Substory 01 伝説の日
「じゃあな!」と言うと、あっという間にロックは走って行ってしまった。恐ろしく濃ゆい数時間の出来事に対してやけにあっさりとした別れだった。あいつにとってはこの一連の出来事は大したことではないというのか? どういう感性なんだ。それにしてもずっと時間を気にしていたけれど、このあと何があるんだろうか。きっと聞いても俺には理解できないことなんだろうなとライズは思った。
ロックは、冒険者たちに捕まると面倒だから自分なら逃げると言っていたが、新人冒険者の自分達は本当にそれでいいんだろうか? と、悩んでしまった。結局、その悩んでいた時間が仇となった。やっぱりロックの言う通り今日は逃げてこのまま買い物に行こうと結論付けた瞬間、裏口まで様子を見に来たジェイに見つかってしまった。
「あっ! ライズ! 終わったのか!?」
もうこうなったら逃げるのは無理だった。走ったところで向こうの方が身体強化の強度も高く、速いのだ。ジェイたちは、まさか後輩たちが逃げる算段を立てていたとは疑ってもいない様子だったので、『銀狼の牙』の全員は一瞬で意思統一を果たし「そーなんすよー! 大変だったんすよー!」と話を合わせた。
商業ギルドの正面に回ると結構大変な事になっていた。そこらじゅうに冒険者がいて、飲んだくれながら冒険者ギルド内での事件の噂話で持ちきりだった。
よく見ると、依頼や狩りから帰ってきた連中に、冒険者ギルド内であった大騒ぎについて身振り手振りで説明しているらしい。それも新しく冒険者が帰ってくるたびにあちこちで繰り返されているようだった。
「おい、みんな! ライズたちが戻ったぞ!」
ジェイがデカい声でそう言うと一瞬、広場が静まって、そのあとみんなが口々になにか叫びながら押し寄せて来た。ライズたちはロックの言う通りすぐにバックれなかったことを後悔し始めていた。
「おい! みんな、待て! ここじゃさすがにマズイ! いったん戻るぞ!」
普段近寄ることのない冒険者が商業ギルドの前で騒ぐのはよろしくないのでは? と、ジェイが気付いて、ライズと肩を組んで冒険者ギルド内の酒場に向かう。さすが『世渡り上手のジェイ』だった。二つ名は伊達じゃない! その道中、メンバーがひとり、またひとりと他の冒険者に連れて行かれるのを止めることは下っ端冒険者のライズにはできるはずもなかった。
そして、普段は話すことなどない高ランクの先輩冒険者たちから酒や飯を奢られながら、話題の中心になることに興奮して、つい話にも熱が入るのだった。
熱も酒も入るが、『銀狼の牙』のメンバーの心を常に占めていたのは、ロックの言った「真実を話す限り」という言葉だった。その時のことを思い出す度に身震いするように背筋がピンと伸びる気持ちになるのだった。
ギルド内に連れ込まれたライズは、その時すでに床にマイクが転がっていないことにはまったく気付いていなかった。というか最初から気にしてなかった。
酒場でエールを持たされ、周りをぐるりと、出来上がりつつある先輩に囲まれたライズは、唇を濡らす程度にジョッキに口を付けた。すぐにそれが商業ギルドで出されたものとはぜんぜん違うことに気付いたが、逆にこの味に安心感を覚えたりもした。俺、生きて帰って来れたんだ。周りにいた先輩から早々に催促が入る。
「ライズよ、あの死神はなんなんだ」
「いや、なんでいきなり死神呼ばわりされてんのさ」
いきなりそんな風に聞かれて戸惑うライズ。眉を寄せて返答に困っているとジェイが小声で教えてくれた。
「冒険者の間ではもう「ロック」って名前を出すのは禁句になったんだ」
「は? なんで?」
ジェイが首を伸ばして事務所の方を確認してから続ける。
「あいつの名前を出すと副ギルド長がブチ切れるんだよ。危なくて話せないなっていう内に自然とそうなった」
いや、自然とそうなったって言っても、自分たちが商業ギルドに入ってから一時間も経ってないはずなのに?! ライズの困惑はまったく解消しない。
「え? ていうかなんで名前出しただけで切れるんだよ? それとなんで死神なんて物騒な二つ名になるんだよ」
ジェイは「あー、そういえばこいつその時現場に居なかったんだったわ!」と大げさに言った。
「そっかー。お前、現場見てなかったんだったな。いや、あいつがマイクをぶちのめした時にな」
「は?! ロックがマイクをぶちのめした?!」
ライズがそう声を上げると一斉に「しーっ! その名をデカい声で言うな!」と言われた。先輩たちが事務所を確認して「大丈夫だ。今はいない」とハンドサインが回って来た。ホっと息をつきながらジェイが説明を続ける。
「マジで面倒な事になるから気をつけろ。どうも 草原狼のあの毛皮が商業ギルドに取られちまったのが相当にキテるらしい。そこはあとで詳しく聞かせてやるが、とにかくそのマイクをぶちのめした時の蹴りが、まるで死神が鎌で首を刈るみたいで、しかもあまりに美しかったからいつの間にか「死神」って言われるようになっただけだ」
たぶんコイツが発信源。
「いや、だけだって言われても」
「じゃあ逆に聞くけどな、今日、一番近くでアイツを見てきたお前は「死神」って言われてどう思うよ? さっきもそう言われてすぐにアイツのことだってわかってたよな」
そう言われてライズは黙ってしまった。そして自分の身に起こった数々の出来事を思い出してブルっと身震いした。それを見ていた冒険者達は自身も肩をすぼめると「ああ、やっぱり」と認識を再確認してエールをグビリとやった。
「やっぱり納得みたいだな」
ジェイはそう言うと、まずはロックが冒険者ギルドに入って来たところから話しだした。周りの冒険者たちもこの話はさっきから聞くのも自身で話すことも何度も擦っていたが、まったく飽きることもなく、なんなら最初っからその目で見て、ヤツの隣にいたジェイから直接聞ける機会に興奮していた。ライズも自分が居なかったわずか数分の間に副ギルド長だけじゃなく、冒険者とも揉めて、しかもこんな大騒ぎになるほどの何があったのかには興味があって、つい身を乗り出して聞き入った。
「アイツはホントに自然に、いつものことだっていうベテラン冒険者のように、フラっとギルド正面玄関のど真ん中を通って入ってきたんだ。そして中にいるメンツの実力を伺うように、ゆーっくりと周りを見回した」
ギルド酒場の住人のひとり、ジェイの話術は巧みだった! お前は吟遊詩人かというほどの語り上手。それがジェイという男が高ランク冒険者からも一目置かれている理由だった。その証拠に今このテーブルを囲むほとんどの冒険者が、ライズが普段まったく話し掛けることも出来ないほどの大先輩ばかりだった。
ジェイの話が佳境に入る。
「で、その瞬間、ヤツの上半身が消えたんだ! 身体強化を掛けた俺の視界からだぜ! だけどアイツが何やったかは何故か鮮明に思い出せるんだ。頭が床に付くほど下にあるのに、蹴り上げた右足が天井に向かって真っ直ぐに伸びてるんだ!」
全員の頭の中に見てもいない情景がはっきりと浮かぶ。ああ、美しい!
「な? でも変だろ? その一瞬前にマイクはもう剣を本気で振り下ろしてるんだぜ? なのに俺が覚えてるのはアイツが死神の鎌を振り下ろすその瞬間なんだ。俺は、あんなに美しくて恐ろしいものを見たのは初めてだ。そして不思議なことにその後のことも全部思い出せる。鎌が振り下ろされてマイクの顔面を捉えたんだが、その鎌は止まることなく、顔面にくっついたまんまマイクを床に叩きつけたんだ!」
恐怖に包まれるよう、自分の身体を抱えるように話したジェイがブルっと身体を震わせる。
今、その場にいた冒険者全員の脳裏には、アリアリとその時の情景がまるでスローモーションのように浮かんでリピート再生されていた。完全妄想だけど。
ライズは、だから「死神」なんだ、と説明されて納得せざるを得なかった。
「アイツなら、出来る」
つい、口から出てしまった。
周りの冒険者が静かに息を飲んだ。「そうなのか」と。その後、ジェイからマイクを蹴り倒したあとの経緯も聞いたが、たしかに「酷い」とは思ったが、ロックが特段間違ったことをしたわけでもないと思ったし、正直にそう告げたところ、すべての冒険者が「マイクが悪い」という同じ結論だったことに安堵した。マイクにトドメを刺さなかったことで、逆に「いいヤツ」認定までされた。「いい死神」になった。
次はライズの番だった。不思議とジェイの後に話さなければならないという気負いはなかった。憧れの高ランク冒険者に囲まれている緊張もなかった。それよりも、今日一日抱えていたロックという不思議な少年に感じていた違和感を大勢の人に相談できる、自分だけで抱え込まなくてよくなる解放感を欲して話がしたくてたまらなかった。それを成就できることがうれしかった。
気付くともうとっくに街の武器屋も防具屋も閉まっている時間だった。冒険者ギルドの酒場も終了だ。場所を変えるぞと顔しか知らなかった高ランク冒険者に肩を組まれて高級酒場に連れていかれるライズ。その時ふとライズの脳裏を「他のメンバーは大丈夫だろうか」という思いがよぎったが、次に思ったのは「お前らも良い店に連れて行ってもらえるといいな」だった。
高級店でキレイどころを横にまた草原での出会いから商業ギルドでの出来事まで話すことになったライズとジェイは間違いなくこの日の英雄だった。特に商業ギルドで 草原狼の買取査定額が爆上がった話を知った時の冒険者の興奮の仕方は尋常ではなかった。そんなことが起きるのか! 俺たちは今まで騙されてはいなかったか? 冒険者ギルドどうなってんだ! と不穏な空気になったりもした。
『銀狼の牙』のライズの名以上に『ロック』と『死神』の名は冒険者ギルドの伝説となった。明らかにやりすぎだった。たかだかまだ十歳の子供の話しのはずだ。娯楽のない世界ではたまに起きる伝染病みたいなものだった。
だが、その日の誰も『死神ロック』の二つ名が長続きしないことを知る由もなかった。




