Substory 02 おっさんと奴隷娼婦の前で
「彼はいかがでしたか」
この宿の主人であり、また、そうなるより遥か以前より使えるべき主に声を掛けた。こんなに楽しそうにはしゃぐ主を見るのは、彼が現役の頃に仲間と共に過ごした夜のようで、なんとも懐かしく、うれしい気分にさせるものだった。
「ふむ。そーだなー。俺がまだ現役だったらもっとおもしろかったのになぁ」
様々なしがらみをその実力のみで罷り通った男の現役時代だ。その時代を共に過ごせたらと言ったのか。
この男が冒険者を辞めて国や故郷のことを考えるように落ち着いてまだ、たった五年だ。冒険者時代を『昔』というには彼にとってもまだ早い。
「ほう、なにがそんなに気に入られましたか」
「そういうお前さんはどうなんだい。昼から主ほったらかしで入り浸ってずいぶんと楽しそうだったじゃないか?」
自分だけおもしろいことやってズルいぞ、と聞こえた。
「ほっほっほ。そうですな。貴方様が目に留められたのと同じ理由なんでしょうな」
「うーん。結局よくわからんかったけどなぁ。間者でないのは間違いないが……」
「そうですな。接して感じるのは『隠していることは多い』けれど『嘘はつきたくない』という為人だけでした。スラムどころかこの国にもいないような……」
それ以上はうまく言えないというように思考に沈んでいきそうな、こんな彼を見るのは初めてなんじゃないかと思い、自分が生まれてからの付き合いである執事をまじまじと見てしまう彼の主人だった。
「へー、お前さんがそんな顔をするなんてなぁ。こりゃ、今夜は見たことないものがいろいろ見れたな」
酔い覚ましの水をひとくち飲んで自らの思考を整理するように言葉を紡ぐ。
「最初っから変だったんだよな。あのナリは本物だ。偽装でできるような付け焼刃じゃない。金級の目はまだ鈍ってないぜ。あの年齢であの恰好だぞ? 完全にホンモノの戦闘奴隷の先行斥候だろう。わからんのは奴隷紋もなければ、十歳というのが本当ならいったいいつからの生き残りなんだ? どこぞの王皇貴族か豪商の子息だとしてもおかしくない頭の回転の良さと知識があるくせに、風呂もメシも飲み物でさえ生まれて初めてだって? しかも、なぁ? おい、俺にはあいつの言っていることが全部本当に思えるんだ」
いったい俺はどこの誰と会って話しをしていたんだ、と彼もまた思考の海に沈みながら言うのだった。
「今後、どのように接すればよろしいのでしょうなぁ」
「ん? 簡単だ。それは決まっている。今日のままでいい。あいつは気前と態度の良いただの冒険者の客人だ。時々俺の退屈を慰める話し相手になってくれるなら尚、望外だ」
この主人がそう言うのなら問題無いのだろう。その手の嗅覚は昔から鋭い御仁だ。その彼が『後輩にしたい』『客として迎える』『飲み友達になってくれ』と言っているのだ。それを言っている相手の年齢が多少問題ではあるが、この先五年、十年と楽しみが続くならそんな問題など時間が解決するだろう。
ちょうど思い出した。ちょっとした悪戯心で部屋に忍び込んだ時、少年は衝立の向こうで「自分は誰の下にも就かない」「好きに生きる」「それは誰にも止められない」それを今日誓ったと言っていた。そんな台詞は御伽噺か英雄譚でしか聞いたことがない。彼がそれを奴隷の娼婦を相手に高らかに宣言している場に居合わせてしまった。我が主を「おっさん」と言ったことも相まって、なんとかわいらしいことかと吹き出しそうになって……
ふたり共が同じことを思い出していたかのように、自分が微笑んでいることに気付いてはいなかったが、背筋を走る悪寒、いや、武者震いと共に唐突にひとつの考えに行きついて同時に顔を見合わせた。
それは古の建国の王、伝説の勇者の台詞なんだ、と。




