第1話 輪廻異世界転生
強烈な夢のせいで目が覚めた。
ひとつは言った。
ここにあるべき存在ではないのだと。
そこは蛇口をひねるだけで清廉な水が飲めて、スイッチひとつで風呂が沸き、端末ひとつで世界中のあらゆる情報を得られるし、自動車や電車で簡単に素早く移動出来て、飛行機に乗れば数千キロの距離もひとっ飛びで、日々を安全に生命の危険を感じること無く平和に暮らすことが当たり前の世界だった。
ああ、そうだ。
自分はかつて日本人だった。
そこで幸せに生きたかと問われれば、不幸ではなかったとしか答えられないような取るに足らない人生だったけれど、今この世界で生きる身からすれば前世のなんと平和で幸福だったことか。
日本で生まれたということは、生誕ガチャにおける最高の当たりを引いていたんだと、今なら心の底から思える。
もうひとつは言った。
思うがままに為すべきことを為せと。
夢ともつかない夢で目が覚めたのは、とても家とは呼べないほどボロい掘立小屋の藁の寝床の上だ。
ガラスどころか木製の扉さえ無い、切り欠いた明り取りの枠から差し込むのは、白と青ふたつの月が放つ眩いばかりの月光だ。
この世界では満十歳になった瞬間にスキルを授かることがあるという。
昨日までの自分には無かったものが今、己の中に、確かに存在しているのだと、はっきりと感じることができる。
スキルを授かったことにより、今からちょうど十年前の今日のこの瞬間に生を受けたということと、自分がかつて日本人だったということを知った。
パニックになって叫んでもおかしくない状況。
しかし、そうはしない。
目が覚めた時の姿勢のまま身じろぎもせず、奥歯を噛み締めてふたつの月を睨んで耐える。
そうしていると急激に冷静になる自分に驚く。
いかん、夢で目覚めた前世人格が悪影響を及ぼしている。
今、前世記憶に引っ張られるのはマズいぞ。
お前は甘過ぎる。
できるだけ冷静に思考することを念頭に置き、過去を振り返って記憶と人格の再構築を試みる。
俺は一回死んでいる。
三十を回ったところでの病死だ。
日本人なら不思議ではない死因だし、病気は不可抗力だからしょうがない。
俺はあきらめのいい人間だったからそのことについて特に思うことはない。
仕事がつまらんとか、忙し過ぎだろうとか、人間関係がゴミだろうとか、女関係が枯れてたとか、そのせいで趣味にのめり込み過ぎてたろうとか、どうでもいい。
すべては終わったことだし未練も無い。
問題はそのあとのことだ。
覚えているのは真っ白い空間。
どこまでも白い。
狭いようでもあり広いようでもあり、地に足が着いているようでもあり空中に浮かんでいるようでもあった。
そこにいる大勢のモノたちは皆黙って並んでいる、あるいは群れているようだった。
順番を待っているようでもあり、先に進もうとしているようでもあり、先を争っているようでもあった。
そいつらが徐々に減っていってる気がした。
俺に自我が戻っていた。
これ、選別してるよな? と。
疑問が生まれた。
何が何を基準に何のために何を選んでるんだ?
俺が歩んできた人生はお前の気まぐれの産物か何かだったのか?
そこにはもう諦めの良かった俺は居なかった。
あったのは怒りだ。
超常に対する猛烈な怒りだ。
偉そうに!
抵抗できない無意識だった俺に向かって何してやがった!
何様のつもりだ!
神様
だとでも言ってくれればよかったのだが、そこからは急激に周りのモノがいなくなり、あっという間に俺だけになって目の前に穴があって、もうそこ以外どこにも行けなくなった俺は、そこに飛び込まされた。
他に選択はなかった。
で、今だ。
ここがどこで俺が誰かはわかってる。
ガレリア大陸の覇者、ロガリウス帝国。
その西部辺境地域を任されるバーランド辺境伯の直轄領で、魔獣や魔物が蔓延る大森林『黒の森』の防衛を支える要となる大辺境都市『グランデール』
そのぐるぐると周りを囲む防壁の一番外側の防壁の外に無秩序に広がりまくった貧民街でこそこそと這い回るゴミ虫冒険者パーティー『赤竜の爪』という超絶ダッセー名前の暴力組織に買われて、安宿の外にある奴隷専用の掘立て小屋の中でその他大勢の奴隷たちと一緒に寝床の藁の上で横になる灰まみれと呼ばれる奴隷小僧、満十歳だ。理解できなきゃ何度も読んで。
ハッピーバースデイトゥミー。
そう。たった今スキルをもらったから今日が満十歳の誕生日ね、俺。
まぁその話はあとでするとして、まず一番大事なのは俺が奴隷だってことだ。
俺は戦争があった五年前、五歳の時にロガリウス帝国内の、破壊された街で見つかって連れてこられたらしい。
哀れな戦災孤児だ。哀れではあるがこの腐った世界ではわりとよくある話。
というありきたりな経緯で大量の難民と一緒に奴隷になった。
自国人も敵国人も一緒くたに奴隷になる辺りが笑っちゃうほど野蛮人。
そして子供の奴隷の使い道はいろいろだ。
そう、色々だ。
言葉にするのも憚れるような用途もある中、俺は比較的まともな『戦闘奴隷』に選ばれた。
たぶん俺が黒目黒髪だったからキモがられて貞操が守られたんだね。
顔も知らない両親に感謝。
ところが戦闘奴隷とはいってもそんなに頻繁に戦争があるわけでもない。
この地域で戦闘奴隷といえば冒険者用の奴隷のことだ。
戦闘奴隷の多くは先行斥候になる。
そうだね。囮だね。生餌だね。
パーティーの斥候のその更に先を行って、魔獣をおびき寄せるのが先行斥候の役割だ。
さすがにすぐに死んじゃうと買った人からクレームが来て困るので、身体強化を覚えさせて、斥候職用の戦闘訓練をする。
適性があった奴だけが生き延びるし値段も上がる。
俺は適正アリだった。
が、しかし! 訓練キャンプが国境近くにあったせいで、対戦国のアゼリア正教国から連れてこられた奴隷たちからの黒目黒髪の俺への忌避が酷く、これはもう一緒にやってられないからどっちか捨ててきなさいってことになって、社内会議で天秤に掛けられた結果、一瞬の後の満場一致で俺が身売りに出されたってわけ。
本来なら満十歳でのスキル発現の有無、授かればそのスキルの内容を確認した後に売りに出される。
当たりスキルを持っていれば価値が何倍、何十倍にもなるのだからそりゃ待つだろう。
で、俺は十歳の誕生日を待つことなく、訓練期間わずか二年の七歳という幼さで、訓練も途中でスキル発現も未確認という不良品の格安商品の今後に期待のお楽しみガチャとして奴隷商に二足三文で下取られ、流れ流されここ大辺境都市グランデールの南スラムギルド所属の冒険者パーティー『赤竜の爪』にお買い求めいただいた。
それから約三年。
俺、生きてる。
よし、ここまではいいな?
俺の短い第二の人生の話だ。じっくり味わえ。
それでは少し遡ろう。
あらためましてハッピーバースデイトゥミー。
そう。スキルをもらったから今日が満十歳の誕生日ね、俺。
つまり~、つまらん日本人として死んで~、生まれ変わったら五歳で奴隷になって~、今十歳で囮として生かされてるっていうのが俺の境遇。
はぁ~? 最悪なんだが~?
……俺、なんか変だな。
これが転生ハイってやつなのか?
なんか日本人の時の俺っぽくない気もする。
まだ人格の馴染みがうまくいってないのかな。
だがとりあえず身の安全が確保出来るまではこの方が都合がいい。
日本人のままではこの環境では絶対に生き延びられないからだ。
よし、把握出来た。
俺がいるのはスラムにある安宿の敷地内にある奴隷小屋の中だ。
前世でいうところの馬小屋みたいなもんだ。
ここには俺以外にも他のパーティの奴隷がいる。
ちなみに小屋の中は大変臭い。
年齢はバラバラだが、同じように暴力組織で奴隷として働かされている奴らだ。
たぶんみんな眠っているだろうが、油断は禁物と頭の中で警報が鳴り響く。
お互いに奴隷同士という仲間意識は無い。
ここはかつて生きた平和な国、日本とは違う。
他人を欺き、己の利益だけを考え、暴力を厭わずにいられる者だけがより良い生活を享受出来る過酷で野蛮で文明の遅れた世界なのだ。
日本人として生きた平和ボケした大人な部分と、この世界をわずか十年ばかり生き抜いた幼い精神が釣り合ってしまうのがその証拠だろう。
パーティーの奴らは俺がそろそろスキルを授かる十歳の誕生日を迎えるんじゃないかと様子を窺っているに違いない。
夜更けに声を上げて飛び起きようものならスキルを授かったことがバレてしまうかもしれない。
バレたら当然、どんなスキルを授かったのか聞き出されてしまう。
そのスキルが自分たちを脅やかすものか? 便利に使えるのか? 無視していいものなのか?
やつらにとっては奴隷のスキルなど自分たちにとって使える道具になるかどうかだけが関心事なのだ。
今この時点で周りの連中にスキルを授かったことを知られてはいけない。
息を殺して、己の存在を消してやり過ごすべきなのだ。
落ち着け。
スキルならさっき俺も手に入れた。
しっかり吟味して逆転の機会を伺うんだ。
木枠しかない窓の向こうのふたつの月を睨みつけながら授かったスキルに思いを馳せる。
思い浮かぶスキル名は漢字二文字。
『出納』
これ、この世界の奴らは誰も読めないだろう、と困惑する。
ってことは来たかこれ? チートか? チートだな?
そしてスキルがもうひとつ。
……読めない。 この世界? この国の文字なのか?
いや、この世界の字なんか読めないし書けないから。
今世ではそんな高等教育は受けていない。まあ、漢字だろうが現地公用語だろうがスキル名はどうでもいい。
どんなスキルかは理解出来るから。
要するに『魔力操作』ってことらしい。
これで高度な魔法を使える可能性が高くなった! チートか? チートだな?
現段階では高位魔法は一切使えない。
なんなら低位の生活魔法と呼ばれるものでも、今使えるのは喉の渇きを癒す程度の水魔法と火起こしのための着火程度の火魔法だけだ。
他にも魔力を必要とするやつなら『身体強化』と『索敵』が使える。
強化されるなら大歓迎だ。
特に『索敵』は希少な能力だし今後も役立つだろう。
スキルをふたつも習得できたことにガッツポーズと一緒に浮かれた奇声のひとつも上げたくなる衝動を無理矢理押さえ込む。
熱くなるな。 冷静になれ。
今出来ることを検討しよう。
『出納』は要するに物の出し入れだ。
経理とかじゃないぞ? 物質の出し入れの話だなこれ。
ちょっと使ってみたいが、今はバレないように自重すべきだな。
もう片方の『魔力操作』か、これは受動型っぽいから現時点で既に俺の魔力はブーストされてるはずだ。
試しに索敵を使ってみたところ、使いやすさと探知距離と精度が上がっていることがわかった。
ちなみに残念ながらこの世界にはレベルの概念は存在していない。
この世界にあるのは、魔法と月の女神から授かるとか信じられているスキルだ。
魔法と言っても前世の俺のイメージでいうとほとんど超能力だな。
イメージしてそれに魔力を這わせるというか流すというか、それがうまく出来ると発動する。
魔法の強さや持続時間は魔力の強さや魔力量によっても変わる。
詠唱はイメージを補う技術として存在している。
「火柱よ立ち昇れ!」とか言うとイメージが通りやすいですよ~みたいな。決めポーズとかでも良さそうだなこれ。
だから、天才は誰かの魔法を見ただけで使えるし、才能なしや魔力量が少ない奴は、弱かったり使えなかったりもする。
それと、もうひとつ、俺には無関係だから忘れていたのが『呪い』だ。
これは俺もよくわからない。
前世記憶と合わせてもわからない。
たぶん魔法の一種。
使える奴はそんなに多くない。
才能ある奴が弟子入りしてうまくいけば出来るようになる、みたいな。
で、この呪いを扱うので一番有名なのが『奴隷商人』と『契約屋』だ。
俺の左の首筋から頬のあたりまでべったりついてるであろう模様が『奴隷紋』だ。
場所が首だし鏡なんか無いから自分では見えないので自覚は無いが、ここにいる他の奴隷にはバッチリついてるから俺にもあるんだろう。
こう、ぐい~っと左下の方を見ると鎖骨の上あたりに少し見えるから間違いなくあるはずだ。
ところで! 収納スキルには夢しかないよなぁ。やったぜ!
これ、あれだよな? 転生特典だよな。日本語だし。
なんだよー。こんな世界にぶっ飛ばしてくれやがったうえに奴隷扱いの幼少期五年のあとにこれ~? ツンデレが過ぎてもはやヤンデレじゃないか、あはははは。
ばっかやろー! てんめー! ざっけんなマジで! しまいにゃキレんぞごらぁ!
幼少期の五年の奴隷ってマジでキツいって!
トラウマだって! PTSDだって!
俺、もうすぐヤラれちゃうところだったんだぞ?!
アッチの意味で、だ!
ウチのパーティーの奴らって獣なんだって。ホントに。
とにかく今はギリセーフ。
これホント。
まずは逃げる? いや無理。
奴隷は逃げられない。
救いは俺の意識が昨日までとは完全に違ってるってこと。
奴隷紋は消えてないから完全には効果は消えてないはずだが、反抗は出来そうだ。
うちのパーティーリーダーが契約書を持っているはずだ。
そこに俺と契約者の印がある。
たぶん血印かなにかだ。
だって誰も字なんか書けないし書いた覚えもないから。
それを燃やすなり破るなりして破棄すればいいはずだ。
ボスをぶっ殺すだけじゃダメかな?
パーティーの他の奴らの命令にも従わされてたからどうなんだろう?
『パーティーの他の奴の命令に従え』とか命令してるとか?
でもボスだけの名義だとボス死んだらその瞬間に奴隷じゃなくなるよな。
そんな契約でいいのか?
他のメンバーの名前も書いてあるとか?
よくわからないな。
やっぱり確実なのは契約書の破棄だな。
うーん、もらったスキルがわかりやすく攻撃魔法のスキルとかじゃないし、武器系でもないからどうやって勝ち筋作ればいいか悩むなぁ。
『出納』をどう攻撃に生かすか考えないとなぁ。
『魔力操作』もいきなり攻撃魔法が使えるわけじゃないからなぁ。
ちょっと魔力練りながら考えるか。
今日も起きたら魔獣狩りのお供だから行動を起こすならその時かな。
異世界転生ね。
なってしまったものはしょうがない。
ここがゲームの世界なのかアニメの世界なのかは俺の知識にはない世界設定だからわからない。
だけどこんな世界にこんな境遇で送り込みやがって、俺には怒りしかないぞ。
アッチの神もこのゴミパーティーもそれに関係する奴らもどうなっても知らん!
こっちの女神には責任は無いかもしれんがまずは気に入らない奴らは全部潰す!
幸せのマイライフ計画はそのあとだ!
精神年齢成人の十歳児ナメんなよ。
起床時間までまだ時間あるからじっくり報復方法を考えますかね。




