第2話 出発
朝起きて、トイレ(超絶汚い)行って、メシ(こんなもん食い物じゃねー!)食って、出発。
ちなみに奴隷はメシ食うのは床の上ね。
基本正座待機。
時々「ほれ」みたいな感じでパンとか肉とか落とされる。
「食え」とか「食ってよし」みたいに命令されて初めてそれが食える。
躾とか作法みたいなものた。
私は貴方様の忠実な犬ですってやつ。
それを、さきほど、素面の私がやりました。
うふ。うふふふふふふふふふふふ。
ところで他の奴隷に比べると俺の食事内容はずいぶんとマシだ。
なぜならこの三年掛けてそう仕向けてきたから。
腹が減ってると実力が出ないんです~ みたいに芝居してたから。
嘘じゃないから。そうでしょ? 腹減ったら力出ないでしょ?
それだけじゃ説得力ないから、ちゃんとメシ食ったら獲物という結果を出すんですよ。
ちゃんと食べさせていただけたおかげです~ とか言うんだよ。
上機嫌になった馬鹿どもがそーかそーかと酔った勢いでメシくれる。
周りの奴隷連中が寝床で、良いご主人様だなぁ、とか言ってきてこいつらダメだって思ってた。
与えられるの待ってるような奴隷根性でどうすんだって。あ、奴隷だった。
だから俺は他の奴隷に比べて肉付は悪くない。
悪くないだけでめっちゃ細いけどな。
それよりも大問題なのはこの世界、このスラムの衛生観念。
風呂なんて存在しない。
布もないから清拭もない。
井戸とか川とかの水場で掛け洗い。手でゴシゴシぐらい。
それが普通だから誰も何も気にしてない。
記憶を取り戻した今の俺にはもう無理。
ごわごわした放浪ドレッドヘアが許せない。
この一件だけでスラムのすべてを燃やし尽くしてやる! っていう気になる。
早く自由の身になって風呂だ!
今の自分の状態が許せない!
そんな俺が捕らえられてる大辺境都市グランデールというのは、ロガリウス帝国という国の西の端にある西部辺境地域っていうところにある。
国の西の端っこの田舎だね。
で、その辺境地域を治めているのがバーランド辺境伯爵。
辺境都市グランデールはその辺境地域のさらに西の端っこ。
ここからさらに西に行くと『最前線防衛都市フロンティア』ってのがある。
その都市に対する生命線だな。
あと、南側にある、長年実質的な戦争状態にあるアゼリア正教国への牽制という役割もある。
大辺境都市グランデールの西には森がある。
昼間でも暗くなるぐらいでっかい木が多くて、魔素のせいで野生動物が変身してしまった邪悪な生き物『魔獣』やらが多いんだけど、その魔獣のおかげで都市が成り立っているのも事実。
だからその森はここでは『恵みの森』と呼ばれている。
冒険者の中では単に『森』って言えばそこのこと。
魔獣が増えないように森の中に押しとどめる、できれば森を切り開いて安全圏を広げようねっ、ていうのがバーランド辺境伯の役割。
グランデールは田舎だからバーランド辺境伯本人は住んでない。
森までの最短はグランデールの西門からで、馬車で三十分から一時間ぐらい。
五キロ強って感じかな。
往路だと身体強化で走った方が早い。
帰りは疲れてるし、獲物があったりすると馬車がいいよねってなる。
まぁ奴隷には関係ないけど。
そうそう、奴隷ね。
ぜんぜんアリ。
ロガリウス帝国の話ね。
他国は知らない。
帝国もグランデール以外の実態は知らない。
ただ、知識としてロガリウス帝国でも奴隷の所有は合法。
グランデールだともっと露骨で、単純に労働力として普通に存在してる。
もちろん、アッチ方面でも。
金や権力を持った奴らは街中で引き回してるらしいし。
俺はスラムの冒険者パーティーに飼われてる奴隷だから、めったに防壁の内側の街には行かないから中の実態はよくわからない。
奴隷になった奴は首筋の紋章ですぐわかる。
運動能力や言語能力や内面の感情が衰えることは無い。
むしろリミッターが外れるから運動系の反応は良くなる。
契約内容的には、命令服従と主人への攻撃と自死が出来ないようにするのはデフォ。
命令が無い限り他の奴隷への攻撃や接触(わかるね?)は出来ないようにするのもデフォ。
契約書の内容が嫌な方向に洗練されているんだよね。
肉体労働系、護衛用、性奴隷用とかの専用契約書っていうの?
こう書いておけば使いやすいですから! みたいな。
契約締結時に本人の同意がいらないってのが怖いところ。
捺印即人生終了ね。
契約奴隷なら期間とか金額を盛り込んでおけば条件達成時に開放だけど。
だから奴隷用じゃなくても契約書としても有効。
それが『契約屋』
冒険者ギルドにも担当窓口みたいなのがある。
呪い屋は食いっぱぐれがなさそうだなぁ。
俺の飼い主の『赤竜の爪』とかいうダサい名前の悪党集団は辺境都市グランデールの南スラムにある冒険者パーティーだ。
壁の中に拠点を移す夢のために日夜まじめに悪事をこなしている。
こいつら、魔獣狩りに俺を連れて行って平気で囮にしやがる。
奴隷は、撤退する時に切りつけられて動けなくされて置き去りにされるなんていうのも茶飯事だ。
それで奇跡的に生き延びても奴隷紋のせいでアジトまで戻って来るってのが鬼畜すぎる。
グランデールでは俺の黒髪とか忌避の対象まではいかないが「あー、はいはい」みたいな感じで接されることも珍しくない。
やだね~ 非文明人ってのは。
たぶんそのお陰でまだ毒牙には無縁でいられたが、なんか最近、時々パーティーの奴らからいやぁな視線を感じることが多くなってきていた。
奴隷同士は制限が掛かっているので男女同じ部屋に軟禁されていても何も起きないが、周りの子供たちの年齢も上がってきて、時々異様な感じになることもある。
戦闘奴隷の中では俺が最年少クラスなはずだが、なぜか今の今まで五体満足、風邪も腹を壊すこともなく超健康優良児として生き残っている。
ちなみに黒目黒髪なのに『灰まみれ』と呼ばれているのは、俺を捕らえた当時、俺が灰にまみれて真っ白だったことが原因。
辺境都市グランデールは大まかに東西南北と中央という区分になっていて、それぞれの地区に担当貴族がいる。
中央をバーランド辺境伯爵家が仕切っていて、家臣たちに東西南北それぞれを担当させている。
特に西地区は『恵みの森』へのアクセスが良いので、冒険者たちによる採取や狩りでの『特産品』がバーランド辺境伯爵家の財政を支える基盤となっている。
人気区域だ。
俺のいる南地区は、一旦南下してから西に向かって森に入ることになり、若干面倒だ。
地域担当貴族がいることにより、森の中も他地区や別のギルドやクラン同士のいがみ合いは激しい。
森の中という密室では何が起きても不思議はない。
暗黙の了解的に西側の森で南の人間が見つかると、西側の奴らが一致団結してボコってくる。
ボコられるというのはウソで、普通に殺されて身ぐるみ奪われる。
だから『赤竜の爪』はスラムをまっすぐ南下してからあらためて西に向かって森に入る必要がある。
西地区なら森まで一時間かからないが、南地区所属の『赤竜の爪』は狩場への入口まで二時間は掛かる。遠い。
森に入った後も、北上は出来ないから南側を探索する。
さあ、そろそろ狩場に到着だ。
ここに来るまでの間に頭の中でいろいろ試してみた結果、俺のこいつらに対する殺意は正常に働いた。
うれしい。
特にメシの時のことを想像しながらだと効果抜群だった。
昨日までの俺には叶わなかったことだ。
ものすごーーーく嫌だという気持ちはあるのに、それをどう表現していいのかわからないという違和感が今はない。
すっきり爽やかな殺意を抱ける!
顔がニヤけそうになるのを我慢して無表情を維持。
それで、だ。これも考えた。
前世日本人の俺よ
お前に人が殺せるのか?
答え。こいつら殺すのにためらう必要なんかあるわけがない。
俺にはまだ殺人の経験はない。
『赤竜の爪』の連中が目の前で他のパーティーの奴らを殺ってんのは何度も見たけど。
この世界では人の『死』自体は日常茶飯事だ。
グランデールでは特にその傾向が高い。
森に出掛けたまま帰って来ない奴らが毎日のようにいるからだ。
精神的に禁忌を感じていないなら実行できそうだ。
ただし、直接手を下すのはリスクが高い。
たとえば、ナイフを振り下ろすまでは出来ても、刺さる直前で動きが止まるとかは困るからだ。
呪いの効果がどこまでか不明だ。
せめて最初だけでも動き出したら自分でも止められないような方法を試したい。
そのためにはスキルの効果を試さなければならない。
さて、考えてきたことが実行できるかな。
さぁ、冒険の始まりだ。
『恵みの森』でボクと握手!




