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輪廻が嫌なら異世界転生。底辺職の先行斥候だけど『出納』スキルで好き勝手に生きてやる!  作者: 秋乃せつな
0章

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Substory 00 誓いの剣と森の薬屋

 『森の薬屋』という、身も(ふた)もない名前の薬屋は冒険者の中では有名だ。



 三年前、グランデールに流れ着いてすぐの頃にギルド近くの酒場でその名を聞いた。ただし、耳にしたのは決して良い噂ではなかった。


 値段が高い(ボッタクリ)だの、愛想が無いだの、場所が辺鄙(へんぴ)だのといった具合だった。


 隣のテーブルでそのように愚痴(ぐち)っているものだから、そんなに酷い薬を売ってるのによく(つぶ)れずにやっていけるものだな、と声を掛けると、いや薬自体は別にまぁなどと言葉を濁す。


 では、よっぽど(ひど)い店主なんだな。どのような人物なんだ、と聞けば、ありゃまぁこの世のものではないというかなんというか、などと、こちらもどうも勢いが無い。


 その店はどこにあるのだと聞いたら、森の中のどこかだと言われて揶揄(からかわ)われたのかと店を切り上げた。


 酔っぱらいの戯言(たわごと)と、そんなことはすっかり忘れ、『恵みの森』にも慣れて順調に冒険者としての階位(ランク)を上げている最中(さなか)にそれは起きた。


 ボアの群れを追って森に深入りし過ぎ、知らぬ間にフォレストウルフの大群に囲まれるという大失態を犯したのだ。

 

 ボアとフォレストウルフが入り乱れるという前代未聞の緊急事態だ。魔獣が連携して人を襲うなど聞いたことがない! 


 フォレストウルフが攪乱(かくらん)牽制(けんせい)役を(にな)い、隙あらばボアが突っ込んでくる。ボアの相手をするとフォレストウルフが一撃離脱の遊撃戦を挑んでくるという始末で、とても手に負えない。


 誰もが傷だらけになりながら、立ち止まれば死とばかりに決死の撤退戦を続けるしかなかった。


 初撃の不意打ちで斥候(スカウト)(かば)った魔術師(メイジ)が深手を負ってしまったのがまずかった。怪我の具合が酷く、低級ポーションでは応急処置にもならない!


 彼女を背負う盾役(タンク)全身重装甲(フルアーマー)の背を染める血は彼のものでも、魔獣のものでもない。


 一刻も早く森を出なければならない。森と街とを往復する駅馬車は夕刻前にはなくなってしまう。傷を負った仲間を(かば)いながらの戦闘は凄惨(せいさん)を極めた。

 

 討伐するなど欠片も考えられなかった。森の出口を目指すことだけが、俺たちに出来る唯一の戦術だ。ヤツらもそれをわかってか、進路妨害が酷く、真っすぐに出口を目指すことが出来ない。


 とにかく逃げなければ!


 森に慣れただの、思い上がりも(はなは)だしい。


 俺は己の力量も知らぬただの愚か者だった。


 そして、やがて槍は折れ、矢も無く、薬も底を()いた。ただただ、俺は、今この時のために剣を振るってきたのだとばかりにヤツらを斬りつけ続けることしか出来なかった。


 重い、と感じ始めている愛刀(ロングソード)を振るいながら、一党を率いるリーダーとして己の未熟さを恥じ入るばかりで、この命に代えても(みな)だけは生きて帰してくれと、生まれて初めて本気で月の女神に祈った。


 それからどれほどの時間が経ったのだろう。


 祈りが通じたわけではないだろうが、全員が満身創痍になりながら逃走を続け、森を抜けたと思ったら、そこは白い月の光が煌々(こうこう)と輝く池の(ほとり)だった。


 いつの間にか魔獣の追撃はなくなっていた。


 偶然にも安地(あんち)に辿り着いたことは奇跡に思えたが、女神に感謝する気も起きないほど彼女の容体(ようだい)は絶望的だった。


 手持ちのポーションはとっくに使い切っていた。こんな場所から、今の俺たちが街に戻るまで、いったいどれほどの時間を要するのか。


 命の炎が消えようとする彼女の淡く輝く金色(シャンパンゴールド)の瞳には後悔も責めもなく、ただ慈愛だけがあった。


 その瞳を見つめながら何もできない俺を、生涯二度目の、絶望という恐怖が支配しようとしたその瞬間、斥候(スカウト)の絞り出す「明かりが」という囁きが聞こえた。


 それを聞いた我が生涯の友である副長が、わずかな希望に(すが)るように叫ぶ。


「薬屋かっ!」


 そうだ。

 たしか、そんな話があった。

 いや、きっとそうに違いない。

 そうでなければ、そうでなければ……


 最後の力を振り絞り、明かりに向かって走る。


 重石(おもし)にしかならないと、愛刀の長剣を捨て置いたのは後にも先にもこの時だけだ。


 なんと言って扉を叩いたのかは覚えていない。ただ、燃えるような髪色をした(ひと)が何も言わず店の奥に消えると、すぐに何かを手に彼女の元へと走ってくれたその姿だけは、決して忘れない。


 もう一歩も動けない俺が、首だけをそちらに向けると、その(ひと)がやさしく彼女を抱きかかえていた。


 そして、ここまで彼女を背負って来た盾職(タンク)が皆に向かって拳を振り(かざ)し、雄叫びを上げた。


 俺のそばには薄い水色(アイスブルー)の髪と瞳の天使がいて、もう大丈夫だと微笑(ほほえ)んでいた。


 生涯二度目に俺を覆うはずだった絶望という暗い影が、白い月明りに照らされて消えてなくなったことに感謝した。

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