第25話 お誕生日会
食事の用意ができたと部屋の中から女中さんが声を掛けてくれた。
それを聞いたキュロスとサリアが俺の手を引っ張って部屋に連れ戻す。
「ミリィさーん! 見て見てー!」
部屋付きの女中さんの名前はミリィさんというらしい。覚えておこう。夜なのにこの世界としては別格に明るい部屋にいるミリィさんの前に引き出される俺。
「あら! あらあらまぁまぁ!」
両手を頬に当ててなんともかわいらしい驚き方をしている。で? なにが?
「どうかしたんですか?」
「いえいえいえいえいえ! なんでもございません!」
にこにこ顔のミリィさんがにこにこのままお食事はこちらですと部屋の中を案内してくれる。
三人が来ない。あ! そうか! 忘れてた!
「言い忘れていました。みなさんの分も用意していただいているので一緒に食べましょう!」
いやぁそれはという顔のキュロスとサリアの手を取って強引に連れて行く。
衝立の向こう側に回り込むと、テーブルには豪華な夕食が四人分準備してあった。ふたりの手を取ったままイスに回り込むとあっけにとられているキュロスをイスを引いて座らせる。次はサリアだ。
衝立の横で呆然と立っているシェリルの手を引いて先ほどのふたりの向かいの席に案内してイスを引く。それを見たシェリルが微かに微笑んで着席する。苦笑いかもしれない。その横の席ではミリィさんが俺のイスを引いて待っている。そう。そこは俺の席だ。
なぜなら座布団が敷いてあるからだ!
ちっこくて悪かったな!
ミリィさんがシェリルとキュロスにはワインを、俺とサリアには果実水を注ぐと頭を下げて部屋を出ていった。ちなみにこの宿の従業員に奴隷はいない。みんな左手に契約の紋章があるだけだ。
「今この部屋には我々四人しかいません。どうか遠慮なく一緒に食事を楽しんでください。マナーとかそういうのは俺も知らないので気にしなくていいです。料理はぜんぶ並べてもらいましたので好きなものから好きなだけ食べて大丈夫です。食事中にここに誰かが入って来ることはありません。では、みなさんにお会いできたことに乾杯させてください」
そう言ってグラスを持ち上げたが、みんなおずおずとグラスを握るまではしてくれたが掲げるまではしない。三人の表情からは明らかな困惑が見て取れた。
俺はできるだけシリアスな顔をしながら人差し指を口の前に立てて口を開いた。
「みなさん。今からみなさんだけに俺の秘密を打ち明けます。この話は絶対に誰にも言わないと誓ってください」
そう言ってひとりずつ顔を見ていく。奴隷相手に絶対に秘密にしろと言っても、主人に命令されたらしゃべってしまうのはわかっている。それでも三人は子供を相手にしているということで付き合って頷いてくれた。
「実は俺、ここに来る数時間前に戦闘奴隷から解放されたばかりなんです」
三人の顔が話の内容を理解するにつれだんだんと驚愕の表情に変わり始める。シェリルのぽかん顔ゲットだぜ! 俺はここでもうひとつ思い出した。
「あ!」
三人が今度はなんだ! とばかりにビクッ! っとなる。
「それと今日は俺の十歳の誕生日でした!」
あまりの情報量の多さにもうどういう顔をしていいかわからなくなる三人娘。それらをすべて無視して粛々とミッションを進めていく。
「と、いうわけで! みなさんとの出会いに! かんぱーい!」
俺が勢いよくグラスを掲げると釣られてキュロスがグラスを上げた。それを見た他のふたりも操り人形のようにグラスを上げて小声で「かんぱい」と言った。
その声で我に返ったのか、キュロスが
「え? ロック今日が誕生日なの? すごーい! 誕生日おめでとう!」
と言って、今度は元気よくグラスを掲げるとぐいっとワインを煽った。難しいことを考えるのはやめたのかもしれない。
二人のやりとりを呆然と見ていたシェリルが我に返って小さく咳払いをしてから俺を見て言った。
「ロック。解放のことはどういう……。なんでもないわ。十歳の誕生日おめでとう」
そう言って笑いかけながらグラスを上げて口をつけた。
向かいに座るサリアを見ると笑顔で「誕生日おめでとう」とグラス上げた。俺がシェリルと話している間に立ち直ったらしい。俺もグラスを掲げて果実水をひとくち飲んだ。
さぁ! 今世で初めてのまともなメシだ!
「さぁ、みなさん、冷める前に食べましょう! いただきまーす!」
ステーキ! 魚ぁ! うまっ!
今世初のちゃんとした料理。十歳にして初めてのちゃんとしたメシだよ? 不幸過ぎる。前世記憶と照らし合わせれば不満も出るだろうが、なにせまともな料理を口にしたことがなかったので、俺の味覚は大いに刺激を受けて美味いしか感じない!
俺が気にせずばくばくと食べ始めたのを見て三人とも少しずつ食べ始める。キュロスがすぐに「美味しい!」となったので俺も「これも美味しいよ!」などと返していたらいつの間にか普通に楽しい食事会になっていた。
ボッチメシも気楽でいいけれど、やっぱり大勢で食べる方が楽しくて美味しいよね!
左の首筋に奴隷紋のある奴隷は一般人と食事の席を共にすることはない。奴隷紋のある者は『人』ではないからだ。犬猫は人間と同じテーブルでメシを食わない、食わせないのと同じだ。もちろん、一般人でも奴隷と分け隔てなく接すること自体は変ではない。
だが、食事の席を共にすることだけは絶対にない。どんなに厚遇されている奴隷でも食事だけは共にしない。朝の俺のように床で食べるのは最も蔑まれた応対ではあるが、それも珍しくはない。厚遇されている奴隷だとしても別室で食べるまでが限界なのだ。
今ここで俺がみんなと食卓を共にしてもらえるのは俺が子供だからだろう。まだよくわかっていないのね、と。奴隷解放の件はみんなが口にしない以上、俺の知らないなにか事情があるのかもしれないし、気を利かせたつもりの冗談と受け取ったのかもしれない。
今は俺が気を使ってもらっている状態とも言える。だがそれでも俺は構わない。
俺が十歳でよかった。みんなとこうして楽しく、今世で一番の美味いメシを食えるのだから。
風呂場ではせめてあと五歳年上の成人設定にしておいてくれればよかったのに。
と、思っていたのは公然の秘密だ。




