気がするが忘れろ!
いや、冗談ではなく生まれ変わった気分だ。昨日、目が覚めた時にあったこの世の全てが敵に思えていた自分はなんだったのだろう? 昨夜受けたホスピタリティのあとに目覚めた今朝の方が生まれ変わった感が大きいのだが? この世界に順応しつつあるのかもしれないなぁ。
さて、高級宿の『夕暮れの泉亭』を出て角を曲がって見送ってくれた人から死角になったのを確認してダッシュで人気のない路地に駆け込む。『走査』まで使って人目がないことを確認したら不要なものを『収納』して荷物の軽量化を図る。そして、とっととフードマントを被って大通りに出る。腰には狩猟用ナイフだけを差している。
で、今から向かうのは冒険じゃなくて買い物だ。いや、まだぜんぜん準備できてないから。このまま冒険に行ったら死ねる。
今朝は、いわゆる洋服しか買ってない。行きたいのは『道具屋』『防具屋』『武器屋』だな。質の良い冒険者装備を手に入れたい。どれも出前でなんとかなるものじゃないからなぁ。
壁の中に自由に行き来できるようになるのが一番いいのだが。冒険者として名を成すか、商業ギルドに認められる高級商人になるか。まぁ追々考えよう。
ちなみに、『夕暮れの泉亭』でスラムの店を聞いたのだが、やはりスラムのことはよくわからないと言っていた。つまり、市内に比してお目に適う程度の店が無いということなのだろう。
まずは野営できるように『道具屋』を探したい。必要なものがいろいろあるので、とりあえずスラムギルドのある円形の大広場に向かってみることにする。一応、面倒を避ける意味でも大通りを歩いているのだが……
そこら中から視線感じるなぁ。カモに見えるのかな? うん、見えるね。十歳児が良さげな服を着て歩いていれば良いカモに見えるよね。でも、さすがに陽が高いこの時間に大通りで襲ってくるやつはいないよな? 裏通りで掘り出し物を探すまでもないから円形広場のデカそうな店で見繕って済まそう。
『夕暮れの泉亭』から大通りまで出てグランデール方向に歩いて数分で大広場に出る。昨日、ここで大騒ぎになってからまだ丸一日も経っていない。大広場では中心に市が立っていて、その周辺を屋台が並び、広場の円周にある建物には店舗が入っている。食事処から雑貨、武器、防具屋など様々だ。
道具屋を巡って野営に必要そうなものを適当に買い漁った。お金に余裕があるっていいね! 武器と防具はダメだ。銅階位三等級に所属していた俺の目から見ると、ここに置いてあるものでは物足りなさ過ぎる。妥協どころでは済まされないほどレベルが低いものしか置いていなかった。
鍛冶屋は騒音などの公害問題が出ないよう町を少し離れたところにあるからこのあたりにはない。武器、防具屋も大広場にあるのは修理、製造、加工をやっていない店舗だ。そういう火を使ったり、騒音が出るタイプの店は職人街と呼ばれる郊外地域に集まっている。
とりあえず初めての西スラムだ。目立たない場所からしばらく眺めて雰囲気を掴みたい。屋台の数自体は西より多いが、昼前のこの時間帯の客足はそれなりだ。朝のラッシュはとっくに終わっているだろうが、思ったほどは賑わってないかな。
五年前、俺が戦災孤児になった時の戦争で南に比べて西スラムの徴収兵に壊滅的な被害があったってのはなんとなく知っている。昨日、裏道を歩いている時も感じたが、ところどころ廃墟のままだったり、空き地になっていて、聞いていたよりも住民が少ないのかもしれない。昨日、 あんなところを草原狼がうろついてたのも討伐する冒険者が足りてないとか、練度が低いせいもあるんじゃないのかな。
それにしても、ユセフがスラムの店に懇意にしているところがなかったのは痛かった。ユセフ曰く、まぁここはスラムですので、だそうだ。今日みたいに十歳の男の子用の冒険者子供服とか漠然とした指定だったら壁の中から見繕って持って来てもらえるのだろうけれど。
……いや、子供用冒険者服ってなに? そんなものないよ。それを一晩で用意したウォーカーと御用聞きの服屋ってなんなの? ぜったい貴族御用達だろそんなん。まぁ、そのあたりは突っ込まないのが大人ってもんだよね。子供だけど。
金さえあればなんでもできる!
どこかの偉い人が言ってた気がする。前世の話だったかもしれない。それは今世でも変わらない。むしろ今世こそ、その傾向が強い。言い換えれば、
お金がなければ何もできない!
あれ? これは前世も今世も変わらないや。とりあえず今の俺にはなぜか溢れんばかりの金がある。が、昨夜だけでいったい、いくら使ったと思う?
宿泊費で銀貨一枚、オプションで大銅貨五枚、チップで大銅貨五枚、買い物で銀貨一枚以上だ! 逆に収入の方は銀貨一枚だ! わっはっはっは!
いや、いいんですよ? 今回の金の使い途に関しては一片の悔い無し! 往来のど真ん中で拳を突き上げても良いぐらいには後悔していない。むしろお礼を言いたい。特に三人娘には。
ね? この先お金が足りなくなるのは目に見えている。そして俺はもう二度とあの奴隷時代に使っていたというか使わされていた安宿には戻れない。昨日泊まった『夕暮れの泉亭』とまではいかなくても、マシな宿がいい。
あるのかな? マシな宿。
『夕暮れの泉亭』は高級宿だ。たぶんスラムの人間は泊まれない。冒険者でもだ。理由は簡単で『金が足りない』からだ。
昨日、俺は草原狼をソロで五頭、無傷で倒した。俺が無傷なんじゃない。獲物が無傷だ。そうすると 草原狼一頭が銀貨十枚(税別)になった。これは税金を引かれたとしてもスラムでの稼ぎだと考えると、とても大金だ。
しかし、仮に五人パーティーだとしたらどうだろう? しかも通常の 草原狼の討伐だとだいたい大銅貨三枚程度の査定しか付かない。これがスラムの住民が金を稼げない理由だ。グランデールが超巨大な都市なのに思ったほど強いと思う冒険者がいない理由でもある。ここは、そういう意味では本当に『はじまりの街』なんだよな。
本気で稼ぐなら最前線防衛都市フロンティアだ。そういう話は聞いている。グランデールで銀級になって、壁の中でそこそこ良い暮らしをするか、フロンティアに行って更なる一攫千金か! 俺が知っているのはこんな漠然とした情報だ。酒場の床を舐めながら聞きかじった知識だからな。
スラム所属の冒険者には都市内の人権が無い。冒険者ギルドという大辺境都市グランデール直営の冒険者ギルドで素材の下取りをしてもらってる立場だ。だから税率も馬鹿みたいに高い。冒険者という稼げる職業だけど稼がせないように仕組まれている。足元見られまくりだ。昨日の商業ギルドもそーなんだよなー。
これが俺の気に入らないところだ。
税金なんてこれっぽっちも払いたくないね!
だってここの税金って市民への還元なんてなにもないんだぞ? 全部貴族に吸われてあいつらが贅沢して暮らすのに消費されるだけなんだ。
スラムの住人というのは、貴族のために命がけで森に入っていく人っていうことになる。グランデールなんて大きいんだからもっと壁を広げて住民増やせばいいんだよ。貴族にはスラムをわざと放置している節があるね。安い労働力がそこにあるのに失くすなんて馬鹿らしいっていうことなんだよね。
さて、ここにいても時間が無駄に過ぎるだけだ。職人街に行ってみるか。それとも地元民に話しを聞いてみるか……
適当な屋台で何かの串肉を一本買って持ったまま歩き出す。さっきから気になってた視線の奴らがそのまま後ろから付いて来る。とりあえずそこの角を曲がった先に少し広めの場所があるからお話しだけでも聞いてみようか。ひょっとしたら良い店とか宿なんかを紹介してくれるかもしれないしね。
角を曲がって空き地に入って少し歩いたところで後ろからズザッ! と派手な足音がした。反射的に左足のつま先を軸に素早く回れ右を始めた瞬間、背後から投げナイフが飛んでくるのを察知!
しまった! 最初の足音は陽動だ!




